わたしはいない

白川 朔

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ここにいない

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 外に出るのは少し緊張する。山の中とは言っていたけど、本当なのだろうか。嘘をついている風には見えなかったし、あなたは朝から楽しそうだった。今日は仕事が休みなのだろうか。そもそも、あなたはまともな職についているのだろうか。もしかすると在宅でできるような仕事なのかもしれない。今頃楽しげに今日の夕飯の支度に精を出しているかもしれない。あなたの楽しそうな姿を想像するとこちらまで楽しくなってしまう。髪を解かそうとするあなたは壊れ物を扱うように慎重で、大切にされている気がしてくすぐったい気がしてしまった。
 ただ不満を言うとすれば、あなたの服のセンスだ。ここにあるのは可愛いものだけ。似合いそうなものを買ってきた、と持ってくる服はクローゼットかけられている。どれもフリルやリボンが付いたものばかりで、自分から進んで着てみようとは思えない。
「似合ってる。」
と言うから着たけど、自分ではあまり似合う気がしていない。
ノックの音がする。
「はい」
「やっぱり可愛い。」
ドアを開けて一言目がそれか、
「ありがとうございます。」
着心地も悪くないし動きやすい、デザイン自体は可愛いし、気に入ってなくもない。
「じゃ、夕食の用意も出来たし出ておいで、外のテーブルに並べるのを手伝って欲しいんだ。」
前に手を出す。手をつなげということらしい。名前も知らないあなたに心を許してしまいたくなる。あなたは手を取ってドアの外へ連れ出す。出てはいけないと思っていたがあなたについて行くとなんてことはない部屋のドアなのだ。薄暗い通路は地下通路なのだろうか、部屋の窓は空色のLEDライトがついていたけど、ここは電球の光で照らされている。
「足元気をつけてね、階段になっているから。」
通路の先には階段が繋がっている。上から光が注いでいて、その光の真下で階段は終わっていた。あなたは手を解いて光のある方へよじ登った。光の中に入ったあなたはこちらに手を差し出した。温かい手はこちらに向けられている。手を握ればもう一方の手が脇に添えられ、引っ張り上げられた。
「ここが僕の家だよ。」
出てみれば、キッチンだった。キッチンには出来上がった食事が並んでいる。振り返れば今出てきた穴が口を開けているが、床下収納のための穴にしか見えなかった。
「さぁ、外にテーブルを用意したから並べるのを手伝って。お箸やスプーンは食器だなの一番上の引き出しに入ってるから。」
小さな木製の家。木の温もりってのはこういうものを言うのかもしれない。
「分かりました。」
両手に食器を持ったあなたの後について行く。
「ドア開けてくれるかな。」
「分かりました。」
あなたの前に立ってドアノブに手をかける。恐る恐るドアを開ける。差し込む自然の光はすごく眩しくて目が眩む。土と草の匂いを吸い込む。暑い。湿気が体に纏わり付いてやっと今が夏であることを思い出した。
「ありがとう。」
両手に持った食器を木でできたテーブルに並べる。
「ドアは開けっ放しにして、どんどん運んでしまおう。」
楽しみでたくさん作りすぎてしまった。と、あなたは言った。あなたの笑顔は夏が一番良く似合う。
「靴はそこにあるサンダルを履いてくれるかな。」
「はい。」
あなたと食事をする為に、あなたと食事の用意をする。家族はこういうものなのかもしれないな。
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