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第4話 エイリアン
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杉田はコーヒーを飲みながら、パーソナルルームでのやり取りを思い返していた。
角江本部長に、裕子のことを報告することもできたが、できなかった。アイリス経由で本部に連絡し、事実をありのまま話せばいい、そんなことは極めて簡単で口さえ動かせばよかったが、杉田はそれができなかった。杉田は裕子に”殺されていた”。
(遅い……)
無駄に時間ばかりが過ぎていく。冷めたコーヒー片手にじっと待っていたが、一向に黒山がやってくる気配がない。
(妙だな)
未だかつてこれほどまでに無為に時間を潰したこともなかった一方、黒山が予定の時刻はおろか大幅にオーバーしてもやってこないことに杉田は内心安堵していた。
(このまま何事もなかったかのように日常が始まってくれないだろうか……)
無為な時間は杉田に無駄な思考を生み出させる。
杉田が取れる行動は限られていた。このままさらに待つか、黒山のパーソナルスペースまで会いにいくか、裕子の元へ引き返すか、あるいは……。
「…………」
杉田はマイカップをシンクに置くと、ミーティングルームから”寝室”へ移動した。”寝室”では関谷が永遠に眠っている。ベッドではなく、冷凍庫だ。地球に帰還するまで、関谷は冷凍保存される。
プラスティックのカバー越しに、杉田は関谷の顔を見た。肌の色が悪い。やはりコールドスリープの途中で一時的であれ温度が上昇したことに間違いなさそうだった。
(いったい誰が、何の目的で関谷を……)
初めからそれが疑問だった。杉田の知る限り、関谷に殺される理由など無いはずだった。黒山は杉田に「人間関係は基本的に複雑なもの」だといった。くしくもそれは裕子によって証明された。しかし、それでも相変わらず関谷を殺す動機、殺される理由、どちらも判然としない。
「……ん?」
杉田は目を瞬いた。肌の色が悪い上、カバー越しで今の今まで気がつかなかったが、関谷の頬にほんの少し赤いものが付いている。急いでカバーを開けると杉田は直接、関谷の頬を確かめた。
「……血、か……?」
杉田はますますわからなくなった。いつ付いたのか、血だとしたら誰の血なのか。関谷の体を調べたが、他には何も見つからなかった。
カバーを閉じると、杉田は深呼吸して懸命に落ち着こうとした。
(この事件……もしかすると、相当厄介だぞ……)
ミーティングルームに戻り、杉田はアイリスを呼んだ。
「アイリス。”寝室”に通じる扉をロックしてほしい」
『ロックしました』
「それから、みんなをミーティングルームに集めてくれ」
『かしこまりました』
しばらくすると、裕子と志保が連れ立ってやってきた。
「黒山さんは?」
裕子がいった。それは二重の意味に取れた。「黒山はどこ?」と、「黒山を殺したの?」だ。
杉田は首を振っていった。
「全員で、話し合いたいことがある。この事件の真相をはっきりさせたい」
裕子の目つきが、すっと細くなった。
「……真相? どういう意味」
「皆がバラバラにいるとこの事件は解決しないように感じたんだ。おれたちはチームだ。これまでもそうしてきたように、話し合えばいずれわかるはずだ」
「…………」
裕子の冷たい視線が杉田に突き刺さっている。目は口ほどにものをいう。「何を考えているの? わたしとセックスした時に決めたことをなぜ実行しないの? もしかしてわたしを裏切るつもりなの?」
杉田は耐えられずに視線を逸らした。
「アイリス。黒山さんはどこだ」
『パーソナルルームです』
「動いているか」
『動いていません』
杉田は、パーソナルルームへつながる廊下に目を向けた。
「……二人ともきてくれ。離れない方がいい」
電磁ロッドを、まさか本来の目的で使用することになるとは、思っていなかった。
ミーティングルームの、「緊急時使用」と書かれた収納ケースの取っ手を、杉田は掴んで引いた。
『ジリリリリリリリリリ!!!』
船内にサイレンが鳴り響く。杉田はアイリスを通じてすぐに止めさせた。
最悪の事態を想定していたが、事態は想定をはるかに超えていた。通路の先で待っていたのは、何かを引きずった後の血痕、それが、黒山のパーソナルルームからずっと奥の方へ続いていた。杉田は裕子と志保に注意を促すと、扉のロックを責任者権限によって解錠した。
「……っ」
杉田は一度目を閉じ、再び開いて部屋の中を確認した。
黒山の頭部が床に転がっていた。首から下はどこにも見えない。断面の荒さは、まるで無理に引き千切ったかのようだった。
だとしたら……本当に引き千切ったのだとしたら、これはもう、エイリアンの仕業だ。
「えらいことになった」
杉田はざっと部屋の中を確認し終えると、扉をロックして出た。
「ミーティングルームに戻ろう。ここは危険だ」
「ねえちょっと……何が起きたの?」
「おれにもわからん。とにかく戻って状況を整理しないと」
三人は急いでミーティングルームに引き返した。
「アイリス。ミーティングルームの扉をロックしろ」
『ロックしました』
「どうしたの? 何があったのよ」
「……黒山さんが、殺された。しかもあれは、人間業じゃない。船内にエイリアンがいる」
「嘘でしょ……でも、そんなのあり得ない。船外から侵入したらすぐに警報が鳴るもの。いいえ、船に近づいただけでも警報は鳴るわ」
「そこだ。だからこそ、関谷の死も第三者の犯行の線は絶対にないと、おれは思っていたんだ」
杉田はそこで言葉を切った。ある考えが脳裏をよぎったからだった。
(船外からの物理的な侵入が不可能だと仮定すると、エイリアンは船の出発前から、すでに船内にいたことになる……)
角江本部長に、裕子のことを報告することもできたが、できなかった。アイリス経由で本部に連絡し、事実をありのまま話せばいい、そんなことは極めて簡単で口さえ動かせばよかったが、杉田はそれができなかった。杉田は裕子に”殺されていた”。
(遅い……)
無駄に時間ばかりが過ぎていく。冷めたコーヒー片手にじっと待っていたが、一向に黒山がやってくる気配がない。
(妙だな)
未だかつてこれほどまでに無為に時間を潰したこともなかった一方、黒山が予定の時刻はおろか大幅にオーバーしてもやってこないことに杉田は内心安堵していた。
(このまま何事もなかったかのように日常が始まってくれないだろうか……)
無為な時間は杉田に無駄な思考を生み出させる。
杉田が取れる行動は限られていた。このままさらに待つか、黒山のパーソナルスペースまで会いにいくか、裕子の元へ引き返すか、あるいは……。
「…………」
杉田はマイカップをシンクに置くと、ミーティングルームから”寝室”へ移動した。”寝室”では関谷が永遠に眠っている。ベッドではなく、冷凍庫だ。地球に帰還するまで、関谷は冷凍保存される。
プラスティックのカバー越しに、杉田は関谷の顔を見た。肌の色が悪い。やはりコールドスリープの途中で一時的であれ温度が上昇したことに間違いなさそうだった。
(いったい誰が、何の目的で関谷を……)
初めからそれが疑問だった。杉田の知る限り、関谷に殺される理由など無いはずだった。黒山は杉田に「人間関係は基本的に複雑なもの」だといった。くしくもそれは裕子によって証明された。しかし、それでも相変わらず関谷を殺す動機、殺される理由、どちらも判然としない。
「……ん?」
杉田は目を瞬いた。肌の色が悪い上、カバー越しで今の今まで気がつかなかったが、関谷の頬にほんの少し赤いものが付いている。急いでカバーを開けると杉田は直接、関谷の頬を確かめた。
「……血、か……?」
杉田はますますわからなくなった。いつ付いたのか、血だとしたら誰の血なのか。関谷の体を調べたが、他には何も見つからなかった。
カバーを閉じると、杉田は深呼吸して懸命に落ち着こうとした。
(この事件……もしかすると、相当厄介だぞ……)
ミーティングルームに戻り、杉田はアイリスを呼んだ。
「アイリス。”寝室”に通じる扉をロックしてほしい」
『ロックしました』
「それから、みんなをミーティングルームに集めてくれ」
『かしこまりました』
しばらくすると、裕子と志保が連れ立ってやってきた。
「黒山さんは?」
裕子がいった。それは二重の意味に取れた。「黒山はどこ?」と、「黒山を殺したの?」だ。
杉田は首を振っていった。
「全員で、話し合いたいことがある。この事件の真相をはっきりさせたい」
裕子の目つきが、すっと細くなった。
「……真相? どういう意味」
「皆がバラバラにいるとこの事件は解決しないように感じたんだ。おれたちはチームだ。これまでもそうしてきたように、話し合えばいずれわかるはずだ」
「…………」
裕子の冷たい視線が杉田に突き刺さっている。目は口ほどにものをいう。「何を考えているの? わたしとセックスした時に決めたことをなぜ実行しないの? もしかしてわたしを裏切るつもりなの?」
杉田は耐えられずに視線を逸らした。
「アイリス。黒山さんはどこだ」
『パーソナルルームです』
「動いているか」
『動いていません』
杉田は、パーソナルルームへつながる廊下に目を向けた。
「……二人ともきてくれ。離れない方がいい」
電磁ロッドを、まさか本来の目的で使用することになるとは、思っていなかった。
ミーティングルームの、「緊急時使用」と書かれた収納ケースの取っ手を、杉田は掴んで引いた。
『ジリリリリリリリリリ!!!』
船内にサイレンが鳴り響く。杉田はアイリスを通じてすぐに止めさせた。
最悪の事態を想定していたが、事態は想定をはるかに超えていた。通路の先で待っていたのは、何かを引きずった後の血痕、それが、黒山のパーソナルルームからずっと奥の方へ続いていた。杉田は裕子と志保に注意を促すと、扉のロックを責任者権限によって解錠した。
「……っ」
杉田は一度目を閉じ、再び開いて部屋の中を確認した。
黒山の頭部が床に転がっていた。首から下はどこにも見えない。断面の荒さは、まるで無理に引き千切ったかのようだった。
だとしたら……本当に引き千切ったのだとしたら、これはもう、エイリアンの仕業だ。
「えらいことになった」
杉田はざっと部屋の中を確認し終えると、扉をロックして出た。
「ミーティングルームに戻ろう。ここは危険だ」
「ねえちょっと……何が起きたの?」
「おれにもわからん。とにかく戻って状況を整理しないと」
三人は急いでミーティングルームに引き返した。
「アイリス。ミーティングルームの扉をロックしろ」
『ロックしました』
「どうしたの? 何があったのよ」
「……黒山さんが、殺された。しかもあれは、人間業じゃない。船内にエイリアンがいる」
「嘘でしょ……でも、そんなのあり得ない。船外から侵入したらすぐに警報が鳴るもの。いいえ、船に近づいただけでも警報は鳴るわ」
「そこだ。だからこそ、関谷の死も第三者の犯行の線は絶対にないと、おれは思っていたんだ」
杉田はそこで言葉を切った。ある考えが脳裏をよぎったからだった。
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