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お礼とか、申し上げたいのですが
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制服の男子生徒は携帯でどこかへ電話をかけ終えると、私にも自宅に連絡するように勧めた。なんでも、あと何時間かは帰れないだろうから、と。
しばらくして、公園にパトカーが何台かやってきて、そのうち一台に乗せられ警察まで連れて行かれて、公園であったことを根掘り葉掘り同じことを何度も質問された。
終わったら二時間ぐらい経ってた。
警察署の外には涙ぐんだお父さまとお母さまが来ていて、私に抱き着いてきたのはとても嬉しかったけど、ちょっとだけ恥ずかしかった。
「そうだ、私を助けてくれた人は……」
見送りの刑事さんに尋ねてみる。
「事情聴取が長引いていて、もう少しかかりそうですよ」
「あの、お礼とか、申し上げたいのですが」
「私たち親からもぜひ、ひと言お礼申し上げたい。できるだろうか」
「おそらく今日は無理だと思います。ご本人に聞いてみて、よいようでしたら後日ご連絡先をお伝えいたします」
「……そうですか。わかりました。どうぞよろしく申し上げます。本人両親共々感謝していたとお伝えください」
「必ずお伝えします」
微笑む刑事さんに見送られ、私は黒塗りの防弾仕様車に乗り込んだ。お父さま、屋敷にある中で一番頑丈なのを持ち出してきたみたい。
「蘭子ちゃん、やっぱり、送り迎えした方がよくなくって?」
守須蘭子(もりすらんこ)。それが私の名前だ。
「さすがに、それは学校で目立っちゃうので……」
「私たちの生活が蘭子に馴染まないのは仕方ないが……。私たちは心配なのだよ。蘭子のことが」
「ありがとうございます。お母さま、お父さま。でも普段は、これほど遅くなることはありませんから」
「でもねえ……」
車で話をしている間も、私の頭に浮かぶのは、危機を救ってくれたあの人の背中だった。
きっとお礼を言わなければ。私はこぶしを握り固めて、同時に決心も固めていたのですが。
「礼は不要。今後の接触も不要とのことです」
刑事さんから伝えられたのはそのような内容だった。
「何とも奥ゆかしい御仁だ」
などとお父さまは苦笑していましたが、私は納得がいかない。
幸い、制服でうちの学校に在籍していることは判明している。あの長身は目立つはずだし、顔を見れば絶対にわかる。ならば私の方から探し出してお礼を言おうと心に決めた。
翌日から、私は各クラスを回って目的の男子生徒を捜しはじめた。手始めに同じ一学年から回ることにしたのだけど、私が在籍する三栖輝(みすてり)学園は中高一貫の伝統あるマンモス校で、少子化のご時世にもかかわらず第一学年だけでも六クラスもあるのだ。
もともと引っ込み思案の私はずかずかと教室に踏み込むこともできず、そろそろとドアや窓から中を覗き込んで探すくらいしかできないのだけど、思い当たるような顔はなく。そもそも、同じ学年なら何かの行事で顔を合わせる機会も多いので、まったく見たことがない、ということは少ないはずなのだ。
「やっぱり上級生かなあ……」
気疲れして自分の机でぐったりしていると、お友だちの晴月(はれつき)サラちゃんが咥えキャンディでやってきた。
「なに貞子やってんの蘭子」
私の黒髪が机の上に広がって端から垂れてる様子を見て、サラちゃんが失礼なことを言う。
「人探しって、大変だね……」
「朝から何かチョロチョロやってると思ったら、そんなことしてんの?」
警察から口止めとかはされてないので、私は昨日の件をかいつまんで話した。
「アンタはまた、そんなことに巻き込まれてんのか……」
「べ、別に、好きで巻き込まれてるんじゃないもん」
事件に巻き込まれやすい体質だというのは不本意ながらわかっているが、どれもこれも私のせいじゃないんだからどうしようもない。
「でもお礼は不要って言ってるんだから、そうなんでしょ? もう放っといたら?」
「そ、そういうわけにもいかないよ……」
ははあん、といった顔でサラちゃんがにやける。あ、これ絶対なんか誤解してる。
「ま、そうだよねえ。助けてくれた王子様には、絶対お礼言っときたいよねえ」
「違うから、そういうのじゃないから」
貞子から復活してサラちゃんをにらむが、慣れっこのサラちゃんは意にも介さない。ロシア系の血が入った金髪と、白い肌と、少し青みがかった吊り目でにやにやしてくる。
「もうっ」
「いやでもさー。パターンじゃん」
「そうかもしれないけど……っ!」
確かにアニメや漫画ではお話の導入としてよくある形式で、こういうテンプレは私もサラちゃんも大好物です。
「でも現実は、そうはいかないよね……」
「蘭子が言うとリアルすぎてヒくからやめて。私はもうちょい夢を見ていたい」
トラブルに巻き込まれやすいということは、ヒーロー的な人に助けられる回数も多いということで。そして私は現在のところ年齢イコール彼氏いない歴なわけで。助け助かられたからといって必ずしも恋が芽生えるとは限らないわけで。私だって好きでテンプレブレイカーしてるんじゃないやい。
