わたしはいない

白川 朔

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あのひのように

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「先輩、今日はもう上がりですか。」
坂上はパソコンに向き合い、手を乗せたまま顔だけこちらに向けていた。おそらく始末書を書いているんだろう。いつも事務仕事をやっていて、俺が個人的に捜査をしているといつも首を突っ込んできて、大抵始末を食らっている。
「今日は、ちょっとやらないといけないことがあるから、もう上がる。」
じゃ、俺もと、ノートパソコンを閉じて坂上が帰り支度を始めた。
「お前、その始末書今日中に仕上げなくちゃいけないんじゃないのか。」
「いいんですよ。山口さんが何かしようとしているなら、ついていきますよ。」
まだ、現場に行っても自分の判断で捜査をできないから、俺の捜査についてくるのが現場に立っているような気がして楽しいらしい。
「お前、何を勘違いしているかは知らんが、俺は娘に早く帰ってこいと言われただけだぞ。今日は流星群だから、一緒に見たいって言われたんだよ。」
「そうですか。」
「彼女とかいないのか。」
先ほどまでの勢いは失ったものの、本当に帰ろうとしている。
「お前、ついてきても家に入れないからな。もうちょっと仕事してから帰れ。」
不満そうな顔をしているが、俺が何を言ってもこいつはもう帰るつもりらしい。もう時間もギリギリだから早く帰りたい。腕時計で時間を確認し、娘との約束した時間までに帰れるかどうか際どい時間になってしまっていることを思い出す。坂上が仕事をして帰るかどうかなんてもうどうでもよくなってきていた。
「さ、帰りましょう。」
ひとまとめにした荷物を持って、帰ることを急かしてくる。明日の朝は慌てて仕事に追われている姿が容易に思い浮かぶ。
「じゃ、車出せ。」
こいつがもう帰るなら、車を出してもらった方が早く帰れそうだ。
「はい。」
いい返事をして坂上は自分のカバンを左手に持ち、スマートフォンを右手にとりズボンのポケットに入れた。
「先輩の娘さんって、今幾つなんですか。」
「来年小学校に上がる。」
「じゃ、一番可愛い時期ですね。」
ゆっくりと降りていくエレベーターは高い音を立てて、扉を開ける。その時間さえも、もどかしかった。早く娘が待っている家に帰りたい。足が次から次へと、前に繰り返し出されて、早歩きになっている。
「今日は、晴れるそうですね。」
「んああ。」
天気予報でもそんなことを言っていたような気がする。
「流星群が、きっと綺麗に見えますよ。」
そうだといい。そうあって欲しい。車の窓から空を見上げても、どうせ星は都会の空の下では見えるはずもない。
「先輩、空をみてください。」
信号で止まると坂上は、ハンドルに手を乗せたまま窓を、というよりも窓のその奥の空を見ていた。つられるようにして、視線の先に目を向ける。空には、都会のネオンサインによるを知らないビルの灯りが眩しく夜空を照らしている。だかしかし、その奥に、かすかに光るものがあった。
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