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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第十六話 魔宮の冒険者
しおりを挟む香澄はフレデリク=アゼル=ダンブレッドを、爽やかな笑顔の人当たりの良い人物だと評していた。あまり、印象に残っていなかったとも言える。
魔霧の森の『隠れ家』で、ランスグレイルの兄上自慢にも登場していたので、香澄は彼の存在は先に知っていた。『契約竜』常盤の『契約者』で、三十代前半の平民出身の竜騎士爵。元々は、侯爵家の次男で、アレクシリスの側近候補だったが、問題を起こして侯爵家を絶縁されたという、異色の経歴の持ち主だった。アレクシリスが団長になる前から、彼の副官を務めているのだという。
そして、香澄は魔霧の森の『隠れ家』で、迎えのメンバーの中にいたフレデリクと、すでに出会っていたのだ。
フレデリクは、フワリとした明るい茶色の髪と瞳で、凛々しい顔立ちをしている。香澄は、竜騎士は面接で美形しか採用しないのかと疑いたくなってしまった。
実際に、顔の美醜も竜騎士候補の採用試験の重要な要素だと、香澄は後に知ることになるのだった。
同じ竜騎士のアレクシリスとランスグレイルは、王族だからか、騎士よりも王子様のオーラの方が強い。リックスは、まだ若いからか線が細く、騎士としては未熟な感じがした。他の竜騎士の契約者を知らないから、何ともいえないが、彼らは騎士というよりも、契約竜の良き相棒といった感じが強かった。
だが、フレデリクは、鍛錬を重ねた騎士だと一目で分かる。同じ竜騎士団の制服なのに、帯剣した隙のない立ち姿は、元いた世界で見かけるようなアスリートや警察官とも根本的に違う雰囲気がしたのだ。
香澄は、正真正銘の職業軍人という人種に初めて出会った気がした。
「『茨の塔』へ向かう前に、香澄姫とお会いしたいと、女王陛下が御所望です。多少危険な近道をいたしますので、殿下はこのまま王宮へお戻りください」
「えっ? ダンブレッド殿、陛下の執務室への近道でしょうか?! あの大量の罠を回避しながら、香澄殿を連れて行くのですか?」
香澄は、ランスグレイルの慌てぶりから、この後の我が身に起きるのが、只ならないことだと理解した。
「さすがに、私一人だけでは難儀な任務かもしれないです」
「では、どうするつもりですか?」
「私が同行します」
「ち、父上!」
フレデリク以上に、正真正銘の騎士がそこにいた。こちらの男性もまったく近づいてきた気配がなかった。
少し厳つい男性的で端整な顔は、ランスグレイルとあまり似ていない。迫力ある高身長に逆三角形の見事な躯体を、上品な黒を基調とした豪華な騎士服で包み隠していた。
腰にズッシリとした装飾の美しい長剣を帯びている。それを、彼は軽々と振るうのだろうと、香澄にも想像出来たのだった。
一歩踏みだす度に、足首にまで届く長いマントが、軽やかにひるがえるのが素敵だった。
香澄は、壮年の鳶色の髪と瞳をした壮年の男性にしばらく見惚れていた。
黒猫皓輝はアクビをしながら、せっかく気配を消しても、精霊が騒がしいので、気がついていたと伝えてきた。
香澄は、皓輝に危険がなければ、一々人の動きを伝えなくていいと言っていた。
皓輝が様々な周囲の情報を、そのまま香澄に伝えてくると、目が回るほど膨大な情報量だったからだ。
ランスグレイルの父親というなら、この男性が王配陛下、近衛騎士団の団長なのだろう。確か、名前は …… 。
「はじめまして、香澄殿。私は、グレイルード=ガテス=ファルザルクです。どうぞよろしく」
「川端香澄です。こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ランス、先ほど、リンドエイドが目を覚ましました。お前は、王宮に戻りなさい」
「リンドが……良かった! しかし、執務室から『茨の塔』へ香澄殿をお送りするのは、父上達では目立ち過ぎませんか? 私も同行いたします」
「香澄殿を陛下の執務室から『茨の塔』へ送るのは、レンドグレイルにやらせます。リンドエイドが目覚めて主人のランスがいなければ、不審がられるだろう?」
「 …… 承知いたしました」
ランスグレイルは、香澄の前で腰を落とし、香澄の手を取り軽く捧げ持ちながら額を押し当てた。
「香澄殿、父上と副官殿はファルザルク王国屈指の騎士です。私よりも、安全に無事お送りする事が出来るでしょう。『茨の塔』まで御一緒できず、御前を失礼いたします。申し訳ございません」
「ランス、いいの。ありがとう。リンドエイド君が目覚めて良かったね」
ランスグレイルは、香澄に微笑み、王子様らしい一礼して闇の中に去っていった。
ランスグレイルが遠ざかると、天井付近に浮いていた光球も徐々に小さく暗くなっていった。
光源を失った古代遺跡は、細い通路のように、完全な暗闇にはならなかった。ほのかに建物が光っている。建物の壁が、夜光塗料のように蓄積した光を放っているようだ。
「では、香澄姫。参りましょうか?」
「あの、フレデリクさん。わたしは姫ではありません」
「アレクシリス団長殿の大切な姫君でしょう? 婚約者であらせられる」
