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⑪ 深夜のエンドレス
しおりを挟む深夜のコンビニの駐車場で、車のリア扉を開けて、荷物の整理をして閉めた。
バタ、バタン!
ドアの閉まる音が、同時に他でもした? 駐車場に他の車は止まっていないのに……?
このコンビニは、県境の手前にある。周りに明かりは見えない。確か、この先は畑が広がり山道になる。アスファルトで舗装されているが、けわしい峠を越えないと、民家さえないような場所だった。
年に一度、この県境の峠を越える近道を使って帰省していた。仕事の都合で、こんな深夜に移動する事になってしまった。
運転席に座ろうとドアを開けると、室内灯が点く。すると、後部座席に誰かが乗っている! 驚いて、思わずドアを閉めた!
誰?! 嘘でしょ?
もう一度、ドアを開くと、やっぱりいる。俯いたおばあちゃんが助手席側の後部座席に座っている。
「おばあちゃん、あのね? お車をお間違いではありませんか?」
返事はない。
さすがに、おばあちゃんが座る後部座席のドアを、開いて話す気にはなれなかった。
こんな深夜に、他人の車に乗り込むような老女だ。刃物でも持っていたっておかしくない。世の中、物騒なのだから……。
「困ります。これから、峠を越えて帰省するんです。早く出発したいので、降りてください。警察を呼びますよ?」
貴重品は、手元のバッグにすべてある。とりあえず、コンビニの店員さんに助けを求めてみよう。
レジにいたコンビニの店員に、おばあちゃんの心当たりを聞いてみた。
「ああ、そうですね。最近、近所に老人ホームができたんですよ。痴ほうの進んだ入居者が徘徊して、行方不明になる騒ぎが相次いでますから、そこの入居者かもしれないですね」
やはり、警察に連絡する事にした。店内で、スマホを使って通報する。
『はい。こちら、K警察署です。どうしました?』
「K市のT町の外れのコンビニの駐車場に車を停めてたんだけど、知らないおばあちゃんが、勝手に乗り込んで座ってしまって、困っているんです。おまわりさんに、車から降りるよう説得してもらえませんか?」
『…………わかりました。すぐに署員を向かわせます。その場でお待ちいただけますか?』
「はい! よろしくお願いします!」
『では、くれぐれもそこを動かないで下さい』
「はい。待ってます」
もっと、色々と質問されると身構えていただけに、少し気が抜けた。
車に目をやると、やはりおばあちゃんは座っている。コンビニの店員に警察が来るが、心配いらないと話しておいた。
ご近所に民家はない。パトカーが来たからといって、騒ぎにならないだろう。
パトカーが、サイレンを鳴らしてやって来た。赤色灯を点けながら来るのは予想していたが、けたたましいサイレンを鳴らしながらは予想外だった。
コンビニの駐車場に、パトカーが止まった。
「通報されたのはあなたですか?」
「はい。そうです」
「おばあちゃんが乗っているのは、この車ですか?」
「はい。お願いします」
おまわりさんは、後部座席のおばあちゃんに話しかけようと、車のドアを開けた。すると、乗っていたはずのおばあちゃんの姿がかき消えてしまった。
私があ然としていると、おまわりさんはやれやれという雰囲気で、平然と私に笑いかけた。
「どうやら、また出たようですね」
「で、出た?」
「実は、この近所の老人ホームで亡くなった方が、家に帰ろうとして、他人の車に乗り込んで困っているんです。パトカーで、送れるもんなら、送ってあげるんですが、ボケちゃってるので、自分でも帰る場所がわからないらしいのです」
「は、はあ……」
「もう、大丈夫でしょう。深夜ですので、運転に気をつけてお帰り下さい」
「あ、ありがとうございます」
何とも、事もなげにおまわりさんは言った。深夜のコンビニの心霊現象も日常的に起きれば、何でもない事なのかもしれない。
奇妙な事もあるものだ。さて、車に乗り込んで出発しなければ、夜が明けてしまう。いっそ、仮眠を取りたいが、ここでは無理だ。また、おばあちゃんが乗り込んできたらと考えると、怖すぎて眠れるはずがない。
車に乗ろうとドアに手をかけると、もう一台、パトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。
「通報されたのはあなたですか?」
「? …………はい。そうです?」
「良かった。命拾いされましたね」
「はぁ?」
「実は、この先は通行止めなんです。先日の集中豪雨で橋が落ちて、道が分断されているので危険なんです」
「ええっ!標識とか、ありませんでしたよ!」
「明かりが少なくて目立たない上に、よく看板が風で倒れるんです。道を封鎖したくても、畑もありますから出来なくてね。直前の看板で気がつかなければ、橋から落ちる事になるんですよ。今日は、上流の雨で、川が増水しているから、更に危険なんです。隣県への近道ですから、帰省する人は知らないで、お昼に事故があったばかりなんですよ。対策を申請中なんですが……」
「あ、そうだ。おばあちゃんは……最初に来たおまわりさんが対応してくれて、消えました……」
赤色灯の明かりに照らされた駐車場車に、一台目のパトカーはいない。
後部座席のおばあちゃんはとっくに消えている。
イタズラだと誤解されないかと心配して、あわあわと慌てていると、おまわりさんは、帽子を被りなおしながら、苦笑いした。
「この辺りは、タヌキやキツネが出ますから、化かされましたね……」
「はあ? 化かされた?」
「そもそも、この辺りに、もうコンビニはありませんよ。ここは去年、閉店したんです」
後ろを振り返ると、真っ暗なコンビニだった建物がある。駐車場は、かろうじて街灯が一つ点いていた。
キツネにつままれたとは、正にこの事なのだろう。
「私、化かされたのでしょうか?」
「そうですね……」
コンビニも、おばあちゃんも足止めだったのか? しかし、タヌキやキツネが化かす理由が親切すぎて疑わしい。
しかし、助かったのも事実だ。礼の一つくらいしておこう。逆恨みされても怖いから……。
車からお土産用に買ったお菓子の箱を開けて、包装紙から出した。お礼代わりに適当に車止めの上に置いた。彼らは、確か雑食だったはずだ。甘いだけで、刺激物のないお菓子なら、獣に害はないだろう。
ちなみに、コンビニで買ったと思った物は、ボロボロのコンビニ袋に、木の枝が入っていたので捨てた。今、考えてみれば、何を買ったのか覚えていなかった。
おまわりさんは、何も言わず私の行動を見守っていた。わざわざ、深夜に来てもらったお礼を、おまわりさんに言った。もう一度後部座席を確認して、車に乗り込んだ。
さて、来た道を引き返して、遠回りだが高速を使って、実家を目指すつもりだ。
パトカーがもう一台、けたたましいサイレンを鳴らしてやって来た。
いくら何でも三台目は多い。どういう事かと、振り返ると二台目のパトカーは消えていた。
そもそも、こんな田舎の町外れで、スマホの電波が届いていたのか?
三台目のパトカーを、信じてもいいのか?
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