私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 初恋

第三話 妖精の庭 ②

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 そこは、まるで妖精の棲む庭だった。

 木漏れ日が、背の高い樹々から明るく射しこんでいる。草花をサワサワと揺らしながら、爽やかな風が吹いていきた。たくさんの蝶が、花々を群れ飛び、野薔薇の香りがいっぱいに広がっていた。岩陰に小さな泉がチョロチョロと音をたてて湧き出し、小川を作って流れていた。

 此処は、本当に秘密の庭なのかもしれない。手入れをされた人工の庭ではなく、深い森の中の美しい場所をそのまま切り取って持ってきたような、不思議な場所だった。

 いったい、王宮のどの辺りだろうと周りを見上げてみた。南側は、大人の背丈の倍近い壁だった。残りの三方は、ぐるっと三、四階の建物の壁だ。階数がわからないのは、全ての建物の壁に窓が一つもないからだ。私は、上を見ながら歩いていたら、何かにつまずいて、膝から盛大に転んで上に乗っかってしまった。

「ウグッ!」

 私を乗せたまま、下級騎士の制服を着た、男性が身をよじっている。身体を丸めて、鳩尾のあたりを痛がっていた。どうやら、私の膝が入ったらしい。

「ごめんなさい!」

 私は飛び退いて、秘密の通路に駆け込んで逃げた。何度も振り返ってみたけれど、下級騎士が、追ってくる気配はない。無事、私の部屋の中庭に戻ってこれた。

 私の部屋の中庭は、出てきた時と同じように静かだった。エルシア達は、私が抜け出した事に気がついていないようだ。そっと、テラスの窓から寝室に入り、ベッドにもぐり込んだ。私の冒険は、今日はここまで。
 まだ、心臓がドキドキしている。また明日も行ってみよう! そう、思いながら眠ってしまった。



 翌日、お勉強の休憩中に、アレクシリスが急に私にキラキラした笑顔を向けながら、ささやかなお願いをしてきた。

「ねえ、マリー。ぼくの事は、アレクシリスと名前でよんでくれないかな?」
「あにうえでは、ダメですか?」
「うん。だって、ぼくは、マリーの本当の兄上じゃないだろう? だから、名前でよんで?」

 アレクシリスに、天使の微笑みでおねだりされたら全力で答えねばなりません!

「はい! では、 …… アレクちリス?!えっ?! アレクシリチュ、痛ッ! シ、りぃ、ちゅ …… 」

 ごめんなさい! 今まで、ちゃんと喋っているふりをしていました。実は、まだ舌足らずな私は、発音が怪しい幼児喋りなのです。舌を、物理的に噛みました! エルシア、大丈夫だからお医者を呼びに行かないで! 理由を聞かれても恥ずかしいから、やめて!

「ごめんね。マリー、大丈夫?」
「 …… ひゃい」

 私は、涙目で答えた。アレクシリスの元々の愛称のシシィ呼びも難しいし、『アレク』はお祖父様の愛称だ。どうしたらいいの?!

「あははははっ!」

 フレデリクが、もうたまらないって感じで大笑いしだした。笑われて、恥ずかしいのと悔しいのでフレデリクを睨みつけた。アレクシリスも同時に、彼を睨みつける。

「あはは、ごめんね、姫様。でも、可愛い。面白い。あははは …… !」
「フレデリク、後で覚えていろ …… !」
「はっ! 申し訳ございません!」

 うっ! アレクシリスが、何だか黒いよ? やだ、天使が悪魔に変わった?! フレデリクは、アレクシリスの纏う気が変わったので慌てている。

「では、姫様。殿下を『シィ』様とお呼びするのはいかがですか?」
「『シィ』? あ、言える!」

 私は『シシィ』が言えないのに『シィ』なら言えた。 …… 解せぬ! エルシアの提案に、すかさずフレデリクも乗っかってきた。

「お、さすが、エルシア殿は姫様の事を、把握されていますね。姫様、特別に・・・殿下のことは、どうぞ『シィ』様とお呼び下さいませ」
「 …… 『シィ』様でも、よろしいですか?」
「うん。マリーにだけ、特別・・だよ!」

 あ、アレクシリスが天使に戻った。

 休憩が終わるまで、何度もアレクシリスにねだられて、『シィ』様って言わされた。 …… ちょっと、しつこくて疲れた。


 お昼寝の時間は、少し眠るとパッチリ目が覚めてしまった。
 さあ、冒険の時間だ。寝室のテラス側の窓を開けて、そっと部屋を抜け出した。昨日の蔦の葉のトンネルへ向かう。
 あれ? おかしいな? この辺りの壁のはずなのに入り口らしきものがない。蔦は、壁にびっしりと根が張っていて、すき間なんて何処にもない。昨日の事は、まさかの夢落ちなの?!
 私が、ショックを受けて茫然としていると、エルシアが慌てて走ってきた。

「姫様! どうかなさいましたか? こんな場所で、何を?!」
「 …… エルシア。妖精の庭を見つけたと、思ったのに、…… 夢だったみたい」

 エルシアは、しょんぼりした私を抱きかかえて、部屋まで連れていってくれた。私は、知らないうちにポロポロ泣いていた。
 もう一度、あの場所に行ってみたかった。あの、美しい庭に行きたかったのに、行けなかった。
 まるで、歪な『異世界転生者』は『妖精の庭』に入る資格がないのだと、何かに拒絶された様な気がして悲しかった。
 エルシアは、何も言わず背中をトントンしてくれた。そして、私が泣き疲れて眠るまで一緒にいてくれた。


 その夜、ふと目覚めたら隣に母上が寝ていて驚いた。私をそっと抱きしめて、疲れた顔をしているけど、ぐっすり眠っている。
 最近は、私が落ち着いてきたのと、母上が忙しかったので、一緒に眠っていなかったのだ。

「マリー、起きちゃったかな?」

 小さな囁き声が、反対側から聞こえた。

「ち、父上?!」
「静かに、サンドラが起きちゃうよ」
「父上? なにかあったのですか?」
「ふふ、なにがあったのだろう? 私もサンドラも、マリーが寂しがっていないか、いつも心配しているのだよ」
「あ、あの、お昼のことは …… 」
「いいよ。何も気にする事はない。私の小さなお姫様、父も一緒に添い寝してもよろしいですか?」
「はい。父上」
「おやすみ、愛しい娘 …… 」

 父上は、私の額にキスしてくれた。その後、母上の頬にもキスしようとした。でも、母上は眠っているのに、何かを察知して反対側に寝返りをうった。父上は、キスをあきらめたけど、かなりへこんでいた。

 何だか、くすぐったい夜だった。

 一つのベッドで、両親と揃って眠っただけなのにとても楽しかった。私の些細な変化に気づいてくれて、心配してもらえて、とても嬉しかった。
 その夜から、両親は交代で私と一緒に眠ってくれた。私が、もういいと言うまで、毎晩だ。両親の愛情を、いっぱい感じられた。

 私は、異世界の知識を思い出してから、自分を罪人のように思っていた。ファルザルク王国が、異世界転生者を迫害している現状が、とても恐ろしかった。不安のあまり、この世界に王族として生まれた事すら恨んでいた。
 だから、一人になれない王族の立場に、息苦しさを感じていたのかもしれない。

 でも、もう運命を受け入れよう。

 私は、両親から無条件に愛されているのだと感じられてから、前世の自分を受け入れて、やっと本当の意味で、新たな世界で生きていこうと思えたのだった。


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