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争乱1 インシジャーム砂漠

百十九話 討伐前夜-4

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 水と光のコントラスト、幻想的な光景を目にして、いくぶんか疲れが軽減した気がする。観客は、数名。緊張と疲労が混ざりあった焦燥感が漂っている。
 声をかけて、休息をとるように伝える。ヒラール姫の名前をだしたのは、ご愛嬌。オレリアの手料理が残されたのでは忍びない。


「大丈夫か?」
「ええ、私たちにとってこの程度の結果を張るなど容易いことにございますよ――」
 アワイは、バハムート・アペプの前では紙切れ程なものですと、自嘲気味に口元を歪めた。
「ヒジリは?」
「アウ」
 アワイに比べれば余力はなさそうだが、無理をしている様子はない。

 城壁に設置された見張り台から見る砂漠は、暗闇に包まれている。頼みの綱の月光も垂れこめる厚い雲に遮られて、時より明かりが途切れる。
 消えかけ点滅を繰り返す蛍光灯を連想させられる光景だ。闇の中には、無数のウムブラが蠢いているのだろうか。バリーク付近の個体は掃討したとは言え、予断を許さない状態だ。
 一世代にカテゴライズされる黒神が従えたという108の試練。その一つ、バハムート・アペプ。ウムブラという眷属を生み出すだけでも脅威であるのに、純粋な破壊力で比べれば、あのプルートーすら凌駕するという。

「主様どうされました?」
「いや、この世界はどこか歪だと思ってさ。管理者の手に余る存在が複数存在するなんて、いつ滅んでもおかしくないってことだろう」
「衰退世界などと呼ぶ者もおりますが、私には存続していることのほうが奇異に映るのでございますよ」
「そういう見方もあるのか」
 存在していることが奇跡。そう考えれば、今回の出来事を引き金に世界が滅んでも不思議なことではない。ただ、今まで確率を捻じ曲げて、極小の可能性を引き続けていただけのこと。

「仮に失敗したとして、そこまで気に病むことはないのでございますよ」
 バハムート・アペプ討伐作戦の成功率は、かなり低い。こちらの思惑通りにことが運んでも、50%、いや30%が関の山か。敵の力量は未知数。本来であれば、偵察部隊を編成して情報取集に努めるべきだが、そんな余力を持ち合わせていない。人数と補給物資から逆算すれば、長期戦は不利だ。というより、不可能だ。ぐずぐずしていれば、最悪、本体に辿りつけない可能性だってある。短期決戦、それしか道は存在しない。

「選択肢が一つだけということはないのでございますよ。逃走などかなり理に適っていると思うのでございますが」
「全員を避難させることは不可能だろう。それに、結局、逃げたところで脅威がなくなるわけでもない」
「バハムート・アペプは脅威ではありますが、攻略不可能というわけではございませんよ。魔族や翼人種が総力戦に転じれば、相応な犠牲を対価にではありますが討伐は可能でございましょう。ましてや、二世代神が結束し手駒である転生者を投入すれば事態は収束するはずにございます――」
 ただし、バリークという国はなくなるでしょうとアワイは言葉を締めくくった。


 ヒラール姫が戦う理由。国を存続させるため。ひいては、民の幸せのため。誰にも犠牲を強いらないため。王族としての矜持。
 ソールが戦う理由。太陽神の転生体としての使命。封印を解いてしまった責任を取るため。

 俺が戦う理由、仲間を助けるため。それが、家族を、お嬢様を助けることに繋がると考えているから。
 アワイは、神の元眷属だ。そんな彼女にしてみれば俺たちの行動原理は非合理的に映っているのかもしれない。

 まだ、引き返せる。合理的に最小の犠牲で最多の幸福を勝ち取る道を模索すればいいじゃないか。百を犠牲にしたら、百一を救えば誰にも愚行なんて評価はされないだろう。
 全てを失うよりはずっとましだ。

 
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