私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第十一話 竜族の若者 ②

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「俺はファルザルク王国の王族に、過干渉するつもりはなかった。竜族と他種族の関係を変えるつもりもない。ただ、アレクシリスの保護者は、何をしているのかと苛立ちはした」

 杜若は、やっぱり父上を睨んでいた。

「だが、そうこうしているうちに、アレクシリスは隣国との縁談で、更に追い詰められてしまった」
「杜若にはわるいけど、僕は悪くない案だと思ったけどね。子供の寝室に女を送り込むような、糞貴族とも離れるし、しがらみもなく生きられそうじゃないの? ゲンタリオス国は、ファルザルク王国の隣国の中でも友好国だし、宰相の侯爵が後見人なのも悪くない。それに。相手の姫がまだ三歳なのだから、婚約期間は最低でも十数年間はあるから、王位継承だって、十分に闘える力を身につけてからでも、王国に戻ってこられたでしょう?」

 藍白は、重苦しい空気の中、さらりと軽い口調で話した。

「アレクシリスの望みが、逃げる事ならそれでもいいだろう。しかし、俺はアレクシリスの話を聞いて、この国で、まともな大人になるための手助けしてもいいと思った。子供は、大人に守られるべきだ。俺は、間もなく成人と認められる。もちろん子供を育てたことはないが、若輩者の成長を見守るのが、大人の役目だと思う。俺は竜族だから、アレクシリス王子の味方になる方法は、竜騎士の契約しかない。あと、勘違いして欲しくないが、アレクシリスと誓約まで結んだのは、竜騎士の契約を交わすに足る逸材だと判断したからだ」
「杜若! 竜騎士の契約を持ちかけたのは僕だ! そんな風に、僕を庇わないで。僕らは、誓約で対等なのでしょう?」
「べつに、庇うつもりなんかない。確かに、俺達は対等だ。だが、お前がまだ子供なのは事実だろう。今は、おとなしく庇われていろ!」

 真っ赤な顔で、アレクシリスの反論を慌てて言い返す杜若は、ちょっぴり俺様なのに可愛かった。

「うわっ! 気持ち悪っ! 杜若とアレクシリスも、竜騎士の契約を正式にしないうちから、こんなに相思相愛なの?! 竜騎士って、お互いを大事にしすぎて、特に契約者は結婚出来ないって噂、本当なのかも?!」
「 …… 藍白、貴様は少し黙っていろ!!」

 藍白が、真っ赤な顔の杜若をからかっている。藍白って、見た目は甘く優しい印象なのに、意外といい・・性格をしているね。

「シシィ、すみません。私は、貴方がそんな酷い境遇きょうぐうにあると気付けなかった。この数日、シシィの従者達や護衛騎士の動きが不審なのはつかめていました。まさか、そんな前からだとは …… 辛い思いをさせて、本当にすみません」

 父上が、アレクシリスに頭を下げた。杜若と藍白が、その様子を黙って見つめている。

「グレイル義兄上あにうえは、悪くありません。最初は、僕もガルフーザに相談しようとしました。でも、ガルフーザはフレデリクと言い争っていました。こっそり聞いていたら、ガルフーザは、兄王子殿下も同じ様に育てられたって …… 。フレデリクは、そんなのは変だって言うと、ガルフーザは、少ない王族をふやして、王制を安定させるのも、王子付きの従者の役目だって言っていました。僕は、自分がわがままを言っているようで、なにも言えなくなってしまった」

 その場にいた全員が、ゆらりと怒りに燃える気配がした。
 私の前世の知識から、『児童虐待』や『人権侵害』と言う文字が浮かんできた。それと、王族に対する貴族達の思考に、強烈な嫌悪けんおを感じていた。

「僕は、毎晩こっそり寝室を抜け出して、杜若に助けてもらっていました。女の人も、僕が寝室にいないことを、ガルフーザ達になにも言わなかったみたいです。義兄上達に、従者の先触れなく、お会いすることは出来ないから、なかなか言えなかったのです。 …… ごめんなさい」
「謝らないで下さい。シシィは、何も悪くありません」

 アレクシリスは、掛布をぎゅっと握りしめて、青い瞳からぽろぽろ涙を落とした。
 父上は、ベッドで泣きだしたアレクシリスを抱きしめた。アレクシリスは、ずっと泣くのを我慢しながら話していた。やっと、彼は泣けたのだ。

 一月半前といえば、私の前世の記憶騒動の頃だ。

 アレクシリスの周囲の異変に、両親が気付けなかった原因は私にあるのだ。私が、高熱を出して前世の記憶を思い出してから、両親は対策にとても忙しく、私の為に心を砕いていたのだ。
 でも、その事をアレクシリスに話せないでいる。ここには、竜族の二人もいるし、私の事情にアレクシリスを巻き込んでしまう。
 ふと、青い顔をしたイトラスと目が合った。彼は、一瞬だけ微妙に困った様な顔をした。何か言いたい事があるのだろうか?

