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第1話 horn
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ノースウィザンパーク前の道路上で、幼稚園の送迎バスが爆破された事件は全米に衝撃を与えた。
アメリカ大統領は即座に声明を発表し、痛ましい事件の被害者に哀悼の意を表するとともに、遺族に寄り添い、子どもたちへのケアにも万全を尽くすと誓った。
同時に、FBIならびに州警察などとも連携し、重大事件の解明に全力を尽くすと語った。
「現時点で過激派によるテロの可能性は考えられますでしょうか?」
「十分考えられると思います。ただこれが、連続爆弾魔による犯行なのか、それとも模倣犯によるものかなど、現時点で断定はできません。予断を許さず、あらゆる観点から徹底的に捜査します」
会見での記者の質問に大統領はこう答えた。
アメリカでは爆弾事件が相次いで起きている。
最初こそテロリストによる国家転覆を謀ったものと思われていたが、徐々に明らかになった事実は、一般市民らによる犯行という衝撃の解答だった。
彼らは、ダークウェブと呼ばれるインターネットの深層部、闇市場から安価で爆弾を購入し、各地に設置して爆発させていたのである。
「むしゃくしゃしてやった。爆発する瞬間をSNSにアップしたら再生数が稼げて面白いと思った」
「簡単に手に入るし、銃のように最終的に警察と撃ち合いで死ぬこともない。いっさい手を汚すことなく、何人もの人間を一度に葬り去れる便利な道具」
「幸せそうな奴らを見るとイライラする。自分だけが不幸な世の中など間違っている。世の中を正すために爆弾を使った。後悔はしていない」
犯罪者たちはそう語った。
犯罪心理学者のバッカー博士は次のように述べた。
「彼らに一様に見られる傾向は、孤独感、悲壮感、絶望感、やるせなさ、行き場のない怒り、諦め、そして正義です。特有の破壊的、破滅的衝動は、敵である社会に向けられます。しかしながら我々は彼らを特殊な人物と扱うべきではありません。我々の隣人、いや、我々自身も、ついには爆弾魔へと変貌する可能性があるのです。これは由々しき非常事態です。今すぐにでもできることは、まずはダークウェブの根絶です。手軽に通販感覚で爆弾を入手可能な現状をあらためねば、何も変わらず悲劇は繰り返されることでしょう。続いて大事なのは、誰が、どのような目的で爆弾を製造し、安価に販売しているかを突き止めることです。これまで使用されてきた爆弾は、いずれも高性能な物から子どもでも作れそうな物まで幅広くありました。これらに共通しているのは、非常な悪意を持って作成されたという点です。誤爆の可能性が低く、時限装置は正確、外見のカモフラージュ性も高い上、適当な破壊力も持ち合わせています。これが安価で手に入る。まったく恐ろしいことです。最後に、一連の問題の根本的な課題ですが、それは何と言いましても社会の安定化、すなわち、政治の安定化に他ありません。政治家は国民の不安に正面から向き合い、一市民が爆弾魔へと走る狂気を止めなければなりません。政治の役割は、政治家の想像以上に重要なのですから」
バッカー博士はテレビのインタビューでこう述べた二日後、自宅で妻とペットの犬とともに爆殺された。
アメリカ全土に非常事態宣言が発令された。
宣言下での事件捜査は厳戒態勢で行われ、とくに幼稚園の送迎バスの爆破事件は、ネット上で同様の事件を起こす、またはバスを襲撃するという書き込みが相次いだため、多数の警官や保安官、警備員らを全国の幼稚園や学校に配備することとなった。
「……それで、俺みたいなヤクザ者にも協力を要請することになったってわけだ」
