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第一章 初恋
第五話 精霊の祝福 ②
しおりを挟む「シド様。 …… で、どうなったのですか?」
「 …… 何がだ?」
私は、お昼寝もそこそこに、蝶の群れに導かれて『妖精の庭』にたどり着いた。
これも不思議なのだけど、私が『妖精の庭』を訪れると、必ずシドがいる。シドは、大木の下に座り込み、珍しく本を読んでいた。私は、彼に尋ねる。
「国王陛下の孫姫死亡説のお話です!」
「ああ、その話か …… 」
シドは、本を閉じて立ち上がり、私に手を差し出した。私は、彼の左手を取り並んで歩き、長椅子に二人で座わる。
「お嬢さんの周りは、この噂の#顛末__てんまつ__を知らないのか?」
「皆様、色々と忙しくて、お話しする暇がないのです」
「なんだか、俺が暇だと言われている気がするな。お嬢さん」
「あら、シド様、違いますか? ふふっ …… 」
シドは、私が笑った瞬間、とても驚いていた。ボサボサの髪で顔がよく見えないから、正確にはそんな感じがしたのだ。シドが驚くような、何かあったかな? 何だか仕返しとばかりに、シドに頭をわしゃわしゃと撫でられてしまった。力加減が強いから、くっ、首が、頭がグラングランする。
「お嬢さんは、もちろん知らないだろうな …… 。マリシリスティア姫が、生まれた時は王宮が大変な騒ぎになった」
「新しい王族が、生まれたからですか?」
「それもあるが、王宮に精霊が溢れかえったからだ」
「 …… せ、せ、精霊?!」
何ですと! 魔法がある世界なだけでなく、精霊がいるのですか! 新事実に、カミまくりました。
「マリシリスティア姫は、生まれながらに『精霊の祝福』を授かっていた」
ええっ! 知らないよ?!
「『精霊の祝福』って、何ですか?」
「精霊が人と契約を結ぶ事を『精霊の祝福』と言うのだ。マリシリスティア姫には、生まれながらに新たに生まれた精霊が憑いている。それで、王宮には精霊が溢れたのだ。新たな精霊とその契約者の誕生を祝うために …… 。だから、王宮の精霊達に異常がないのに、姫が死んでいたりするはずないだろう。『精霊を視る』魔術士が、王宮内外の精霊に異変や異常は無いと証言している」
「わぁ、なるほどですね。わ、姫様の精霊って、何の精霊なのですか?」
我ながら、白々しい言い方だよ。だって、衝撃の告白だよ。両親も、誰も教えてくれなかった! 初耳だよ!!
「俺は、知らん。『精霊を視る』ことが出来る者は少ないし、会話することが出来る者はもっと少ない。ただ、高位精霊らしいとしか分かっていない。何の精霊なのかも、秘密にされているようだな。或いは、まだ何の精霊になるのか決まっていないのかもしれない」
「わた、姫様にも、わからないものなのですか?」
「 …… 『精霊の祝福』を授かっても、『精霊を視る』能力があるとは限らない …… らしいな」
そうだよね、私は今まで一度も精霊さんを視たことないよ。精霊って、精霊って、いったい何ですか?!
「ふっ、なんて顔しているのだ。そうだな、『精霊の祝福』を持っているからといって、どうって事も無いらしいぞ」
「 ………… ??」
そんな馬鹿な話はないでしょう! 『精霊の祝福』だなんて、大層なモノとしか思えない!
「例えば、『小麦の精霊』の祝福持ちは、小麦を育てるのが上手かったり、小麦粉の料理が上手かったりする」
「こ、小麦? それはまた、親しみのある精霊ですね」
「『砂利道の精霊』の祝福持ちは、砂利道を歩いても転ばないし、転んでも怪我をしない。とか、『ミルク壺の精霊』の祝福は、壺のミルクが腐りにくいとか、他にも色々ある」
「ふふっ、『精霊の祝福』って、親しみがあって色々と面白いのですね」
「ああ、『湖の精霊』の祝福持ちは、湖の魚を好きなだけ捕れたが、湖の生き物を捕り尽くしてしまい、『湖の精霊』を滅ぼして祝福を失った。高位の『火の精霊』の祝福持ちは、感情が昂ると周りが炎に包まれたせいで、町が一つ焼け落ちたそうだ。『精霊の祝福』とは、 …… そういうものだ」
私は、再び衝撃を受けた。
「万物に精霊は宿り、精霊の契約者の魔力を糧に、精霊は事象を起こす。ささやかならば、面白く楽しいものだが、人の欲望に歪み易く、過ぎた力は災いを呼ぶ。それでも、『精霊の祝福』とは世界と精霊と人を繋ぐ、創世神に愛されている証拠のような物なのだろう。だから、『精霊の祝福』を授かった者は、大切にされる …… と、この本に書いてある」
「 …… はい?!」
「お嬢さんも読んでみるといい」
「はい?!」
シドは、さっきまで読んでいた本を私に渡しながら、何でもない様に言った。
「つまり、『精霊の祝福』なんて、人生の『おまけ』みたいなもんだ」
『おまけ』かぁ …… 。
「はぁ、シド様、教えて下さいまして、ありがとうございます。でも、この本を持ちかえってしまうと、家の者にあやしまれます」
「ここに、置いておけばいいだろ。この庭は、在りし日のファルザルク城の一日を、永遠に繰り返す魔法の庭だ。雨にうたれて傷む事もないだろう」
「 …… はい。ありがとうございます」
シドから、この庭の秘密をはじめてまともに聞けた。何気なく言ってるけど、時間を繰り返すなんて、もの凄い魔法じゃないのかな? 私は、本の綺麗な装丁の金文字を撫でて、パラパラとページをめくりながら考える。繰り返す庭の時間と、侵入者の私達の時間はどんな感じに流れているのか、ぐるぐる考えたけれど解るはずもなかった。とにかく『妖精の庭』は凄い。
「それから、俺はもう読んだから、その本はお嬢さんにやるよ」
「 ……!! 嬉しいです。ありがとう! シド様、大好き!」
少しだけ読んだ本は、子供でも理解しやすい文章と内容が綴られていた。最初からシドは、私のためにこの本を用意してくれたのだろう。私は、満面の笑みでシドに抱きついた。
だから、その時のシドが、どんな顔をしていたか知るよしもなかった。
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