「吊り橋効果って、ガセなんじゃない……?」
「たぶんアンタの吊り橋毎回落ちてばっかだからじゃない?」
今日は普段に増してサラちゃんがひどい。
しばらくして、公園にパトカーが何台かやってきて、そのうち一台に乗せられ警察まで連れて行かれて、公園であったことを根掘り葉掘り同じことを何度も質問された。
終わったら二時間ぐらい経ってた。
警察署の外には涙ぐんだお父さまとお母さまが来ていて、私に抱き着いてきたのはとても嬉しかったけど、ちょっとだけ恥ずかしかった。
「そうだ、私を助けてくれた人は……」
見送りの刑事さんに尋ねてみる。
「事情聴取が長引いていて、もう少しかかりそうですよ」
「あの、お礼とか、申し上げたいのですが」
「私たち親からもぜひ、ひと言お礼申し上げたい。できるだろうか」
「おそらく今日は無理だと思います。ご本人に聞いてみて、よいようでしたら後日ご連絡先をお伝えいたします」
「……そうですか。わかりました。どうぞよろしく申し上げます。本人両親共々感謝していたとお伝えください」
「必ずお伝えします」
微笑む刑事さんに見送られ、私は黒塗りの防弾仕様車に乗り込んだ。お父さま、屋敷にある中で一番頑丈なのを持ち出してきたみたい。
「蘭子ちゃん、やっぱり、送り迎えした方がよくなくって?」
守須蘭子(もりすらんこ)。それが私の名前だ。
「さすがに、それは学校で目立っちゃうので……」
「私たちの生活が蘭子に馴染まないのは仕方ないが……。私たちは心配なのだよ。蘭子のことが」
「ありがとうございます。お母さま、お父さま。でも普段は、これほど遅くなることはありませんから」
「でもねえ……」
車で話をしている間も、私の頭に浮かぶのは、危機を救ってくれたあの人の背中だった。
きっとお礼を言わなければ。私はこぶしを握り固めて、同時に決心も固めていたのですが。
「礼は不要。今後の接触も不要とのことです」
刑事さんから伝えられたのはそのような内容だった。
「何とも奥ゆかしい御仁だ」
などとお父さまは苦笑していましたが、私は納得がいかない。
幸い、制服でうちの学校に在籍していることは判明している。あの長身は目立つはずだし、顔を見れば絶対にわかる。ならば私の方から探し出してお礼を言おうと心に決めた。
翌日から、私は各クラスを回って目的の男子生徒を捜しはじめた。手始めに同じ一学年から回ることにしたのだけど、私が在籍する三栖輝(みすてり)学園は中高一貫の伝統あるマンモス校で、少子化のご時世にもかかわらず第一学年だけでも六クラスもあるのだ。
もともと引っ込み思案の私はずかずかと教室に踏み込むこともできず、そろそろとドアや窓から中を覗き込んで探すくらいしかできないのだけど、思い当たるような顔はなく。そもそも、同じ学年なら何かの行事で顔を合わせる機会も多いので、まったく見たことがない、ということは少ないはずなのだ。
「やっぱり上級生かなあ……」
気疲れして自分の机でぐったりしていると、お友だちの晴月(はれつき)サラちゃんが咥えキャンディでやってきた。
「なに貞子やってんの蘭子」
私の黒髪が机の上に広がって端から垂れてる様子を見て、サラちゃんが失礼なことを言う。
「人探しって、大変だね……」
「朝から何かチョロチョロやってると思ったら、そんなことしてんの?」
警察から口止めとかはされてないので、私は昨日の件をかいつまんで話した。
「アンタはまた、そんなことに巻き込まれてんのか……」
「べ、別に、好きで巻き込まれてるんじゃないもん」
事件に巻き込まれやすい体質だというのは不本意ながらわかっているが、どれもこれも私のせいじゃないんだからどうしようもない。
「でもお礼は不要って言ってるんだから、そうなんでしょ? もう放っといたら?」
「そ、そういうわけにもいかないよ……」
ははあん、といった顔でサラちゃんがにやける。あ、これ絶対なんか誤解してる。
「ま、そうだよねえ。助けてくれた王子様には、絶対お礼言っときたいよねえ」
「違うから、そういうのじゃないから」
貞子から復活してサラちゃんをにらむが、慣れっこのサラちゃんは意にも介さない。ロシア系の血が入った金髪と、白い肌と、少し青みがかった吊り目でにやにやしてくる。
「もうっ」
「いやでもさー。パターンじゃん」
「そうかもしれないけど……っ!」
確かにアニメや漫画ではお話の導入としてよくある形式で、こういうテンプレは私もサラちゃんも大好物です。
「でも現実は、そうはいかないよね……」
「蘭子が言うとリアルすぎてヒくからやめて。私はもうちょい夢を見ていたい」
トラブルに巻き込まれやすいということは、ヒーロー的な人に助けられる回数も多いということで。そして私は現在のところ年齢イコール彼氏いない歴なわけで。助け助かられたからといって必ずしも恋が芽生えるとは限らないわけで。私だって好きでテンプレブレイカーしてるんじゃないやい。
「吊り橋効果って、ガセなんじゃない……?」
「たぶんアンタの吊り橋毎回落ちてばっかだからじゃない?」
今日は普段に増してサラちゃんがひどい。
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