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⑦ センパイ
しおりを挟むわたしの高校生活は、第一歩からつまずいた。
いきなり、知らない上級生に『センパイ! おはようございます!』と、アイサツされたからだ。
彼らは、男女十人近い集団で、みなさんカラフルな髪色と制服をだらしなく着崩していた。
「どなたかと、お間違いではありませんか? センパイ?」
みなさん、不思議そうな顔をしていた。
「ミカセンパイ? ……じゃない?」
「新入生です!」
わたしの真新しい制服と、学年章を見てやっと納得してもらえた。
「そんなに、その『ミカセンパイ』と、わたしは似てるんですか?」
「よく見たら、そんなに似てないよ!」
「ミカセンパイの方が美人だし!」
上級生とはいえど、失礼な言いぐさだ。
それから、わりと毎日の様に『ミカセンパイ』に間違われた。朝の通学路で、学校の廊下で、下校途中で見ず知らずの相手から、わたしは『ミカセンパイ』として話しかけられ、すぐに違うと認識される。
いつしか、『偽ミカセンパイ』と、アダ名がついたくらいだった。失礼な!
ある日、体育教官室に呼び出された。
わたしが廊下を歩いていると、こっちに来いと、体育教師に手まねきをされた。教師の指示に、何の疑問を感じず従うのは、学生の習性だ。
わたしが体育教官室に入ると、いきなり、頭ごなしに怒鳴られた。
「お前は、何を考えているんだ! 停学中に学校に来るなんて、ふざけやがって!」
「ふざけてません! わたしは、停学中でもありません!」
「何を下らない冗談を言ってる? カラオケ店で喫煙して補導さて、二週間の停学処分で済んだんだ。先生方に感謝しろよ!」
「誰が停学ですか? 冗談じゃない! どうして、わたしが? 先生! いい加減にして下さい!」
「えっ! あれ? 君は噂の『偽ミカ』?」
わたしはすっかり偽物あつかいだ。本人に会って、どれくらい似ているのか、是非とも見比べてみたかった。しかし、それは叶わなかった。
『ミカセンパイ』は、停学中に深夜の自宅を抜け出した。仲間のバイクの後ろに乗っていて、交通事故で帰らぬ人になったからだ。
存在を知っていたが、会ったこともない人の葬儀に行くことは出来なかった。平日に、家族葬で行われたそうで、『ミカセンパイ』を知る人達も遠慮したそうだ。
葬儀のあった夜から、ソレは始まった。
最初は、家の留守番電話に残されたメッセージだった。わたしは、一人っ子だ。両親は、共働きで昼間は家に誰もいない。
ピカピカ光るボタンを押すと、留守録のメッセージが再生された。
『……………………もしもし、『偽ミカ』?』
失礼な! わたしの家をわざわざ調べて、電話をかけてきた第一声が『偽ミカ』かよ!
留守録の背景に、ゴウゴウと風の音が聞こえていた。少女の声は、更に続いていた。
『…………そんなに似てるなら、かわってよ…………』
メッセージは、そこで途切れた。番号表示は非通知。
それから毎日帰宅すると留守録に無言のメッセージが入っていた。
ひと月くらいした頃、学校で変な噂を聞いた。深夜、『ミカセンパイ』を見たという。最初は高校の校門の前に、ぼんやりと影のように立っていた。それが、『ミカセンパイ』だったというものだ。
『偽ミカ』説、つまりわたしじゃないのかという説も出たが、体育教官室でぶちギレたとはいえ、真面目な生徒のわたしが深夜にうろついてるはずはない。
それから、コンビニの近く、高架下のトンネルで、橋の上で川を眺めていたとか、『ミカセンパイ』が深夜にあらわれる場所は違った。
わたしは、突然気がついた。目撃談をまとめると、高校から道は違うが、わたしの通学路に近い。それに、だんだん自宅に近づいている?
……………………ゾッとした。
『ミカセンパイ』は、留守録に『かわってよ』といっていた。わたしと、入れ替わろうとしているというのか?
わたしは、ジリジリと、内心焦ってみてもどうする事も出来なかった。
ある日、友だちから、御守りをもらった。
「余計なお世話かもしれないけど……」
御守りは、近所の神社の『厄除け』と『家内安全』だった。目撃談がわたしの家に近い事から、友だちも予測したのだろう。怖いのと、うれしいのとで、教室で泣いてしまった。
今夜は、間の悪い事に、両親は親戚の法事で留守だった。友だちは、泊まりに来るか、泊まりに行こうかと言ってくれたが、わたしよりも怖がりな彼女を巻き込みたくなかったので断った。
その夜、なかなか寝付けなかった。
ピンポーン。
マンションのエントランスからの呼び出し音は一回だ。
時刻は、深夜零時十分前だ。こんな時間に訪ねてくる知り合いはいない。古いマンションだが、オートロックだし、自宅は十一階だった。玄関のロックは何度も確認している。
ピンポーン、ピンポーン。
玄関前からの呼び出し音は二回鳴る。
まさかとは思っていたが、玄関前まで訪問者はやって来たのだ。
ピンポーン、ピンポーン。
再び、玄関の呼び出し音がした。わたしは、友人にもらった御守りを握りしめた。
わたしの部屋の明かりは点けたままだ。いつもは、暗くしないと眠れない。しかし、今夜は暗いと怖くて部屋にいられなかった。
と、ベッドの端がぎしりと音を立てた。部屋の明かりは点いている。
足元から、明るい照明の逆光を受けて、少女のシルエットがわたしの上に、かぶさってきた。
わたしは、必死に逃げようとした。しかし、声を出す事も身動きする事も出来なかった。金縛りだ!
少女のシルエットは、間近にわたしの顔をじっと見ている。
わたしは、目を閉じることすら出来なかった。ワナワナと唇は震えて、呼吸が上手く出来ない。冷や汗が、額から流れていった。
『なんだ、全然似てないじゃん…………』
どれくらいの時間がたったのだろう。目の前に、照明が見えた。時刻は、深夜零時ぴったりだった。
わたしは、泣いた。御守りを握りしめて、ベッドに丸くなって、ワアワアと子どもみたいに泣いた。
そして、泣き疲れて眠ってしまった。
翌日、友人には何もなかったと告げた。わたしは、腫れぼったい目をしていたので、何もなかったはずがないのは、バレバレだった。友人は、それ以上何も聞かずにいてくれた。
それから、『ミカセンパイ』の目撃談はなくなった。先輩達も、わたしを『偽ミカセンパイ』と呼ばなくなった。
あの夜、あらわれた彼女は、わたしと雰囲気は違うが、双子のように、とてもよく似ていた。
もしも、わたしだったら、ああ言って消える事が出来きただろうか…………?
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