カイルはそう言って煙草を吹かした。
足元には、すでに多数の吸い殻が捨てられている。
「へっ、良かったじゃないか、カイル。どうせ暇だったんだろ?」
パトカーにもたれながらジェイクが言う。
「生活習慣病で死ぬか肺ガンで死ぬか、それを楽しみに生きるだけの人生に今日でお別れだな?」
「黙れクソ野郎。てめえはドーナツとコーラでくたばりやがれ、このクソデブ」
口から煙を吐き出したカイルは、道路の向かい側に建つ赤い屋根の幼稚園に目を向ける。
「そろそろその大好きなおしゃぶりを止めて、ついでにその汚い口も閉じた方がいい。ぼちぼちおチビちゃんたちの帰宅の時間だぜ?」
「クソデブが俺に指図すんじゃねえ。側溝にはまって痩せるか死ね」
ジェイクが肩をすくめる一方、カイルは足元の側溝に吸い殻をぼろぼろ蹴り落とした。
護衛対象のノーザンズバーグ幼稚園の送迎バスは、児童、運転手、保育士、合わせて23人。
カイルが車内に乗り込んで安全を確保し、後続のパトカーからジェイクがサポートするという手筈になっている。
「ああどうも、お巡りさん」
眼鏡をかけた神経質そうな男が園から出てきて言う。
「園長のマイセンです。本日はどうぞよろしくお願いします」
「やあどうも。まったく災難ですな」
マイセンとジェイクが握手する。
「えっと……そちらは?」
訝しげな目をマイセンはカイルに向けた。
「ああ、ご心配なく。こいつは私立探偵のカイル。こう見えて元刑事なんですよ」
カイルは舌打ちをこらえ、ジェイクに鋭い視線を飛ばす。
「……う~ん、困りましたな。警察の方と連絡した際に、女性のお巡りさんをお願いしたはずですが」
「マイセンさん。ご存じのように全国的に警官不足でして。選り好みできないので元刑事や探偵にも声をかけているんです。こいつは強面ですが、頼りにはなります」
ジェイクの引っかかる物言いにカイルの頬がぴくつく。
「そうですか? まあ、そこまでおっしゃるのなら良いですが……しかし、子どもたちが怖がらないかな……」
「……おい、ジェイク。お前がバスに乗れ。俺がケツに回るからよ」
イライラが頂点に達したカイルは、とうとう我慢できなくなった。
「何言ってる。んなことできねえよ」
「誰にも言わねえし、お前がパトに乗ろうがバスに乗ろうが、どっちも同じデブだ。問題ねえ」
「でも規則違反だし、お前が署長にチクらないとも限らない」
「黙れクソが。そもそもデブは規則違反だろーが」
二人のやり取りをじっと聞いていたマイセンが、おもむろに口を開く。
「できれば、ジェイク巡査がバスに乗っていただいた方が有難いのですがね。まあ、一番良いのは、この人を替えてもらうことですが」
マイセンはじろっとカイルを見る。
「おうおう、ジェイク巡査さんよ。園長先生がこうおっしゃってるんだ。いつまでも無駄な意地張ってないで言うこと聴いた方がいいと思うぜ?」
「くそっ……弱ったな……」
ジェイクは頭を掻く。
「……仕方ねえ。ただし今だけだぜ? それからマイセンさんも、お前も、誰にも言わんでくださいよ? こちとら生活かかってんですから」
「分かっていますよ」
「ああ、言わねえ言わねえ。約束する。この舌にかけて」
カイルはベーッと舌を出した。
結局、ジェイクは押し切られる形となり、バスにはジェイク、後続のパトカーにはカイルが乗ることになった。
「頼むから壊してくれるなよ!? うちはお前と違ってカミさんとボウズ養ってんだ! これ以上、給料引かれたら一家心中だぜ!」
パトカーに乗り込んだカイルに、ジェイクが窓を叩いて言う。
「デブが乗って壊れねえんだから頑丈なパトだろうよ!」
「……やっぱりお前、降りろ! 急に不安になってきた!」
「どけ、デブ! 轢き殺すぞ!」