「か、仮の婚約者のお話の事ですよね?!」
「アレクシリス団長殿は、報われてないようです」
フレデリクは、やれやれと肩をすくめると、グレイルードに同意を求めるように見上げた。
「あの子は、親に似て不器用ですからね」
「親? 生みの親ですか? 育ての親ですか?」
「フレデリク、先ほどからいい度胸だな? 執務室直通の通路は、貴殿一人で行くか?」
「御冗談を、香澄姫を巻き込まないでください。まあ、ガキの頃と違って、今の私の実力ならば、香澄姫を守りながら、無傷で踏破する自信がありますよ」
「相変わらず、可愛げのない男だ。通路の途中で、罠にかかり瀕死の重傷だった子供の頃の貴殿を見つけても、助けるのでは無かった」
「左様でございますか。グレイルード様こそ、もうお歳なんだから、ご無理なさらないで下さいね!」
「フレデリク、香澄姫を盾にして言いたい放題だな……!」
「こんな機会は、滅多に無いですから!」
二人は和やかに話しながら、無人の遺跡を駆け抜けていた。
香澄は、舌を噛みそうになるので何も言えない。青年皓輝にお姫様抱っこされた時に経験済みだったからだ。
香澄は、フレデリクに縦に抱き抱えられた。お姫様抱っこのような横ではなく、腿の裏から片腕で抱えられると、自然に香澄はフレデリクの首や肩に手を回す事になった。そうしなければ、上半身が安定しないのだ。黒猫皓輝は、香澄と反対側のフレデリクの肩に乗っていた。
街はずれにたどり着いた。そこは、地下にもかかわらず、さらに深い亀裂の入った崖だった。地上に出なければいけないのに、更に下へと向かうのだろうか?
フレデリクは、腕から香澄を降ろした。
「騎士は敵に背を向けて逃げる事は許されません。主人を庇い護る為にあります。だから、背中を覆うマントに最上級の防御魔術を付与しています」
「はいっ? それってどういう意味ですか?」
「カッコつけて、背中をやられて死んじゃったら、残された護衛対象だってヤバいでしょう?」
「はあ、つまり?」
「だから、近衛騎士団長殿のマントなんて、もの凄いんですよね!」
グレイルードが、バサリとマントを外してフレデリクに手渡した。一瞬だが、黒の表側とグレーの裏側にも見事な刺繍が施されているのが見えた。
香澄の頭からマントを被せて、まるで風呂敷のようにあちこちで結んだり引っ張ったりして、すっぽりと香澄を包んでしまった。そして、そのままフレデリクに横抱きに固定された。
「要人を連れて、やむなく危険な場所を突破して運ぶ為の方法の一つです。痛い所や息苦しい所はございませんか?」
「大丈夫です。皓輝も大丈夫?」
「うみゃあ」
絶妙の安定感で、香澄の体はフレデリクの体に密着していた。香澄の手も足も揃えてマントに結び付けられている。体を小さく折り曲げてはいるが、苦しいというほどではない。皓輝は香澄の腕の中に収まっている。
「香澄姫、ちょと我慢して下さい。最短記録更新してみせますから!」
香澄が返事をする前に、急激な浮遊感と自由落下の重力変化に襲われた。香澄は、小さな悲鳴を上げた。
マントの闇の中で、聞こえてくる声や音から想像するしかないが、罠を避けながら移動しているらしい。走ったり、落ちたり、跳んだり、揺れているが、香澄が痛みを伴うような衝撃は一つもない。ある意味、快適なくらいだった。
ただし、香澄が胃痛を覚えるような、物騒な台詞と物音がしていただけだ。だが、矢が無数に飛んでくるような音、それを剣で叩き落とす音ぐらいしかはっきりと分からなかった。
ピシュ!
ピシュ! ピシュ!
カッ! ……カン!カッ!
「フレデリク! 右は任せた!」
ガラララ!
「そこっ!」
ズサッ!
ダダッ!
「閣下! 罠がかなり増えていませんか?」
「突破されれば、されるほど進化する、罠の魔術だからな!」
ダン! ダーッ!
「元々は、上からの侵入者を防ぐ罠だ。上に行くほど難易度は下がるが、油断するな!」
「ははっ! 古代魔術は性能がいいですね!」
バシッ、ガツン!
「遊帆殿の魔術に比べれば、可愛いものです!」
「違いない! しかし、こちらも! 難易度なら引けを取らない、ハッ!」
ガキン! ドゴッ!
「遊帆殿に訓練用の『トラップダンジョン』を作成してもったが、一割しか突破出来なかったよ」
「しかも、かなり心を折る仕様だとか?」
バキバキ! ガツン!
「中堅騎士の慢心を、諌めたいと依頼したものだ。効果はあるが、エゲツな過ぎて楽しくない」
「確かに! 完全制覇するなら、こちらの方が楽しめます!」
香澄は叫びたかった。私を連れてるのだから、楽しげにトラップダンジョン制覇してないで! 冒険は不要だから!
途中の浮遊感から、香澄は放り投げられて、再び受け止められたのではないかと思う箇所もあった。
そして、何も見えない状態から状況を察するしかないが、香澄がコイツら馬鹿じゃなかろうかと思える場面がいくつもあったが割愛しよう。
数十分後、香澄はソファーらしき場所に降ろされて、頭からマントをパサリと外された。
香澄は、気絶こそしていなかったが、真っ白な放心状態になっていた。黒猫皓輝は、気遣うように香澄の頬を舐めた。
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