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争乱1 インシジャーム砂漠

百六十七話 旅立ち-4

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「――ソール!」
 食糧や水が入った革袋。出発準備満タンのようだ。

「どうした、慌てて」
 涼しい顔でソールは言う。表面上はあの時――俺を助けてくれた時のソールと変わらない。
 失ったものはでかい、それでも守れたものもあるんだと改めて実感する。

 フェンリルは上機嫌で、尻尾を振っている。
「エイタ、アリガトウ。エイタノオカゲデ……マタイッショニ、ダビヲシヨウヨ」
「…………こちらこそありがとう。でも、一緒には行けない」
 みんなで旅――インシジャーム砂漠を守る。かなりそそられる提案だ。
 いつか夢想したように、水を売って暮らすとか。無職も解消できるし、何よりも楽しそうだ。
 アワイ、ガブ、ヒジリ。ソール、フェンリル、おまけにヒラール姫。それに、オレリアがついてきてくれれば完璧だ。 
 でも、俺にやるべきことがある。

「ソッカ。マタアエル?」
「会えるさ。最後に、モフモフワシャワシャさせろ」
 フェンリルに抱きつく。フェンリルの後遺症は、軽微なようだ。黒毛並みに斑な白ブチが点在している。

「クスグッタイ」
「モフモフをチャージしとかないとな」

「栄太さん、私だってモフモフですよ」
 オレリアが近づいてきて、ピクピクと動く耳を近づけてくる。
 
 フェンリルは垂れ耳。オレリアは半折れ耳。軍配はフェンリルだけど。またベクトルが違うというか、刺激される欲求が違うというか。
 
「ははっ、栄太は相変わらずだな」
「ソール、どっちをモフモフするのが正解か教えてくれよ」

「それは神のみぞ知るてやつだな。少なくても、俺にはわからないな」

「エイタ!」
「栄太さん!」
 
「ううっ……そうだ。ヒラール姫はどう思う」
 完全に蚊帳の外にいたヒラール姫がおずおずと近づいてくる。

「……変態」
 ボソッとヒラール姫が呟いた。この姫、テンパリ過ぎて俺をディスてくるとか。
 恩を仇で返すとは、まさにこのことだな。

「ヒラール」
 姫を呼び捨てとか。もう、年甲斐もなく胸がキュンキュンするな。
「ソールが挨拶もなしに去ろうとするものだから、姫である私が自ら足を運んでやったのだ。感謝するのだな」

「それはご無礼を」
 ソールが傅いた。
 ヒラール姫は、フリーズして口をワナワナと震わせている。

「ありがとう。ヒラールのおかげで戻ってこれた。かけた迷惑は、一生をかけて償う」
「私は何もしていない。その謝辞は神代栄太に向けるべきものだ」

「俺はさ、何度も自分というものを見失いかけたんだ。色々な記憶が激流のように流れ込んできて、抗う気力も持ち合わせていなかった。そんな俺を繋ぎ止めてくれたのはヒラールなんだ」
「勝手に利用されたわけだな、私は……それでは、対価を要求せねばな――」
 ああじゃないこうじゃないと。ヒラール姫が講釈を続ける。

 フェンリルは、退屈そうで欠伸までしている。

「栄太さん、栄太さん。この茶番はいつまで続くのでしょうか」
「生暖かい目で、もう少し見守ってやりたいところだが――」

「ソール、そろそろ出発したほうがいいんじゃないか」
「そうだな。名残惜しいが、栄太、この恩は必ず返す」

「元気でな」
「バイバイ」

「ソール」
 ヒラール姫がソールを呼び止めた。

「どうした」
「私には別れの挨拶もないのか……」
 ヒラール姫は俯いている。

「えっと……ヒラールは、ここに残るつもりなのか?」
「……一緒に行ってよいとの許可をもらっていない」

「何度も言ったと思うけどな。そんなに軽い言葉でもないし……」
「私は、何も言われてないぞ」

「あっ!? もしかして、記憶違いか」
 ソールが一瞬だけ慌てて、真摯な眼差しをヒラール姫に向けた。

「一緒に生きよう。ヒラールは覚えていないかもしれないけど、何度も、何度もこの言葉を繰り返したんだ」
「それは本当に私にかけるべき言葉なのか。私は月姫などではないのだ」
 転生しても、記憶が残るのは稀なことだ。余程の理由がなければそれは受け継がれない。
 教えてやるべきか。

「この気持ちは偽りなんかじゃない。俺は二度と君を――ヒラールを離さない」
 障害なんてどこにもない。前世も、今も、二人は太い絆で繋がっている。
 
 ヒラール姫がポロポロと涙を流した。その涙は月色に輝いていたのは見間違いだろうか。
 幾重もの悲恋を超えて、ようやくたどり着いた今だ。
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