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第5話 そして再び眠りの時
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そんなことが、はたしてあり得るだろうか。
「一度状況を整理したい。二人とも、気になるところがあったらいってほしい」
「いいわ」
「まず、おれが思うに、関谷の死と黒山さんの死は、直接的には関係ないように思う」
「どうして? 殺し方が違うから?」
「そうだ。関谷の死に方は……まるで、安楽死だ。一方の黒山には、強い憎しみのようなものを感じる」
「エイリアンに感情はあるのかしら?」
「さあな……ただ、エイリアンは黒山さんを襲った後、わざわざ頭部だけを残し、残りは持ち去っている。おれはそこに人間的な感情があるように思う」
「たまたまかもしれないじゃない」
「二人には部屋の中を見せなかったが、なかなか酷い有り様だった。それでも黒山さんの頭部は、それが本人とわかるような状態で残されていた。感情のないエイリアンが人間を襲ったとして、たまたま頭部だけ無傷で残していくというのは、少し不自然だと思わないか」
「……いったい、杉田くんは何をいいたいわけ」
杉田は裕子を見返すと、その目をゆっくり、志保へと向けた。
「志保。ずっと黙ったままだが、何かいいたいことはないのか」
「…………」
「じゃあ、おれがいおう。黒山さんを殺したのはお前だな」
志保がさらにうつむいた。頷いたようにも取れる。
「な、何でそうなるのよ? 志保なわけないじゃない」
さえぎる裕子に杉田は目を据えた。
「なぜだ」
「なぜって……」
「もちろん、『志保はエイリアンではないから』だよな?」
今度は裕子が黙ってしまった。
「……黒山さんが殺されるタイミングは、おれと裕子が二人だけでいたあの時しかない。まんまとおれは、裕子の時間稼ぎの罠にはまっちまったってわけだ」
杉田と裕子がセックスしている間に、志保はパーソナルルームを抜け出し、黒山の元へ向かった……。
「つまり裕子、お前は志保がエイリアンだってことを知っていたわけだ。いつ知った。もう隠さず全部話してくれ」
裕子はちらりと志保を見た。
志保はうなだれて意思疎通できそうにない。
「……地球にいた時よ。志保の方からわたしに話してくれたの」
「いつから志保はエイリアンなんだ」
「どうやら”トイレ事件”かららしいわ。以前のミッションで志保が掃除当番になった時、トイレ詰まりを志保が解消しようとして汚物を被ったって話。トイレに詰まってたのがエイリアンだったのよ。その時にエイリアンは志保に寄生した……」
「黒山さんを殺した動機は何だ」
「……邪魔になったからよ。でも、本当は志保が殺す予定じゃなかった。計画では黒山にエイリアンの姿を目撃させるだけだった。そうしたら、電磁ロッドを使い易くなるでしょう? 船内にエイリアンがいるとわかったら、電磁ロッドを持ち歩いていてもおかしくない。黒山を警戒させずに近づいて、わたしと杉田くんで襲うつもりだった」
「……だが、志保は暴走してしまった、と……」
「志保は関谷くんが好きだった。でも黒山がいる限り、永遠に邪魔されそうに感じていた。悶々と悩んでいた中、エイリアンに寄生されると志保に強い殺意が芽生えてきたらしいわ」
「エイリアンは、志保にそれまでなかった暴力性を与えたんだな」
「そうよ。反面、地球外生命体との共存には限界がある。志保の体は徐々に蝕まれていったわ」
「もう、長くなのか」
「ええ。だから……関谷くんを殺したのよ、永遠にあの世で共に生きるためにね」
「じゃあやっぱり関谷を殺したのは志保だったんだな?」
「コールドスリープのプログラムを改変してね。無茶だと思う、でも、どうしようもなかった」
