21 / 23
上着一枚の誤算
しおりを挟む
「とりあえず、座りなよ。そんなとこに立ったままだと、話もしにくいからさ」
そう促すと、彼女はようやく動き出し、おずおずと開いている席に腰かける。マルサが彼女のために茶器とお茶、菓子を用意し、俺の斜め後ろに戻るまで、互いに無言だった。
ええと、いったい何から話せばいいのやら……。いや聞きたいことは山ほどあるんだけどさ。
貴族同士なら時候の挨拶や庭の造作から話を始めるのが典例なのだが、彼女相手にそんなことしても仕方がないしな。
ここはもう、ストレートに聞きたいことを聞いていった方がよいだろう。
「よく、ここがわかったね」
荘で遭遇したとき、俺は自分の身分を明かさなかった。上着も家紋が入っているようなものではなかったし、簡単に突き止められることはないはずだが。
彼女が上着を握りしめる。
「……これを持っていった商会で、材質がそこらでつくられているものじゃないって言われた。それで、いったいどこで手に入れたんだって問い詰められた」
そんなに上等なものだったのか、あれ。いや、おそらく貴族の持ち物としては大したものじゃないんだろうが……。後から聞いたところによれば、一応身を護るために斬撃や衝撃に強いつくりになっているのだそうな。
「それで、何か手掛かりがないかと思って商会の人たちと調べてみたら、裏地に二重円が刺繍してあったんで、もしかすると神殿の関係者のものじゃないかって」
脳内で元カヴェノに確認したところ、これぞ敬虔という表情をつくった上で大きく頷かれた。全然気づかなかったわ。
「で、今度は神殿に持ってって経緯を話したら、それは領主様のご子息じゃないかって言われたから……来てみた」
ふむ。とりあえずここにたどり着いた経緯については納得した。おそらく嘘はついてないだろうと思われる。
しかしながら、この子の行動力もすごいが……上着一枚からここまでたどられるとは思ってもいなかったな。今後はもう少し気をつけなくては。後ろのマルサをちらりと見ると、ほれ見たことか、みたいな顔をしている気がする。
「こほん。そういうことなら仕方ありませんね……。改めて、私がパワーズ男爵家第三子、カヴェノ・パワーズです。ご婦人、ご芳名をお聞かせ願っても?」
正式に自己紹介をする。略式とはいえお茶会にも招いちゃったしな。ここから先は貴族として対応するしかないだろう。
「わたしはトモヤミの子、ミンボーだ……です」
やって来たときにはピンと立っていた両耳が萎れて寝ている。そりゃそうだよなー。いざ貴族を相手にしようとなると緊張するよなー。
まあでもこうなっては仕方がない。俺も役割を果たそう。
「それでミンボー。わざわざ私を訪ねてきた要件は?」
「はい。ええと……これ、返そうと思って」
テーブルの上に上着が押し出される。
「それは君に差し上げたものだ。売るなり何なり君の自由に処分してくれればいい」
とそこまで言ったところで、少し考える。
「……と思っていたんだけど、先ほどまでの経緯を聞くと、これ、処分するのすごく大変?」
「当たり前だろ! ……です」
ふむ。やはりそうなのか。
「これは好奇心で聞くんだけど。下町の方で、こういうの引き取ってくれるような故売屋とかそういうの、ないの?」
「そりゃ、あるにはあるけど……。そういうところ利用するには、何かの伝手が必要なんだよ……です。それに、そんなの持ってたら、いろいろ怪しまれる……です」
「へえ、そういうもんなのか」
こういうファンタジー世界だとそのへんは結構緩いんじゃないかと勝手に想像してたんだが、そう簡単なものでもないらしい。軽い気持ちで上着あげちゃったけど、これは色々と俺の認識不足だったな。
「それは迷惑をかけたね。では、これは受け取ろう」
俺は上着を受け取り、マルサへと手渡す。
「代わりに迷惑料としていくらか包んでおくから。今回の件はそれでよしとして欲しい。いいかな?」
俺の小遣いから幾らかを渡すつもりでそう述べると、ミンボーは俯き、それからしばらくして、決意したように顔を上げた。
「あ、あの……。それよりも、カヴェノ様に一つ、お願いがある……です!」
