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第3話 四者四様
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「ウェルカム、便秘ボーイ」
ドワーフが先に小屋に入り、私を招き入れた。どこで英語を覚えたのか。
中はこじんまりとまとまっていて、木の香りが全体に漂っている。落ち着く空間だ。森の木を切り倒して造ったのだろう。ドワーフの仕事は流石に腕が良い。
木の丸テーブルの周りに木の丸イスが四つ並んでおり、私が目の前のイスに座ると、オークがティーセットを運んできて真向かいに座り、エルフが本棚から本を一冊持ってきて左隣に座り、ドワーフが台所から木皿に盛ったロッククッキーを運んできて右隣に座った。
「え~、それでは皆さん。只今より便秘の友の会主催、便秘パーティーを始めたいと思います」
オークがいう。とりあえず名前を変更してほしい。
「本日は久方ぶりに異世界から転移者をお迎えし、四人でのパーティーと相成りました。毎度ささやかですがお楽しみください」
オークが挨拶している間に、エルフが紅茶を淹れて木のポットから木のカップに注いでいく。エルフは魔法が使えるらしく、ポットの中の水はすぐに沸騰していた。
「あ、どうも……いただきます」
私は紅茶を頂いた。香り高い味わいだ。あまり詳しくないが花の匂いが脳を痺れさせた。いくらでも戴けそうだった。
「美味いじゃろ。クッキーもお食べなさい」
ドワーフにいわれて手を伸ばしたが、触っただけで相当硬いとわかった。
「歯が立つかな」
「ちょっと待って」
エルフが人差し指で私が持つクッキーを指さした。
「はい、柔らかくしたから」
「おお、ありがとう」
かじってみると、芳ばしい味がした。想像だが木の実を磨り潰して生地に混ぜて焼いたのではないか。
「美味しい」
率直な感想を漏らすと、ドワーフが満足げな表情でうんうん頷いた。
「わしが焼いたのじゃからな、当たり前じゃよ」
オークは硬いロッククッキーをそのままガリガリ噛み砕いて食べているし、エルフは主に紅茶を飲みながら読書に耽っている。
誠にのどかである。
「……実は、さっきは訊けなかったことがあるんだが」
私がそういうと三人はそれぞれ手を止めて私を見た。
「あなたたち三人は種族を別にしているが、便秘という一点で繋がっている。だが、そこに至る前はどこで何をしていたのか、少し興味がある」
「なるほど。やはり気になるか」
オークは腕組みした。
「無論、話して聞かせるのは構わない。だがその前に汝うぬから語れ」
私は自身のことについて話した。といっても特段変わった話ではない。それでも異世界の彼らにしてみれば「作家」や「日本人」という要素は間違いなく新鮮に響いたであろう。
「そう、前にきた者――転移者も汝と同じ日本人だった。日本人はどうして異世界にきたがるのか」
「それは違うと思うわ。未だ転移については解明されていない点が多い。彼らが『いきたい』と思うからこれるかどうかはわからない」
オークの疑問にエルフが反論したが、正直私にもわからない。
「わしが英語を話せるのも、前の者が教えてくれたからなんじゃ。まあ、ほんの少しだけだがの」
ドワーフがいう。異世界で日本語が通じるのはもはや当たり前になりつつあるようだが、いずれは英語も広まるのだろうか。
「よし。では俺から話そうか」
オークが自身について語り始めた。他のオークらと同様、彼もまたオークの里で生まれた一人だった。一般にきょうだいの多い彼らの中では主に身体的に弱い者は自然淘汰される運命にある。彼もその一人だった。
里から放逐されたオークはほとんどの場合、生き長らえることが極めて困難である。理由はまず彼らの生態として集団生活を基本とするため、一人では寝食がままならない。また未だに根強く残るオークへの差別が彼らの生命を常に危険に晒しており、里の外はどこにいても殺される可能性がある。
