少年・少女A

白川 朔

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中学2年生

3.

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 振り返ると、1人の少年が立っていた。月が照らした顔に息が詰まった。私は彼を知っている。同じ学校に通ってる凪間卓人だ。成績優秀なだけの彼は定期試験で常に上位をキープしている。他の生徒とはあまり関わろうとはしない。去年同じクラスだったから名前くらいは覚えているけれど、あまりいい印象ではなかった。友達と花火を見に来ているような感じでも無かった。
「なんで、凪間くんがここにいるの。」
知らない人だと思っていた人間が、同じ学校の人だった。月に照らされた彼の目は真っ直ぐこちらを見ている。口の中が乾いてくるのがわかる。
「それはこっちの台詞だよ。」
「誰かが森の中に入っていくのが見えたから追いかけただけ。」
「誰にも言うなよ。」
私の言葉を疑いながら、それだけ言い放った。彼の目をしっかり見るのは初めてかも知れない。メガネ越しの目は、しっかりとこちらを見据えている。
「何をしてたの。」
「別に、篠原には関係ない。」
同じクラスだったと言うだけで、私も他のクラスメイトと同じで仲が良かったわけでもない。彼が私の名前を覚えていることも意外なのだった。だけど、それまであわせていた目を急にそらした少年の気持ちが知りたくなった。
「何か、危険なこと?」
誰とも関わろうとしない彼のことを知れるような気がした。
「大したことじゃない。危険なことでもない。」
そんな歯切れの悪い前置きをしてから、しばらく黙った。彼は自分のスマートフォンを取り出して直ぐにしまった。
「じゃ、何してたの。」
私の言葉を遮るようにスマホのバイブ音が響いた。慌ててカバンを開けて切った。
「出たらいいのに。」
「いいの。」
「あっそう。」
かかってきた電話は愛佳からのものだった。着信履歴だけで確認すると立て続けにメッセージが来た。「今どこ?」とだけ書かれた文字に温度は感じなかった。
「篠原一人で来たの?」
「まさか、友達と花火見に来ただけだから。」
「さっきの電話?」
「逸れたから。」
「心配、されてんだ。」
「どうだろ。」
少し話したらまたバイブが鳴った。
「出たらいいのに。」
出ずにいたら何度もかかってくるかもな。
「早くお友達のところに帰れば?」
言い方にトゲがある。通話ボタンに触れてスワイプ、凪間くんに背を向ける。
「もしもし」
どうやら私を探している間に別の誰かを見つけて、今はその子といるらしい。あの祭りの景色の中に愛佳はいるんだろうか。電話越しからも祭りの騒ぎ声がうるさいくらいなのにこの広場は静かだった。電話を切って振り返ろうとした。けれどそれができなかった。
「このまま篠原の背中を押したら、僕は警察に捕まるのかな。」
私の背中には少年の両手が添えられている。足元私の前には安全ロープがあるだけで、その先は崖になっている。湖との間に森が広がっている。下まで15mくらいあるのかな。夏の夜風が冷たく私の腕を掠めた。手に持っているかき氷はもうほとんど溶けている。もったいないとかそんなことよりも、彼が怖かった。
「殺したいの?」
「さぁ、でも捕まるかもしれないってなったらこの毎日も少しは変わるのかなって。」
目の前にいる少年は私と同じ学校に通っている凪間くんなんだろうか。背中に触れている手が冷たいことに気づいた。ゆっくり振り返ると彼の目は真剣だった。
「変わるかもね。」
会話をしていると言うよりも、独り言を吐くように一言ずつ置いていく。
「もうすぐだね。」
自分のスマートフォンの画面をもう一度見てそう言った少年は草の上に座った。私もその隣に座る。私もスマホの画面を確認すると、花火が上がる時間になっていた。
「ここからだと綺麗に見えるんだよ。」
そう言って星空を見上げた。打ち上げられた花火が高くまで登って大きな音と一緒に散っていく。
「篠原は花火が綺麗だと思うか?」
「まぁ、そりゃ。」
目の前に打ち上がる花火は次々に打ち上げられていく。私の背中には彼の手の感触がまだ残っている。
「そっか。」
そっけない返事が心地悪い。
「綺麗だと思うけど。」
花火は綺麗だって教えられたから綺麗だと思う。
「正直あんなの労力の無駄遣いにしか見えないし、労働と報酬が見合ってないと思うんだけど。」
少年の横顔に目を向ける。なんともつまらなそうな目には、花火が映る。少年にとって、きっとこの世界は退屈そのものなんだろう。
「ねぇ、さっき本気で背中を押そうとしてたの?」
「さあね、」
「押されたらきっと落ちてたね。」
「かもね」
凪間くんにとって私なんてのは他の人と同じなんだろうな。それがちょっと悔しかったけどこんなに静かな花火大会は初めてだった。
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