そう促すと、彼女はようやく動き出し、おずおずと開いている席に腰かける。マルサが彼女のために茶器とお茶、菓子を用意し、俺の斜め後ろに戻るまで、互いに無言だった。
ええと、いったい何から話せばいいのやら……。いや聞きたいことは山ほどあるんだけどさ。
貴族同士なら時候の挨拶や庭の造作から話を始めるのが典例なのだが、彼女相手にそんなことしても仕方がないしな。
ここはもう、ストレートに聞きたいことを聞いていった方がよいだろう。
「よく、ここがわかったね」
荘で遭遇したとき、俺は自分の身分を明かさなかった。上着も家紋が入っているようなものではなかったし、簡単に突き止められることはないはずだが。
彼女が上着を握りしめる。
「……これを持っていった商会で、材質がそこらでつくられているものじゃないって言われた。それで、いったいどこで手に入れたんだって問い詰められた」
そんなに上等なものだったのか、あれ。いや、おそらく貴族の持ち物としては大したものじゃないんだろうが……。後から聞いたところによれば、一応身を護るために斬撃や衝撃に強いつくりになっているのだそうな。
「それで、何か手掛かりがないかと思って商会の人たちと調べてみたら、裏地に二重円が刺繍してあったんで、もしかすると神殿の関係者のものじゃないかって」
脳内で元カヴェノに確認したところ、これぞ敬虔という表情をつくった上で大きく頷かれた。全然気づかなかったわ。
「で、今度は神殿に持ってって経緯を話したら、それは領主様のご子息じゃないかって言われたから……来てみた」
ふむ。とりあえずここにたどり着いた経緯については納得した。おそらく嘘はついてないだろうと思われる。
しかしながら、この子の行動力もすごいが……上着一枚からここまでたどられるとは思ってもいなかったな。今後はもう少し気をつけなくては。後ろのマルサをちらりと見ると、ほれ見たことか、みたいな顔をしている気がする。
「こほん。そういうことなら仕方ありませんね……。改めて、私がパワーズ男爵家第三子、カヴェノ・パワーズです。ご婦人、ご芳名をお聞かせ願っても?」
正式に自己紹介をする。略式とはいえお茶会にも招いちゃったしな。ここから先は貴族として対応するしかないだろう。
「わたしはトモヤミの子、ミンボーだ……です」
やって来たときにはピンと立っていた両耳が萎れて寝ている。そりゃそうだよなー。いざ貴族を相手にしようとなると緊張するよなー。
まあでもこうなっては仕方がない。俺も役割を果たそう。
「それでミンボー。わざわざ私を訪ねてきた要件は?」
「はい。ええと……これ、返そうと思って」
テーブルの上に上着が押し出される。
「それは君に差し上げたものだ。売るなり何なり君の自由に処分してくれればいい」
とそこまで言ったところで、少し考える。
「……と思っていたんだけど、先ほどまでの経緯を聞くと、これ、処分するのすごく大変?」
「当たり前だろ! ……です」
ふむ。やはりそうなのか。
「これは好奇心で聞くんだけど。下町の方で、こういうの引き取ってくれるような故売屋とかそういうの、ないの?」
「そりゃ、あるにはあるけど……。そういうところ利用するには、何かの伝手が必要なんだよ……です。それに、そんなの持ってたら、いろいろ怪しまれる……です」
「へえ、そういうもんなのか」
こういうファンタジー世界だとそのへんは結構緩いんじゃないかと勝手に想像してたんだが、そう簡単なものでもないらしい。軽い気持ちで上着あげちゃったけど、これは色々と俺の認識不足だったな。
「それは迷惑をかけたね。では、これは受け取ろう」
俺は上着を受け取り、マルサへと手渡す。
「代わりに迷惑料としていくらか包んでおくから。今回の件はそれでよしとして欲しい。いいかな?」
俺の小遣いから幾らかを渡すつもりでそう述べると、ミンボーは俯き、それからしばらくして、決意したように顔を上げた。
「あ、あの……。それよりも、カヴェノ様に一つ、お願いがある……です!」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。


このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる