コールドスリープ殺人事件

大沢敦彦

文字の大きさ
上 下
2 / 5

第2話 プランF

しおりを挟む
 アイリスによって関谷の死を告げられた後、杉田、黒山、裕子、志保の四人はミーティングルームに移動した。船員の死は、アイリスを通じて速やかに地球の本部長に伝達されている。

「……此度の事態を、重く受け止めている。まずは皆で、関谷君の冥福を祈ろう」

 モニターに本部長の角江が映っている。

「さて、関谷君の死が、コールドスリープ装置の不具合によるものであれば、プランEに移行するのだが……」

 角江はいったん言葉を切った。

「アイリスの報告によると、装置そのものに異常はなかったが、外部からの操作により、温度調整された形跡があるという」

「温度調整?」

 杉田が声を上げた。

「低温に保たれていたベッドの温度が一時的に上昇したことで、関谷君のコールドスリープが失敗し、死に至ったのだ」

「外部からの操作というのは、不正なアクセスが宇宙船の外からあったということですか」

「現時点でそれはわからない。あるいは……こんなことはいいたくないのだが……」

「…………」

「……いや、はっきりいうのはよそう。ただ、これだけいえば十分だろう」

 角江はいった。

「只今より、プランFに移行する。皆の健闘を祈る」

 プランF――予定されていた船内、船外活動を中止し、犯罪者を探し出すこと――この内容はチームのリーダー、すなわち、杉田しか知らない。

「プランFって何」

 裕子が腕組みして訊ねた。杉田が口を開く。

「みんな、聴いてくれ。只今より予定されていた船内、船外活動をすべて中止する」

「何ですって」

「我々が今優先して行うべきことは、関谷を殺した犯人探しってことだ」

「この中に犯人がいるっていうの」

「犯人の居場所は三つ。おれたち四人の中か、船内に潜む第三者か、宇宙船の外だ」

 全員一瞬黙った。

「……まさかとは思うけど、杉田くんはわたしたちのこと疑ってないよね」

「本部長はそうではないらしい。おれもみんなを疑いたくはない」

「本部長の話では、智一のベッドの温度が外部から操作されたようだが、それができるのは技術者しかいないぞ」

 志保に視線が注がれた。

「えっ……あたしじゃない」

「そうよ。だって志保はずっと眠っていたじゃない」

「自分のベッドを操作して、ずっと眠っていたように装うこともできるだろう」

「ひどい」

 裕子が志保をかばった。

「確かに志保は高度な技術者だが、ベッドを操作すればアイリスに記録が残るはずだ」

 杉田はアイリスに呼びかけた。

「ベッドを操作した人間の履歴を、操作内容と合わせて直近から遡って教えてくれ」

『はい。杉田謙治と黒山徹が関谷智一のベッドを手動に切り替えました。杉田謙治と黒山徹が笹沢志保のベッドを手動に切り替えました。黒山徹がベッドから起床しました。帆苅裕子がベッドから起床しました。杉田謙治がベッドから起床しました。以上です』

「ほら、志保は操作してない」

「アイリスに記録が残っている中では、な」

「どういう意味」

「宇宙船が出発する前に、関谷のベッドに不正なプログラムを仕込んで、指定した時間になると温度が上昇するようにしたとか」

「……どうして、志保を犯人にしたいの……?」

 裕子が涙声になる。志保はすでに泣いていた。

「黒山さん、早急に結論を出すのはよそうよ」

「それもそうだ。結論を出すのは今でなくてもいい。一時間後でも構わないしな」

「ひどい……ひどい!!」

 裕子は泣き崩れる志保を抱くと、ミーティングルームからパーソナルスペースの方へ移動していった。

「黒山さん、あんないい方しなくてもいいでしょう」

「俺はな、杉田。余計なことで時間を潰したくないだけなんだ」

 黒山は苦い顔をした。

「智一の死は確かに悲劇だ。だが、俺たちは常に死と隣り合わせに生きている。仲間が死ぬたびに泣いたり立ち止まったりしていられるか」

「うん……」

「今回のケースは、ベッドに不正な操作ができるという一点で、志保以外に犯人は考えられない。お前はずいぶん遠慮した物言いをしていたが、この船の中に第三者が潜んでいるなんて馬鹿馬鹿しいし、ましてや船外など論外だ」

「黒山さんのいう通り、おれも第三者が船内にいるとは思わない。船外から智一のベッドだけを狙って不正なアクセスがあった、なんて考えもナンセンスだと思ってるよ」

「それじゃあ話は――」

「いや、違うんだ。おれが疑問に思っているのは動機の点なんだ」

「動機? おいおい、そんなことどうでもいいだろう、お巡りさんじゃあるまいし」

「でも、志保が智一を殺す理由がわからない。あいつらの関係は……いやおれたちメンバーの関係は全員良好だったはずなのに」

「若いな、杉田。物事の表面しか見てないだろ。あるいは見れない、か。人間関係なんてのは基本的に複雑なものなんだよ」

「……悪い、黒山さん。一時間だけ時間がほしい。できれば志保にも話を訊きたい」

「構わんよ。だが……ほだされるなよ?」

 黒山がパーソナルスペースへと移動し、ミーティングルームには杉田一人になった。

「アイリス。パーソナルスペースの利用状況を教えてくれ」

『現在、帆苅裕子と笹沢志保がともに笹沢志保のパーソナルスペースにいます。つい今しがた黒山徹が自身のパーソナルスペースに入室しました』

「角江本部長」

 モニターに角江の顔が映る。

「話は聞かせてもらった。黒山君によって笹沢君が犯人という流れが作られたな」

「はい」

「黒山君はメンバーの中では最年長で落ち着いているが、任務を優先するあまり配慮のある言動に欠ける面がある。たとえ間違った方向でも自分が『正しい』と思ったら突き進むタイプだ」

「その通りだと思います」

「先ほどこちらの方で調べが終わった。きみたちの宇宙船に対する不正なアクセスは認められなかった。つまりこれで外部犯の線は完全に消えた」

「まあそうでしょうね……。できればそうであってほしかったですが」

「内部犯ということになれば、プランFの捜査責任者であるきみも容疑者の数に含まれる」

「心得ています」

「プランFの進行次第では、私は非情な決断を下すこともある」

 非情な決断とは、宇宙船の破壊措置のことだ。すべてを無かったことにして、希望に満ち溢れた明るい宇宙計画に一点の翳りも生じさせない。

「杉田君。私を失望させないでくれたまえ。良い報告を待っているよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

ロクさんの遠めがね ~我等口多美術館館長には不思議な力がある~

黒星★チーコ
ミステリー
近所のおせっかいおばあちゃんとして認知されているロクさん。 彼女には不思議な力がある。チラシや新聞紙を丸めて作った「遠めがね」で見ると、何でもわかってしまうのだ。 また今日も桜の木の下で出会った男におせっかいを焼くのだが……。 ※基本ほのぼの進行。血など流れず全年齢対象のお話ですが、事件物ですので途中で少しだけ荒っぽいシーンがあります。 ※主人公、ロクさんの名前と能力の原案者:海堂直也様(https://mypage.syosetu.com/2058863/)です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり
ミステリー
 刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。  それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。  ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。  警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。  事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

シグナルグリーンの天使たち

ミステリー
一階は喫茶店。二階は大きな温室の園芸店。隣には一棟のアパート。 店主やアルバイトを中心に起こる、ゆるりとしたミステリィ。 ※第7回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました  応援ありがとうございました! 全話統合PDFはこちら https://ashikamosei.booth.pm/items/5369613 長い話ですのでこちらの方が読みやすいかも

処理中です...