欠ける星空

七瀬美織

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④ 暗い玄関

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 その黒い影は、わたしの家の玄関に、夜になると座ってる。もう、何年もそこにいるので、見慣れてしまった。

 朝になると、何処かに行ってしまう。夜になると、玄関の端に座って、じっと朝までそこにいる。何もしないし、家族の中で見えるのはわたしだけだ。

 一度だけ、友だちに話したことがある。

 わたしの家に、クラスの友だちが泊まりにきた夜に、怖い話大会になって、玄関に座る黒い影の話をしたのだ。
 気の強い子が、みんなで玄関に行って見てみようと言った。

 わたしが、ここにいるよと教えると、その子は、黒い影のいる場所に重なるように座ってしまった。
 彼女は、笑っていた。みんなも、笑っていた。わたしは、空気が読める子だったから、いっしょに笑った。

 彼女は、イジメのリーダーだった。

 次の夜から、わたしの家の玄関に黒い影はあらわれなくなった。

 ひと月たった。あの子は、学校に来なくなった。先生が、おうちの都合で転校したと言った。

 その夜、黒い影は戻ってきた。

 少しだけ影は濃くなって、少しだけ家の中に入ってきた。
 それから、夜だけじゃなくて、うす暗い雨の日のお昼にも、黒い影は見えるようになった。

 今まで、ぜんぜん怖くなかったのに、黒い影を見ると、怖いと思うようになった。黒い影は、だんだん家の中へ入って来ている気がした。

 高校生になる頃には、黒い影はリビングのテレビの裏に座っている。一番、目につく場所なので、わたしはテレビを見なくなった。

 黒い影から離れられるように、遠くの大学を受験して合格した。一人暮らしをして、気楽な学生生活を送った。そして、大学を卒業して実家に帰らず就職した。

 たまに、実家へ帰ると、黒い影はリビングにいなかった。いなくなったのかと思ったら、階段の途中にいた。

 どこが目的地なのだろうか?

 今夜は、婚約者が実家に挨拶しに来てくれた。両親と、和やかな夕食を済ませた。彼が、わたしの部屋を見たいと言うので、二階に案内した。階段に、黒い影はいない。

 わたしの部屋の照明のスイッチを入れると、部屋の真ん中に黒い影がいた。

 わたしは、黒い影を無視しながら、冷や汗が止まらなかった。黒い影は、立ち上がっていたからだ。座っている時は、わからなかったが、大柄な男の影だ。こちらをじっと見ている気がした。

 階下から、母がわたし達を呼ぶ声が聞こえた。わたしと彼が、わたしの部屋を出ようとした時、声が聞こえた。

『ソイツハ、ヤメテオケ……』

 その夜、彼は仕事の都合で帰ってしまった。わたしは、わたしの部屋で寝るのが嫌で、彼が泊まるはずだった客間で眠った。

 ひと月後、わたしは彼と別れた。彼は、理由を言ってくれなかった。それから数日後、彼は会社を辞めて連絡がつかなくなってしまった。
 わたしは、会社を辞めて実家に帰った。わたしの部屋から黒い影はいなくなっていた。


















 今日は、わたしの結婚式だ。

 夫は、とても誠実な優しい人だ。彼と結婚できて、とても幸せだった。

 楽しい新婚旅行から、新居に帰宅した。新居の玄関に、黒い影が座っていた…………。



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