クラクションを鳴らし、カイルはパトカーを発進させる。
ジェイクが降参とばかりに両手を広げ、バスに向かって走り出した。
アメリカ大統領は即座に声明を発表し、痛ましい事件の被害者に哀悼の意を表するとともに、遺族に寄り添い、子どもたちへのケアにも万全を尽くすと誓った。
同時に、FBIならびに州警察などとも連携し、重大事件の解明に全力を尽くすと語った。
「現時点で過激派によるテロの可能性は考えられますでしょうか?」
「十分考えられると思います。ただこれが、連続爆弾魔による犯行なのか、それとも模倣犯によるものかなど、現時点で断定はできません。予断を許さず、あらゆる観点から徹底的に捜査します」
会見での記者の質問に大統領はこう答えた。
アメリカでは爆弾事件が相次いで起きている。
最初こそテロリストによる国家転覆を謀ったものと思われていたが、徐々に明らかになった事実は、一般市民らによる犯行という衝撃の解答だった。
彼らは、ダークウェブと呼ばれるインターネットの深層部、闇市場から安価で爆弾を購入し、各地に設置して爆発させていたのである。
「むしゃくしゃしてやった。爆発する瞬間をSNSにアップしたら再生数が稼げて面白いと思った」
「簡単に手に入るし、銃のように最終的に警察と撃ち合いで死ぬこともない。いっさい手を汚すことなく、何人もの人間を一度に葬り去れる便利な道具」
「幸せそうな奴らを見るとイライラする。自分だけが不幸な世の中など間違っている。世の中を正すために爆弾を使った。後悔はしていない」
犯罪者たちはそう語った。
犯罪心理学者のバッカー博士は次のように述べた。
「彼らに一様に見られる傾向は、孤独感、悲壮感、絶望感、やるせなさ、行き場のない怒り、諦め、そして正義です。特有の破壊的、破滅的衝動は、敵である社会に向けられます。しかしながら我々は彼らを特殊な人物と扱うべきではありません。我々の隣人、いや、我々自身も、ついには爆弾魔へと変貌する可能性があるのです。これは由々しき非常事態です。今すぐにでもできることは、まずはダークウェブの根絶です。手軽に通販感覚で爆弾を入手可能な現状をあらためねば、何も変わらず悲劇は繰り返されることでしょう。続いて大事なのは、誰が、どのような目的で爆弾を製造し、安価に販売しているかを突き止めることです。これまで使用されてきた爆弾は、いずれも高性能な物から子どもでも作れそうな物まで幅広くありました。これらに共通しているのは、非常な悪意を持って作成されたという点です。誤爆の可能性が低く、時限装置は正確、外見のカモフラージュ性も高い上、適当な破壊力も持ち合わせています。これが安価で手に入る。まったく恐ろしいことです。最後に、一連の問題の根本的な課題ですが、それは何と言いましても社会の安定化、すなわち、政治の安定化に他ありません。政治家は国民の不安に正面から向き合い、一市民が爆弾魔へと走る狂気を止めなければなりません。政治の役割は、政治家の想像以上に重要なのですから」
バッカー博士はテレビのインタビューでこう述べた二日後、自宅で妻とペットの犬とともに爆殺された。
アメリカ全土に非常事態宣言が発令された。
宣言下での事件捜査は厳戒態勢で行われ、とくに幼稚園の送迎バスの爆破事件は、ネット上で同様の事件を起こす、またはバスを襲撃するという書き込みが相次いだため、多数の警官や保安官、警備員らを全国の幼稚園や学校に配備することとなった。
「……それで、俺みたいなヤクザ者にも協力を要請することになったってわけだ」
カイルはそう言って煙草を吹かした。
足元には、すでに多数の吸い殻が捨てられている。
「へっ、良かったじゃないか、カイル。どうせ暇だったんだろ?」
パトカーにもたれながらジェイクが言う。
