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第5話 empty

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 カイルは自身の肩に触れる者の気配を感じ、ビクッと飛び起きた。
 飛び起きた瞬間、頭に激痛が走り、後悔することになる。
「お~痛ええ……」
 目を開けると視界が霞んでいるが、徐々に見えてきたのはローテーブルの上に並んだ缶ビールに、床に落ちて中身がこぼれている缶ビール。
 冷凍ピザの袋と、冷凍パスタの袋もくちゃくちゃになって落ちている。
 飲み過ぎだ……カイルは額に手を当てた。

『パチンッ、パチンッ』

 そんなカイルの目の前で指を鳴らす者がいる。
「お目覚めですか、カイルさん? しっかりしてください」
 女の声だ。
 もしかして、酔った勢いでデリヘルでも頼んだんじゃないかとカイルは急に心配になってきた。
「……誰?」
 目を瞬き、視界をはっきりさせようとカイルが頑張ると、ぼんやりとした輪郭がだんだん人の形になってくる。

 目の前にいたのは黒人の女だった。童顔だ。
「FBI捜査官のニーラです。今何時だと思います? 午前十時ですよ? 早く起きてください」
 カイルは、絶対まだ夢の中だと思って目を閉じた。
「ちょ、ちょっと何二度寝しようとしてるんですか!? 起こしてるのに寝るなんて非常識ですよ!?」
「うるせえ黙れクソ女。安眠妨害で訴えるぞ?」
「…………」
 相手が黙ったのでカイルは安心して夢の中に漂おうとすると、突然、顔に水がかかった。

「ブハッ!?」
 はっきり目が覚めて飛び起きると、ニーラと名乗った女が、缶ビールに残っていた中身を頭の上からかけている。
「てめえ、ふざけんなっ!」
 胸ぐらを掴もうとして空振りし、勢いよくローテーブルの角で足を打つ。
「痛ってえっ!!」
「うるさい人ですね。さあ、いいかげん顔を洗ってきてください。朝を食べながら用件を話そうと思いますので」
「お、おいおい、ちょっと待て」
 足をさすりながらカイルが言う。
「お前、誰だ? どうやって家ん中入った?」
「FBI捜査官のニーラと先ほども申し上げました。どうやって入ったのかというご質問ですが、有り体に申しますとピッキングです」
 堂々とカイルを見下ろして言う。
「……分かった。つまりあれだ、詐欺師で泥棒ってことか」
「……噂には聞いていましたが、あなたって本当に失礼な人ですね」
「けっ、失礼が聞いて呆れらぁ」

 カイルはソファベッドに手をついて立ち上がる。
「さあ出ていけ。警察に通報してもいいんだが、起こしてくれた礼に身分詐称と不法侵入の罪は許してやろう」
「はあ、何言ってるんですか。わたしは本物の捜査官なんですよ? 通報したら笑われるのがオチです」
 ニーラはそう言ってスーツのポケットからバッジ付きの身分証を取り出した。
 カイルは目を細めて凝視する。
「……アマゾンで買ったレプリカだろ? 50ドルくらいで売ってるよな。ハロウィンの仮装のお供か」
「まだそんなこと言ってる。どうしたら信じてくれるんですか」
「本物のFBI捜査官なら、相応の訓練くらい受けてるはずだよな」

 カイルは言い終える前に右ストレートを放つ。
 俊敏な動きでニーラはそれを避け、逆にカイルの手首を捻り上げた。
「あたーーたたたたた!!」
「もう。ここまでしないと信じてくれないんですか」
 カイルは手首を押さえながらニーラを睨んだ。
「……お前、さっきピッキングで入ったっつってたな」
「ええ、仕方なかったんです。いくらインターホン押しても出ないし、電話かけても出ないし。雨が降ってきましたから外で待つのも嫌でしたし」
 窓の外はしとしと雨が降っている。
「……FBIってのは、泥棒の真似事まで教えてんのか」
「現場のあらゆる状況に対応する必要がありますので」
 カイルは肩をすくめた。

 それから洗面所にいって顔を洗い、用も足してリビングに戻り、インスタントコーヒーを淹れてマグカップで飲む。
 食品棚からコーンフレークの箱を取り出し、ザラザラ器に移して手掴みで食べる。
「……それが朝食なんですか?」
 ニーラが少し離れた場所で訊く。
「ガリガリッ、ガリガリッ、そおだお」
 ニーラは目をスクロールさせる。
「……んで、用件って何だ」
 カイルはコーヒーをぐいっと飲む。
「え、ええっと……FBI本部からの指令で、あなたとペアを組んで捜査に当たることになりました」
「ブフォオッッ!!」
 カイルはむせ返り口からコーヒーとコーンフレークを噴き出した。
「汚いっ!!」
 飛んで避けるニーラ。

 胸を叩いてカイルは落ち着いた。
「え、FBIって、どんだけバカになったんだよ。俺に協力しろってのか」
「わたしもそう思いますよ。あなた何かと組ませるだなんてどうかしてます」
「捜査協力って、もちろん、爆弾魔の件だよな?」
 ニーラは二度頷いた。
「FBIは今ある情報を掴んでいます。その情報を探る人物として、ノーザンバーグ州警察と連携しており、かつ、何の組織にも属していない、いわば遊撃部隊として活躍できる最適な人材として、カイルさん、あなたが選ばれました」
 今度はカイルが目をスクロールする番だった。
「FBIも相当な人材不足らしい。ただ、残念ながら俺はこう見えて忙しい身なんだ。お忘れかもしれないが俺は私立探偵。暇人じゃない」
「私立探偵の仕事って、浮気調査とかでしょう? それよりも爆弾魔の方が重要ですよ」
「分かってねえなネエちゃん。爆弾魔なんざ一種の流行り病よ。それに比べて浮気って病は、人類が存続してる限りなくならねえ、業の深いもんさ」
「何だか急に壮大な話になりますね」
 ニーラは首を振って溜め息を吐く。

「分かりました。では、先に浮気調査の方を片付けましょう。爆弾魔は後からで結構です」
「お前、ほんとにFBIか? 浮気調査するFBIなんか聞いたことねえよ」
「わたしはどんな形であれ、与えられた任務を遂行できればいいんです。あなたの首に輪っかを付けて引っ張るのはしんどいですから、二人で協力してさっさと仕事を済ませてしまいましょう」

 簡単に言いやがって。
 どうせ浮気調査なんかチョチョイノチョイのだと思ってんだろうなと、カイルは思う。
「言っとくけどな、ネエちゃん。俺はこう見えて仕事には真面目に取り組むタイプだ。いい加減なことはしねえ、やるなら最後までしっかりやり遂げる。例えそれが浮気調査でもな」
「素晴らしい。涙が出そうです」
「FBIが日頃から扱ってる重大事件とは質も何もかも違うだろう。危険度も比べものにならないくらい小さい。ただ、浮気調査ってのはな、繊細なんだ。いいか? 後は経験や技量、センス、人間性なんかが問われる」
「恐れ入りました。あなたからお仕事の講義を受けるとは思ってなかったです」
「おい、真面目に聴けよ。俺が言いたいのはな、爆弾魔を追うのも浮気調査も、同じくらい慎重にやれってこった」
「はいはい、分かってますよ。さあいきましょう」
 ニーラはそう言うと先に玄関に向かった。
 カイルは悪態吐きながら、空になった器をシンクに置いてコートを着た。
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