「最悪の結果は避けられたと思うぞ? なぜおれに相談しなかった?」
「……もう、手遅れだったから、よ」
「手遅れ?」
裕子は何とも微妙な表情で杉田を見返している。
「”トイレ事件”があったのは今から二年くらい前の話だ。いつ志保からエイリアンだという暴露があったか知らないが、今までにおれに話す時間は十分あっただろう?」
「……今までに、わたしたち何回くらいセックスしたか覚えてる?」
「はあ?」
杉田はぽかんとした。
「何の話をしてるんだ?」
「手遅れって話。わたしも杉田くんも、エイリアンに寄生されてるのよ」
「…………」
理解するのに時間を要したが、理解した途端、ぞっとするほどの寒気を覚えていた。
「おい、嘘だろ……」
「嘘じゃないらしいわ。志保がいうには、粘膜を通じて宿主を増やすんだって」
「何の症状も出てないぞ?」
「杉田くんは”三次媒介”だからね。でも、いずれはエイリアンに支配される」
愕然とした。
「……ごめんなさい。こうするしかなかった。杉田くんが好きだからこそこうしたのよ」
「……知ってておれに寄生させたんだな!?」
「そうしないとわたしたちを殺したでしょう? わたしは死にたくないし、あなたも死なせたくないのよ、わかって」
「ふざけるな!!」
杉田は怒鳴ったが、どうしようもなかった。
まったく、女って生き物は恐ろしい。喰われるのはいつだって、男の方だ。
「……アイリス。すべての扉のロックを解除しろ」
『解除しました』
「……どこにいくの?」
ミーティングルームから”寝室”にいこうとする杉田の背に、裕子が声をかける。杉田は答えなかった。
”寝室”に入って、杉田はちらりと関谷の顔を見た。
(あの頬の血は、志保が黒山を殺した時に付いたものだったんだな)
黒山を殺害後、ここにきて関谷の頬に触れたのだろう。その時の志保の心情を察する余裕は、今の杉田にはなかった。
「アイリス。おれのベッドをコールドスリープモードにしてくれ」
『かしこまりました』
杉田は眠ることにした。
二度と再び起きないように。
「一度状況を整理したい。二人とも、気になるところがあったらいってほしい」
「いいわ」
「まず、おれが思うに、関谷の死と黒山さんの死は、直接的には関係ないように思う」
「どうして? 殺し方が違うから?」
「そうだ。関谷の死に方は……まるで、安楽死だ。一方の黒山には、強い憎しみのようなものを感じる」
「エイリアンに感情はあるのかしら?」
「さあな……ただ、エイリアンは黒山さんを襲った後、わざわざ頭部だけを残し、残りは持ち去っている。おれはそこに人間的な感情があるように思う」
「たまたまかもしれないじゃない」
「二人には部屋の中を見せなかったが、なかなか酷い有り様だった。それでも黒山さんの頭部は、それが本人とわかるような状態で残されていた。感情のないエイリアンが人間を襲ったとして、たまたま頭部だけ無傷で残していくというのは、少し不自然だと思わないか」
「……いったい、杉田くんは何をいいたいわけ」
杉田は裕子を見返すと、その目をゆっくり、志保へと向けた。
「志保。ずっと黙ったままだが、何かいいたいことはないのか」
「…………」
「じゃあ、おれがいおう。黒山さんを殺したのはお前だな」
志保がさらにうつむいた。頷いたようにも取れる。
「な、何でそうなるのよ? 志保なわけないじゃない」
さえぎる裕子に杉田は目を据えた。
「なぜだ」
「なぜって……」
「もちろん、『志保はエイリアンではないから』だよな?」
今度は裕子が黙ってしまった。
「……黒山さんが殺されるタイミングは、おれと裕子が二人だけでいたあの時しかない。まんまとおれは、裕子の時間稼ぎの罠にはまっちまったってわけだ」
杉田と裕子がセックスしている間に、志保はパーソナルルームを抜け出し、黒山の元へ向かった……。
