欠ける星空

七瀬美織

文字の大きさ
上 下
11 / 18

⑪ 深夜のエンドレス

しおりを挟む

 深夜のコンビニの駐車場で、車のリア扉を開けて、荷物の整理をして閉めた。

 バタ、バタン!

 ドアの閉まる音が、同時に他でもした? 駐車場に他の車は止まっていないのに……?

 このコンビニは、県境の手前にある。周りに明かりは見えない。確か、この先は畑が広がり山道になる。アスファルトで舗装されているが、けわしい峠を越えないと、民家さえないような場所だった。

 年に一度、この県境の峠を越える近道を使って帰省していた。仕事の都合で、こんな深夜に移動する事になってしまった。

 運転席に座ろうとドアを開けると、室内灯が点く。すると、後部座席に誰かが乗っている! 驚いて、思わずドアを閉めた!

 誰?! 嘘でしょ?

 もう一度、ドアを開くと、やっぱりいる。俯いたおばあちゃんが助手席側の後部座席に座っている。

「おばあちゃん、あのね? お車をお間違いではありませんか?」

 返事はない。

 さすがに、おばあちゃんが座る後部座席のドアを、開いて話す気にはなれなかった。
 こんな深夜に、他人の車に乗り込むような老女だ。刃物でも持っていたっておかしくない。世の中、物騒なのだから……。

「困ります。これから、峠を越えて帰省するんです。早く出発したいので、降りてください。警察を呼びますよ?」

 貴重品は、手元のバッグにすべてある。とりあえず、コンビニの店員さんに助けを求めてみよう。

 レジにいたコンビニの店員に、おばあちゃんの心当たりを聞いてみた。

「ああ、そうですね。最近、近所に老人ホームができたんですよ。痴ほうの進んだ入居者が徘徊して、行方不明になる騒ぎが相次いでますから、そこの入居者かもしれないですね」

 やはり、警察に連絡する事にした。店内で、スマホを使って通報する。

『はい。こちら、K警察署です。どうしました?』
「K市のT町の外れのコンビニの駐車場に車を停めてたんだけど、知らないおばあちゃんが、勝手に乗り込んで座ってしまって、困っているんです。おまわりさんに、車から降りるよう説得してもらえませんか?」
『…………わかりました。すぐに署員を向かわせます。その場でお待ちいただけますか?』
「はい! よろしくお願いします!」
『では、くれぐれもそこを動かないで下さい』
「はい。待ってます」

 もっと、色々と質問されると身構えていただけに、少し気が抜けた。

 車に目をやると、やはりおばあちゃんは座っている。コンビニの店員に警察が来るが、心配いらないと話しておいた。
 ご近所に民家はない。パトカーが来たからといって、騒ぎにならないだろう。

 パトカーが、サイレンを鳴らしてやって来た。赤色灯を点けながら来るのは予想していたが、けたたましいサイレンを鳴らしながらは予想外だった。

 コンビニの駐車場に、パトカーが止まった。

「通報されたのはあなたですか?」
「はい。そうです」
「おばあちゃんが乗っているのは、この車ですか?」
「はい。お願いします」

 おまわりさんは、後部座席のおばあちゃんに話しかけようと、車のドアを開けた。すると、乗っていたはずのおばあちゃんの姿がかき消えてしまった。

 私があ然としていると、おまわりさんはやれやれという雰囲気で、平然と私に笑いかけた。

「どうやら、また出たようですね」
「で、出た?」
「実は、この近所の老人ホームで亡くなった方が、家に帰ろうとして、他人の車に乗り込んで困っているんです。パトカーで、送れるもんなら、送ってあげるんですが、ボケちゃってるので、自分でも帰る場所がわからないらしいのです」
「は、はあ……」
「もう、大丈夫でしょう。深夜ですので、運転に気をつけてお帰り下さい」
「あ、ありがとうございます」

 何とも、事もなげにおまわりさんは言った。深夜のコンビニの心霊現象も日常的に起きれば、何でもない事なのかもしれない。

 奇妙な事もあるものだ。さて、車に乗り込んで出発しなければ、夜が明けてしまう。いっそ、仮眠を取りたいが、ここでは無理だ。また、おばあちゃんが乗り込んできたらと考えると、怖すぎて眠れるはずがない。

