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いろんなかたちの苦労があるものだ
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「……お母さまを恨んだりはなさらなかったのですか?」
つい、疑問に思ったことを聞いてしまう。普通の神経であったら、そんな家庭に耐えられるとは思わない。
「恨んだことがない、といえば嘘になるな。だが、僕の方でも何とかできないかと考え、いろいろと勉強もした。その結果、母のあれは、一種の病気なのだと思うことにした」
「病気?」
「ああ。結局のところ、家の中というのは母の巣で、母は巣の中のことすべてが、自分の思い通りになっていないと嫌なんだ。余計なものを置かないというのは、実際には家の中のものを自分の把握できる状態にしておきたい、という心情がかたちとなって表れたものにすぎない。物が少ない方が、管理はしやすくなるからな。つまりはそういう心の病気なのだと、母のことを理解することにした」
そう語る先輩の表情は、どことなく悲しそうだった。
「……事実はともかく、そうなのだと決めつけてしまえば、少し気持ちが楽になった。どうすればいいかも明確になった」
先輩が手帳を指でトントンと叩く。
「家の中に僕の自由はない。ならば家の外に、僕の居場所をつくる必要があった。幼い頃は図書館がそうだったが、僕も成長し、中学生になり、高校生になった。僕は早く独立する方法を考え続けた、そしてその答えが」
「……探偵」
「別に探偵でなくともよかったのだが……。高校生でもできる住み込みの求人を探していて、いまの事務所にぶち当たったのだ。今君にしたのとほぼ同様の話を所長にしたら、部屋を用意して雇ってくれることになったんだ。それで、僕は探偵になった」
「そんな経緯があったんですね……」
「事務所の近くに僕のための小さな部屋を借りていてくれてな。仕事に必要な道具や私物は、そちらに保管できるようになった。私的な空間というのを、僕はようやく持てるようになったんだ。今の所長には、本当に感謝している」
語られた先輩の半生に私は感動していた。この人は自分ひとりで道を切り開いてきたのだなあ、と思った。
私も自分では相当に苦労してきた方だと思っているが、世の中にはいろんなかたちの苦労があるものだと思う。それらは単純に比べあえるものではないとも。
「……よかったですね」
素直にそう言った。
「ああ。探偵になったのは偶然だったが……。この職業は、僕に意外に合っている、と思う」
「現時点で、十分有能だと思います」
「そう思うか」
「はい」
「……そうか」
そうか、と天井を見上げながら、先輩はもう一度つぶやいた。
つい、疑問に思ったことを聞いてしまう。普通の神経であったら、そんな家庭に耐えられるとは思わない。
「恨んだことがない、といえば嘘になるな。だが、僕の方でも何とかできないかと考え、いろいろと勉強もした。その結果、母のあれは、一種の病気なのだと思うことにした」
「病気?」
「ああ。結局のところ、家の中というのは母の巣で、母は巣の中のことすべてが、自分の思い通りになっていないと嫌なんだ。余計なものを置かないというのは、実際には家の中のものを自分の把握できる状態にしておきたい、という心情がかたちとなって表れたものにすぎない。物が少ない方が、管理はしやすくなるからな。つまりはそういう心の病気なのだと、母のことを理解することにした」
そう語る先輩の表情は、どことなく悲しそうだった。
「……事実はともかく、そうなのだと決めつけてしまえば、少し気持ちが楽になった。どうすればいいかも明確になった」
先輩が手帳を指でトントンと叩く。
「家の中に僕の自由はない。ならば家の外に、僕の居場所をつくる必要があった。幼い頃は図書館がそうだったが、僕も成長し、中学生になり、高校生になった。僕は早く独立する方法を考え続けた、そしてその答えが」
「……探偵」
「別に探偵でなくともよかったのだが……。高校生でもできる住み込みの求人を探していて、いまの事務所にぶち当たったのだ。今君にしたのとほぼ同様の話を所長にしたら、部屋を用意して雇ってくれることになったんだ。それで、僕は探偵になった」
「そんな経緯があったんですね……」
「事務所の近くに僕のための小さな部屋を借りていてくれてな。仕事に必要な道具や私物は、そちらに保管できるようになった。私的な空間というのを、僕はようやく持てるようになったんだ。今の所長には、本当に感謝している」
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「……よかったですね」
素直にそう言った。
「ああ。探偵になったのは偶然だったが……。この職業は、僕に意外に合っている、と思う」
「現時点で、十分有能だと思います」
「そう思うか」
「はい」
「……そうか」
そうか、と天井を見上げながら、先輩はもう一度つぶやいた。
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