「つまり裕子、お前は志保がエイリアンだってことを知っていたわけだ。いつ知った。もう隠さず全部話してくれ」
裕子はちらりと志保を見た。
志保はうなだれて意思疎通できそうにない。
「……地球にいた時よ。志保の方からわたしに話してくれたの」
「いつから志保はエイリアンなんだ」
「どうやら”トイレ事件”かららしいわ。以前のミッションで志保が掃除当番になった時、トイレ詰まりを志保が解消しようとして汚物を被ったって話。トイレに詰まってたのがエイリアンだったのよ。その時にエイリアンは志保に寄生した……」
「黒山さんを殺した動機は何だ」
「……邪魔になったからよ。でも、本当は志保が殺す予定じゃなかった。計画では黒山にエイリアンの姿を目撃させるだけだった。そうしたら、電磁ロッドを使い易くなるでしょう? 船内にエイリアンがいるとわかったら、電磁ロッドを持ち歩いていてもおかしくない。黒山を警戒させずに近づいて、わたしと杉田くんで襲うつもりだった」
「……だが、志保は暴走してしまった、と……」
「志保は関谷くんが好きだった。でも黒山がいる限り、永遠に邪魔されそうに感じていた。悶々と悩んでいた中、エイリアンに寄生されると志保に強い殺意が芽生えてきたらしいわ」
「エイリアンは、志保にそれまでなかった暴力性を与えたんだな」
「そうよ。反面、地球外生命体との共存には限界がある。志保の体は徐々に蝕まれていったわ」
「もう、長くなのか」
「ええ。だから……関谷くんを殺したのよ、永遠にあの世で共に生きるためにね」
「じゃあやっぱり関谷を殺したのは志保だったんだな?」
「コールドスリープのプログラムを改変してね。無茶だと思う、でも、どうしようもなかった」
「最悪の結果は避けられたと思うぞ? なぜおれに相談しなかった?」
「……もう、手遅れだったから、よ」
「手遅れ?」
裕子は何とも微妙な表情で杉田を見返している。
「”トイレ事件”があったのは今から二年くらい前の話だ。いつ志保からエイリアンだという暴露があったか知らないが、今までにおれに話す時間は十分あっただろう?」
「……今までに、わたしたち何回くらいセックスしたか覚えてる?」
「はあ?」
杉田はぽかんとした。
「何の話をしてるんだ?」
「手遅れって話。わたしも杉田くんも、エイリアンに寄生されてるのよ」
「…………」
理解するのに時間を要したが、理解した途端、ぞっとするほどの寒気を覚えていた。
「おい、嘘だろ……」
「嘘じゃないらしいわ。志保がいうには、粘膜を通じて宿主を増やすんだって」
「何の症状も出てないぞ?」
「杉田くんは”三次媒介”だからね。でも、いずれはエイリアンに支配される」
愕然とした。
「……ごめんなさい。こうするしかなかった。杉田くんが好きだからこそこうしたのよ」
「……知ってておれに寄生させたんだな!?」
「そうしないとわたしたちを殺したでしょう? わたしは死にたくないし、あなたも死なせたくないのよ、わかって」
「ふざけるな!!」
杉田は怒鳴ったが、どうしようもなかった。
まったく、女って生き物は恐ろしい。喰われるのはいつだって、男の方だ。
「……アイリス。すべての扉のロックを解除しろ」
『解除しました』
「……どこにいくの?」
ミーティングルームから”寝室”にいこうとする杉田の背に、裕子が声をかける。杉田は答えなかった。
”寝室”に入って、杉田はちらりと関谷の顔を見た。
(あの頬の血は、志保が黒山を殺した時に付いたものだったんだな)
黒山を殺害後、ここにきて関谷の頬に触れたのだろう。その時の志保の心情を察する余裕は、今の杉田にはなかった。
「アイリス。おれのベッドをコールドスリープモードにしてくれ」
『かしこまりました』
杉田は眠ることにした。
二度と再び起きないように。
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