私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第二十七話 精霊王の憂鬱 ①

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 まばゆい光が消えると、現実と異空間、寮の塔内と『精霊の種』の森の世界が、重なり合うような景色が広がっていた。

 私の目の前の大樹と、深い森の木々が、半透明に重なって存在している様に見える。塔の天井の空が、稲光を映しているのに、穏やかな水面の光りの揺らめきが足元まで届いる。静と動の相反した光の演出が、不思議な空間を彩っていた。

 足元の床は、苔や岩の形に高低差があるので、『精霊の種』の世界の方に近いのだと感じさせた。

 頭の上を、紅い鱗の魚たちが、長い尾ビレをヒラヒラとさせながら群れをなして泳いでいる。小さな魚たちは、口から小さな泡を吐きながら、螺旋を描いて新緑の葉影に泳ぎ去っていった。

 周りを見渡せば、塔の壁を越えて深い森が鬱蒼うっそうと続き、木々の間は闇のようだった。
 薄っすらと重なる世界は、現実の塔内の広さと比べて、『精霊の種』の森が、広大で美しいのだと知らしめていた。

 藍白や契約竜たちでさえ、水中で息が出来るのに驚きながら、呆気あっけにとられた顔をしていた。今回は、体が浮いたり、流されたりしないけど、空気と違って動くと水の抵抗を感じる。

『マリー? 大丈夫?』
「遅いです! 『精霊の種』は、一緒にいてくれるのではなかったのですか?! 」
『ごめんなさい。でも、こっちだって大変だったの!』
『ギュゥッツ!』

 私のすぐ隣に現れた『精霊の種』の足元で、妙な声がした。淡い光の集まりのような姿の『精霊の種』が、何かをギュッと踏みつけている。

 それは、豪奢な銀糸の刺繍が入った濃紺の長衣を羽織った、額に細長い一角を持つ美しい青年だった! 苦痛に歪んでいるが、端正な顔立ちをしていて、柔らかそうな巻き毛が縁取っている。銀色の巻き毛は、精巧な銀細工の様に腰まで流れているのだった。

 まるで、おとぎの国の王様のような美丈夫の背中を、少女の姿をした『精霊の種』が、ギュウギュウ踏み付けている。普通に考えれば、少女の足にそんな荷重がかけられるはずはないのに …… !

「だ、誰を踏み付けているのですか?」
『え? 誰って、精霊王』
「何をしているの!」
『え、えっと、精霊王が色々ひどいから、ちょっとお仕置き?』

 『精霊の種』が、あわあわと私に言い訳をしている横から、藍白はひょこっと顔を出してきた。

「この子が、マリー姫の『精霊の種』?」
「 …… そのようですね」

 私は、遠い目をしながら答えた。

「あ~あ。情けないな、精霊王」

 藍白が、うつ伏せになって踏まれている精霊王に話しかけた。精霊王は、何も答えられなかった。

「せ、精霊王!」
「なぜだ! 精霊王を、まだ幼体のはずの『精霊の種』が足蹴あしげに出来るんだ?!」
「うわー! 魔力で潰してるよ。重そう! 痛そう!」
「藍白、これは …… ??」
 
 契約竜達は、いくらか落ち着いてきたのか、こちらに話しかけてきた。マイペースな藍白と、大慌ての契約竜たちでカオスだ。
 あら? 『カオス』って何かしら? 多分、単語の使い方は合っているけど、知識が意味に繋がらない?!

『 た、助け、て、グフッ!』
『黙れ、外道げどう!』

 『精霊の種』は、相変わらず淡い光の集まりに見えて表情がよくわからない。だけど、激昂げきこうしているのは分かった。

「ねえ、何があったか知らないけど、一応、それでも『精霊王』だから、踏み潰すのはやめてあげてくれる?」

 藍白が、ニヤニヤしながら言った。なぜ、そんなにたのしそうかな?

『 …… チッ!』
「女の子が、舌打ちなんて、お行儀が悪いよ」

 藍白が、意外に常識的な注意を『精霊の種』にした。『精霊の種』は、一瞬息を飲んで、動きを止めて、藍白に何か言いたげな様子だった。でも、すぐに足元の精霊王に目を向けて怒鳴った。

『精霊王! 文句ばかり言ってないで、さっさと『精霊の騎士』の戒めを解きなさい!』
「『精霊の騎士』?」

 私は、『精霊の騎士』の姿をキョロキョロと探した。

 すぐ近くの巨岩の影に、黒い騎士が、うずくまっていた。どうしたのかな? と、思いながらよく見たら、ギチギチと不気味な棘だらけの蔓草が、無数に騎士の体を這い回っていた。
 蔓草は、鎧の隙間にも入り込み、騎士の傷を増やして肌から血をにじませながら締め付けていた。

「ヒッ! 痛そうです! 精霊王様、やめてあげて下さい!」

 私も、状況を確認して思わず悲鳴をあげた。

『わ、わかった』

 精霊王の額から生えた一角が、根元から先へと輝き、黒い騎士のいましめが解けた。蔓草は、ボロボロと灰になって落ちて消えていった。
 私は、『精霊の騎士』に駆け寄り傷の具合を見た。すると、見る見る間に傷も衣服の汚れや破れまできれいに修復されていった。

「精霊の騎士殿、大丈夫ですか?」
『 …… 姫君、大丈夫です。我が身の不甲斐なさに打ちひしがれる思いです』
「何があったのですか?」
『そこの精霊王もどきが、わたしの『精霊の騎士』を処分すると言ったのよ!』
『我が愛し子よ、酷い言われようだが、それは当然であろう』

 解放された精霊王が、よたよたと立ち上がった。踏まれた背中に小さな足あとが付いていて、王様の威厳もへったくれもない。

『本来、其方をを守っていた『精霊の騎士』は、この者ではない』
『彼が、私の『精霊の騎士』よ!』
『精霊とも、妖魔とも判別できない得体の知れない者を、大切な愛し子の傍に置ける訳がなかろう?』
『 …… わたしをマリー姫に託した『精霊の騎士』は、私を守って、マリーの乳母の護衛騎士に、消滅させられてしまったの …… 』
『そうであったか …… あの男の仕業であったのか …… 死者を断罪することは叶わぬ …… 許せ』

 精霊王は、眉間にしわを寄せ、沈痛な表情を浮かべた。『精霊の種』は、俯き悲しげに首を横に振った。

『わたしも、まだ微睡まどろみの中で、良く解らなかったの。『精霊の騎士』が消えてから、ずっとわたし達を守ってきたのは、ここにいる『精霊の騎士』よ。どうして、わたしを主人として忠義を捧げるのか、理由を聞いても、わたしが主人だからだとしか言わない、困った子だけど信頼できるわ』
『誠に『精霊の騎士』に信頼足り得る者なのか? 我が、新たな『精霊の騎士』を選定してもよいが?』
『 …… 多少の問題はあるけれど、忠誠心と魔力だけはあるの。常識と使い方を教えれば、だ、大丈夫かも …… 多分?』

 うん。『精霊の種』よ、私も不安だよ。

『それでよいのか?!』
『まあ、なんとかなるでしょう?』
『心配だ。其方そなたは規格外な上に、魂が様々な運命の糸と繋がり、雁字搦めがんじがらめに縛りつけられているのを見て取れるというのに …… 』
『 …… 自覚している。精霊王、心配させてごめんなさい』
『よい。愛し子の心配をするのが、我の仕事だ』

 精霊王は、自分の半分くらいの身長しかない『精霊の種』を抱きしめた。『精霊の種』も、精霊王に寄り添い、微笑んでいるようだ。二人は仲直りしたようで良かった。









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