「しかし、何故シシィは、竜騎士の契約を仮とはいえ、結ぼうと行動したのですか?」
「僕は、マリーが倒れた日に、ガルフーザからマリーと結婚出来ないと聞かされました。その理由は、僕が第二王子で後見人の力も弱い立場だから、政略結婚でいずれ国外に出されるからだって …… 。だから、立場を強固な物にしてくれる、信頼出来る後見人を紹介したいと言われました。僕は、公爵家のお祖父様と、姉上がいるのに必要ないと思っていました」
「そうでしたか …… 自分達に都合の良い情報だけ、シシィに与えて不安をあおり、あやつろうとしたのでしょう。ガルフーザは、誰を紹介するつもりだったのですか?」

 父上、怖い。魔王様は、後で登場して下さい。アレクシリスが、おびえていますよ。

「わ、わかりません。ガルフーザは、僕は、正統な王家の血を受け継いでいる。僕のために、力をつくして、昔のような貴族社会を取り戻したい者が集まっている。兄上や姉上も、僕の事なんか自分達の手駒にしか思っていない。我々は、殿下をお助けしたいのです。そう、言っていました。でも、僕は、信じませんでした。だって、僕の家族の悪口を言う人が、味方のわけありません」
「シシィ、一人でよく頑張りましたね」
「一人じゃないです。フレデリクが、ガルフーザに内緒で、僕に協力してくれました。僕が、国外に出されない方法が、他にないか色々調べてくれたのです」
「それが、竜騎士の契約ですか?」
「 …… はい」

 父上は、杜若に視線を合わせた。杜若は、それだけで理解したらしく、顔を横に振って何かを否定した。私は、二人のやり取りが何なのか、すごく気になった。
 そんな私に、父上は人差し指を立て口許に当てた。父上、そんな大人の色気駄々もれの顔は、母上の前だけにしてね。分かりました。私は何も言いません。

「 僕は、この国から離れたくなかった。隣国の王女の婚約者として、他国で生活するのも怖かった。竜騎士の契約を知って、杜若に一生懸命たのみました。フレデリクも協力してくれたし、僕は、自分の力だけで自分の立場を強く出来るって、勘違いしたのです。僕は、マリーと国法で結婚出来ない事や、僕が王になれる可能性や、僕を王にしたい貴族の考えも、 なにも分かってなかった。だから、兄上は、思わず僕を殴ってしまったのだと思う。だって、『お前が、そんなおろかしい考えでいては、俺は、シリスティアリスに顔向け出来ない!』って、兄上はおっしゃった」

 ええっ?! なにそれ、どういう意味? 

「僕は、兄上のお心も無視してしまった。さっき、藍白が言ったように、この縁談は、僕の為にと考えられていたのに、僕は、なにも知らず、分かってなかったのだ」
「シシィ、それとこれとは別です。王太子殿下の行動は、勝手な縁談も暴力も、どちらもとてもめられた物ではありません」

 そうだよ。勝手に縁談決めて、破談になったら八つ当たりして、子供に手を挙げるなんて最低だ。と、言い切れない。もやもやした感じが心に広がっていく。

「僕は、マリーを守りたかった。高熱を出してから、マリーは別人みたいになった。でも、とても生き生きとして楽しそうだった。そんなマリーを不安定に思って、良くない噂をする貴族達が、たくさんいて心配だった。いざというとき、僕が一番近くで守れるようになりたいと思ったのです」

 アレクシリスは、五歳の少年にしては、とても賢いと思う。でも、まだ幼くて精神的に強いわけじゃない。ただ、一生懸命に行動しただけだ。それも、私の事を思っての行動だったなんて …… 。

「エルシア、マリーを連れて居間で待っていてくれますか? 藍白殿も、席を外していただきたい」
「ふーん。いいよ」

 藍白は、父上のその言葉だけで何か察したらしい。私は、ずっと前から、無言で泣いていた。エルシアに顔を拭いてもらってから、三人で部屋を出た。

「でさあ、ところで姫君は、この数ヵ月で、いったい何があったの?」
「えっ?」

 藍白の金色の瞳が、いたずらっぽく輝いて、エルシアに抱っこされた私の背後を見つめていた。


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