わたしはいない

白川 朔

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このままずっと

24.

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 夕食のあと、食器洗いをしていると、めぐりちゃんが自分の部屋に降りていってしまった。この家に1人でいることはなかったからすごく広く感じる。こんなに広かったかな。
「ハルキさん、今日はこの問題をお願いします。」
部屋から戻ってきた手には教科書とノートがあった。これはめぐりちゃんが夏休みを過ぎてもここにいる代わりにした約束。本当だったら学校に通っている間、家の中に閉じこもっているのだから、その分勉強すること。ここではほかに対してすることもないのだから、嫌がらずに毎日やっている。僕の学生時代の教科書を引っ張り出して全教科の勉強をしてもらう。教科書は捨てていなかったので、全て残っていたがめぐりちゃんがどこまで理解しているか分からなかったのでほぼ全て持ってくるのが大変だった。
「そこは三平方の定理を使えることを探してみて。」
めぐりちゃんはどうやら数学が苦手らしく、なかなかうまく進まない。逆に僕は社会が苦手なので聞かれてもなかなか上手く教えることが出来なかった。仕事帰りの夕食後にめぐりちゃんの質問を受けるから、答えられる数も限られてしまう。
 教科書とにらめっこをしながら唇にシャーペンの頭を寄せて考え込んでいるめぐりちゃんの横顔はここに始めてきた時とはだいぶ違って見えた。
「何見てるんですか。」
じっと見ていると、見られたことに気づいて頬を膨らませてムッとして見せた。
「何となくだよ。」
「何となくって、そんな面白い顔してたかな。」
「気にしないで。」
子供らしくて、可愛いと言えばもっと怒るだろうから言うのはやめておいた。先程広く感じた部屋ももうちょうどいい大きさに戻っていた。
「ねぇ、ハルキ解けたよ。」
まあ、昔のことを思い出してからは誘拐犯から、ただの従兄弟になってめぐりちゃんの態度が変わったのもあるのかもな。めぐりちゃんのノートと答えを見比べて答え合わせをする。
「正解。」
得意げにしているめぐりちゃんは褒めると伸びる子らしい。頭を撫でると嬉しそうにしているから小動物みたいだ。
「ありがとう。」
今日の質問はここまでらしい。
「お疲れ様。」
僕も答えられない質問はないだろうかと気を張っていたので疲れてしまった。
「そうだ、今日クッキーを作ったのハルキ食べる。」
「食べたいな。じゃあ夜だから、牛乳でも温めようか。」
「うん。」

 めぐりちゃんの作ってくれたクッキーはものすごく甘くて、とても美味しいとは言えなかった。でも、その甘ったるさは嫌になれなくて、牛乳と一緒に何枚も食べた。
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