欠ける星空

七瀬美織

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⑧ 知りたくもない匂い

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 花の匂い。風の匂い。お日さまの匂い。森林浴の匂い。雨の匂い。夜の匂い。同じように、『死の匂い』というものがあるらしい。

 僕は、『死の匂い』を感じることが出来る。どんな匂いかというと、病院の中で、消毒液の匂いを引いたら残る匂いという表現がぴったりはまる。想像するのは難しいかな? 感覚的に感じるだけで、本当に匂いとして鼻が嗅いでいるわけではないのかもしれない。

 『死の匂い』がしていると、感じる人には二種類いる。もうすぐ死ぬ人と、死んだ人のそばにいた人だ。

 『死の匂い』の移り香というべきものを、身にまとった人は、職業が死に接する機会が多い人だったり、葬儀に参列したばかりの人だったりする。
 移り香は、時間が経てば消えるし、薄っすらと匂う程度だ。

 その中に、滅多に出会う事はないが、濃厚な『死の匂い』をまとう者がいる。

 それは、『殺人者』だ。殺人者の『死の匂い』の移り香は、何年経っても消える事がない。

 何故、そんな事を知ってるのかというと、子どもの頃、隣に住んでいた人物が殺人容疑で逮捕されたからだ。学校から帰宅すると、お隣のおじさんが覆面パトカーに乗せられるところだった。
 両親の話から、お隣のおじさんが奥さんを殺して山に埋めたんだと知った。そして、お隣のおじさんから匂っていたのが『殺人者』の匂いだと知ったのだ。

 僕は、ある日『殺人者』に出会った。

 僕は、学校へ向かうバスの中で、異様な匂いを感じて顔をしかめた。

 『死の匂い』は、決して芳しい良い匂いではない。不快とまで言わないが、危機感を感じさせる匂いだ。この匂いを嗅ぐと、首の後ろがヒヤリと冷たくなって、ザワザワと腹の底から焦りに似た感情がわき起こる。
 匂いの濃い場所を探すが、学生で満車に近いバスの中で、特定するのは難しかった。

 梅雨の時期、衣類や髪が濡れた独特な匂いの中で、毎日のように『死の匂い』を感じるのは不愉快だった。
 
 その日の車内は、乗客が異様に少なかった。スマホの交通情報で、電車が止まっているのを知った。いつもは絶対に座れないが、空席が目立つ。

 僕は、あえて座席に座らずに立っていた。

 『殺人者』の匂いがしたからだ。

 僕は、バスの中央部に立っている。神経を集中する。エアコンの風に乱されて、匂いは拡散している。
 だが、確実に感覚は匂いの元を、前の座席の方から感じた。

 僕は、バス停に止まるたびに、少しづつ前方に移動した。違う、この人じゃない。違う。もっと、前の座席なのか?
 僕は、学校前のバス停に着くまでに、匂いの元を特定しきれなかった。滅多にない機会だったのに残念だ。

 バスを降りようとしたとき、濃厚な『殺人者』の匂いを感じた!

 思わず匂いの元を見ると、バスの運転手だった…………!

 バスの運転手は、僕の方を向いてこう言った。

『そうか。嗅ぎまわって、邪魔していたのは、お前か…………!』

 僕は、フラフラとバスを降りた。めまいがして、バス停で座り込んでしまった。

 他の生徒が知らせで、学校から担任や保健医が駆けつけた。僕は帰宅させられ、翌日は学校を休んだ。

 昼過ぎ、すっかり体調が戻り起きて、テレビをつけた。

 ワイドショーが番組を変更して、今朝起きた悲惨な事故のニュースを特集していた。

 僕が、いつも通学に利用していたバスだった…………!

 『殺人者』よりも濃厚な『死の匂い』を放つのは『死神』なんだ…………。

 僕は、あらたに知ったのだった。


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