 車に乗ろうとドアに手をかけると、もう一台、パトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。

「通報されたのはあなたですか?」
「? …………はい。そうです?」
「良かった。命拾いされましたね」
「はぁ?」 
「実は、この先は通行止めなんです。先日の集中豪雨で橋が落ちて、道が分断されているので危険なんです」
「ええっ!標識とか、ありませんでしたよ!」
「明かりが少なくて目立たない上に、よく看板が風で倒れるんです。道を封鎖したくても、畑もありますから出来なくてね。直前の看板で気がつかなければ、橋から落ちる事になるんですよ。今日は、上流の雨で、川が増水しているから、更に危険なんです。隣県への近道ですから、帰省する人は知らないで、お昼に事故があったばかりなんですよ。対策を申請中なんですが……」
「あ、そうだ。おばあちゃんは……最初に来たおまわりさんが対応してくれて、消えました……」

 赤色灯の明かりに照らされた駐車場車に、一台目のパトカーはいない。

 後部座席のおばあちゃんはとっくに消えている。

 イタズラだと誤解されないかと心配して、あわあわと慌てていると、おまわりさんは、帽子を被りなおしながら、苦笑いした。

「この辺りは、タヌキやキツネが出ますから、化かされましたね……」
「はあ? 化かされた?」
「そもそも、この辺りに、もうコンビニはありませんよ。ここは去年、閉店したんです」

 後ろを振り返ると、真っ暗なコンビニだった建物がある。駐車場は、かろうじて街灯が一つ点いていた。 

 キツネにつままれたとは、正にこの事なのだろう。

「私、化かされたのでしょうか?」
「そうですね……」

 コンビニも、おばあちゃんも足止めだったのか? しかし、タヌキやキツネが化かす理由が親切すぎて疑わしい。

 しかし、助かったのも事実だ。礼の一つくらいしておこう。逆恨みされても怖いから……。

 車からお土産用に買ったお菓子の箱を開けて、包装紙から出した。お礼代わりに適当に車止めの上に置いた。彼らは、確か雑食だったはずだ。甘いだけで、刺激物のないお菓子なら、獣に害はないだろう。
 ちなみに、コンビニで買ったと思った物は、ボロボロのコンビニ袋に、木の枝が入っていたので捨てた。今、考えてみれば、何を買ったのか覚えていなかった。

 おまわりさんは、何も言わず私の行動を見守っていた。わざわざ、深夜に来てもらったお礼を、おまわりさんに言った。もう一度後部座席を確認して、車に乗り込んだ。

 さて、来た道を引き返して、遠回りだが高速を使って、実家を目指すつもりだ。

 パトカーがもう一台、けたたましいサイレンを鳴らしてやって来た。

 いくら何でも三台目は多い。どういう事かと、振り返ると二台目のパトカーは消えていた。

 そもそも、こんな田舎の町外れで、スマホの電波が届いていたのか?

 三台目のパトカーを、信じてもいいのか?


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

音のしない部屋〜怪談・不思議系短編集

ねぎ(ポン酢)
ホラー
短編で書いたものの中で、怪談・不思議・ホラー系のものをまとめました。基本的にはゾッとする様なホラーではなく、不思議系の話です。(たまに増えます)※怖いかなと思うものには「※」をつけてあります (『stand.fm』にて、AI朗読【自作Net小説朗読CAFE】をやっております。AI朗読を作って欲しい短編がありましたらご連絡下さい。)

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

スレイブZ!

ジャン・幸田
ホラー
 「今日からお前らの姿だ!」  ある日、地球上に出現した異世界人は地球人たちの姿を奪った!   「スレイブスーツ」と呼ばれる全身タイツのようなのを着せ洗脳するのであった。

【完結】夜物語〜蝋燭が消える前に〜

カントリー
ホラー
短い話・実際に私の身に起きた話・人から聞いた話を短くまとめてみました。 さあ、どれが真実でどれが嘘?

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

処理中です...