「生活習慣病で死ぬか肺ガンで死ぬか、それを楽しみに生きるだけの人生に今日でお別れだな?」
「黙れクソ野郎。てめえはドーナツとコーラでくたばりやがれ、このクソデブ」
口から煙を吐き出したカイルは、道路の向かい側に建つ赤い屋根の幼稚園に目を向ける。
「そろそろその大好きなおしゃぶりを止めて、ついでにその汚い口も閉じた方がいい。ぼちぼちおチビちゃんたちの帰宅の時間だぜ?」
「クソデブが俺に指図すんじゃねえ。側溝にはまって痩せるか死ね」
ジェイクが肩をすくめる一方、カイルは足元の側溝に吸い殻をぼろぼろ蹴り落とした。
護衛対象のノーザンズバーグ幼稚園の送迎バスは、児童、運転手、保育士、合わせて23人。
カイルが車内に乗り込んで安全を確保し、後続のパトカーからジェイクがサポートするという手筈になっている。
「ああどうも、お巡りさん」
眼鏡をかけた神経質そうな男が園から出てきて言う。
「園長のマイセンです。本日はどうぞよろしくお願いします」
「やあどうも。まったく災難ですな」
マイセンとジェイクが握手する。
「えっと……そちらは?」
訝しげな目をマイセンはカイルに向けた。
「ああ、ご心配なく。こいつは私立探偵のカイル。こう見えて元刑事なんですよ」
カイルは舌打ちをこらえ、ジェイクに鋭い視線を飛ばす。
「……う~ん、困りましたな。警察の方と連絡した際に、女性のお巡りさんをお願いしたはずですが」
「マイセンさん。ご存じのように全国的に警官不足でして。選り好みできないので元刑事や探偵にも声をかけているんです。こいつは強面ですが、頼りにはなります」
ジェイクの引っかかる物言いにカイルの頬がぴくつく。
「そうですか? まあ、そこまでおっしゃるのなら良いですが……しかし、子どもたちが怖がらないかな……」
「……おい、ジェイク。お前がバスに乗れ。俺がケツに回るからよ」
イライラが頂点に達したカイルは、とうとう我慢できなくなった。
「何言ってる。んなことできねえよ」
「誰にも言わねえし、お前がパトに乗ろうがバスに乗ろうが、どっちも同じデブだ。問題ねえ」
「でも規則違反だし、お前が署長にチクらないとも限らない」
「黙れクソが。そもそもデブは規則違反だろーが」
二人のやり取りをじっと聞いていたマイセンが、おもむろに口を開く。
「できれば、ジェイク巡査がバスに乗っていただいた方が有難いのですがね。まあ、一番良いのは、この人を替えてもらうことですが」
マイセンはじろっとカイルを見る。
「おうおう、ジェイク巡査さんよ。園長先生がこうおっしゃってるんだ。いつまでも無駄な意地張ってないで言うこと聴いた方がいいと思うぜ?」
「くそっ……弱ったな……」
ジェイクは頭を掻く。
「……仕方ねえ。ただし今だけだぜ? それからマイセンさんも、お前も、誰にも言わんでくださいよ? こちとら生活かかってんですから」
「分かっていますよ」
「ああ、言わねえ言わねえ。約束する。この舌にかけて」
カイルはベーッと舌を出した。
結局、ジェイクは押し切られる形となり、バスにはジェイク、後続のパトカーにはカイルが乗ることになった。
「頼むから壊してくれるなよ!? うちはお前と違ってカミさんとボウズ養ってんだ! これ以上、給料引かれたら一家心中だぜ!」
パトカーに乗り込んだカイルに、ジェイクが窓を叩いて言う。
「デブが乗って壊れねえんだから頑丈なパトだろうよ!」
「……やっぱりお前、降りろ! 急に不安になってきた!」
「どけ、デブ! 轢き殺すぞ!」
クラクションを鳴らし、カイルはパトカーを発進させる。
ジェイクが降参とばかりに両手を広げ、バスに向かって走り出した。
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