「俺の運が良かったのは、エルフの友と早い内に出会えたからだ」
「そうでしょうね。あなたと出逢った時、まるで死にかけの大イノシシが出たと思ったわ。やつれてほんとに酷い状態だった」
エルフが語り始めた。彼女の場合は早い話が家出で、両親の自分に対する期待が高過ぎるあまり、精神的に追い詰められた結果、一人家を飛び出したのだという。
エルフも、オークほどではないが厳しい差別に晒されてきた。一人で生きていく難しさも彼女には身に沁みてわかっていた。それでも緊張に緊張を重ねる毎日を送るより、野生に帰る方が彼女には断然ましだったのだ。
「……この二人の放浪者を優しく迎え入れたわしは何と奇特じゃろうな」
ドワーフが白髭を摘まんで笑った。主に木こりとして生活を営む彼らは、その小さな体のどこに力を秘めているのか、いざ戦いとなれば槌から鋸から鍬から鋤でも振りかざす。縄張り争いに明け暮れる生き方が心底嫌になった彼の行き着いた場がここだった。
「この場所はええぞ。何がええて、町や集落から遠いのじゃ。需要がある場所から遠ければ遠いほど、切った樹木を運ぶのに手間がかかる。わざわざこんな場所に好んで住むドワーフはおらん」
異世界にも三者三様の生き方があった。この三人が――私を含めたら四人だが――便秘という共通項で繋がったのは奇跡と呼べるだろう。
(なるほど。いわば三人ともここでしか生きられない……ここ以外にはいきたくない者ばかりなのだ)
転移者である私はといえば、必ずしもそうではない。現実の世界に帰った方が……あるいは良いのかもしれない。
(異世界で生きるのも悪くはない。悪くはないが、現実の世界も捨てがたい。そもそも私が作家でいられるのは現実で生きるからで、異世界での私の立ち位置はあくまで転移者である……)
私の前の転移者が元の世界に帰ったように、私も最終的には帰るべきではないか。そして次の者に異世界転移者の座を譲るべきではないか。
ドワーフが先に小屋に入り、私を招き入れた。どこで英語を覚えたのか。
中はこじんまりとまとまっていて、木の香りが全体に漂っている。落ち着く空間だ。森の木を切り倒して造ったのだろう。ドワーフの仕事は流石に腕が良い。
木の丸テーブルの周りに木の丸イスが四つ並んでおり、私が目の前のイスに座ると、オークがティーセットを運んできて真向かいに座り、エルフが本棚から本を一冊持ってきて左隣に座り、ドワーフが台所から木皿に盛ったロッククッキーを運んできて右隣に座った。
「え~、それでは皆さん。只今より便秘の友の会主催、便秘パーティーを始めたいと思います」
オークがいう。とりあえず名前を変更してほしい。
「本日は久方ぶりに異世界から転移者をお迎えし、四人でのパーティーと相成りました。毎度ささやかですがお楽しみください」
オークが挨拶している間に、エルフが紅茶を淹れて木のポットから木のカップに注いでいく。エルフは魔法が使えるらしく、ポットの中の水はすぐに沸騰していた。
「あ、どうも……いただきます」
私は紅茶を頂いた。香り高い味わいだ。あまり詳しくないが花の匂いが脳を痺れさせた。いくらでも戴けそうだった。
「美味いじゃろ。クッキーもお食べなさい」
ドワーフにいわれて手を伸ばしたが、触っただけで相当硬いとわかった。
「歯が立つかな」
「ちょっと待って」
エルフが人差し指で私が持つクッキーを指さした。
「はい、柔らかくしたから」
「おお、ありがとう」
かじってみると、芳ばしい味がした。想像だが木の実を磨り潰して生地に混ぜて焼いたのではないか。
「美味しい」
率直な感想を漏らすと、ドワーフが満足げな表情でうんうん頷いた。
「わしが焼いたのじゃからな、当たり前じゃよ」
オークは硬いロッククッキーをそのままガリガリ噛み砕いて食べているし、エルフは主に紅茶を飲みながら読書に耽っている。
誠にのどかである。
「……実は、さっきは訊けなかったことがあるんだが」
私がそういうと三人はそれぞれ手を止めて私を見た。
「あなたたち三人は種族を別にしているが、便秘という一点で繋がっている。だが、そこに至る前はどこで何をしていたのか、少し興味がある」
「なるほど。やはり気になるか」
オークは腕組みした。
「無論、話して聞かせるのは構わない。だがその前に汝うぬから語れ」
私は自身のことについて話した。といっても特段変わった話ではない。それでも異世界の彼らにしてみれば「作家」や「日本人」という要素は間違いなく新鮮に響いたであろう。
「そう、前にきた者――転移者も汝と同じ日本人だった。日本人はどうして異世界にきたがるのか」
「それは違うと思うわ。未だ転移については解明されていない点が多い。彼らが『いきたい』と思うからこれるかどうかはわからない」
オークの疑問にエルフが反論したが、正直私にもわからない。
「わしが英語を話せるのも、前の者が教えてくれたからなんじゃ。まあ、ほんの少しだけだがの」
ドワーフがいう。異世界で日本語が通じるのはもはや当たり前になりつつあるようだが、いずれは英語も広まるのだろうか。
「よし。では俺から話そうか」
オークが自身について語り始めた。他のオークらと同様、彼もまたオークの里で生まれた一人だった。一般にきょうだいの多い彼らの中では主に身体的に弱い者は自然淘汰される運命にある。彼もその一人だった。
里から放逐されたオークはほとんどの場合、生き長らえることが極めて困難である。理由はまず彼らの生態として集団生活を基本とするため、一人では寝食がままならない。また未だに根強く残るオークへの差別が彼らの生命を常に危険に晒しており、里の外はどこにいても殺される可能性がある。
「俺の運が良かったのは、エルフの友と早い内に出会えたからだ」
「そうでしょうね。あなたと出逢った時、まるで死にかけの大イノシシが出たと思ったわ。やつれてほんとに酷い状態だった」
エルフが語り始めた。彼女の場合は早い話が家出で、両親の自分に対する期待が高過ぎるあまり、精神的に追い詰められた結果、一人家を飛び出したのだという。
エルフも、オークほどではないが厳しい差別に晒されてきた。一人で生きていく難しさも彼女には身に沁みてわかっていた。それでも緊張に緊張を重ねる毎日を送るより、野生に帰る方が彼女には断然ましだったのだ。
「……この二人の放浪者を優しく迎え入れたわしは何と奇特じゃろうな」
ドワーフが白髭を摘まんで笑った。主に木こりとして生活を営む彼らは、その小さな体のどこに力を秘めているのか、いざ戦いとなれば槌から鋸から鍬から鋤でも振りかざす。縄張り争いに明け暮れる生き方が心底嫌になった彼の行き着いた場がここだった。
「この場所はええぞ。何がええて、町や集落から遠いのじゃ。需要がある場所から遠ければ遠いほど、切った樹木を運ぶのに手間がかかる。わざわざこんな場所に好んで住むドワーフはおらん」
異世界にも三者三様の生き方があった。この三人が――私を含めたら四人だが――便秘という共通項で繋がったのは奇跡と呼べるだろう。
(なるほど。いわば三人ともここでしか生きられない……ここ以外にはいきたくない者ばかりなのだ)
転移者である私はといえば、必ずしもそうではない。現実の世界に帰った方が……あるいは良いのかもしれない。
(異世界で生きるのも悪くはない。悪くはないが、現実の世界も捨てがたい。そもそも私が作家でいられるのは現実で生きるからで、異世界での私の立ち位置はあくまで転移者である……)
私の前の転移者が元の世界に帰ったように、私も最終的には帰るべきではないか。そして次の者に異世界転移者の座を譲るべきではないか。
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