影の力で護ります! ~影のボスを目指しているのになぜだか注目されて困っている~

翠山都

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上着一枚の誤算

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「とりあえず、座りなよ。そんなとこに立ったままだと、話もしにくいからさ」
 そう促すと、彼女はようやく動き出し、おずおずと開いている席に腰かける。マルサが彼女のために茶器とお茶、菓子を用意し、俺の斜め後ろに戻るまで、互いに無言だった。
 ええと、いったい何から話せばいいのやら……。いや聞きたいことは山ほどあるんだけどさ。
 貴族同士なら時候の挨拶や庭の造作から話を始めるのが典例なのだが、彼女相手にそんなことしても仕方がないしな。
 ここはもう、ストレートに聞きたいことを聞いていった方がよいだろう。
「よく、ここがわかったね」
 荘で遭遇したとき、俺は自分の身分を明かさなかった。上着も家紋が入っているようなものではなかったし、簡単に突き止められることはないはずだが。
 彼女が上着を握りしめる。
「……これを持っていった商会で、材質がそこらでつくられているものじゃないって言われた。それで、いったいどこで手に入れたんだって問い詰められた」
 そんなに上等なものだったのか、あれ。いや、おそらく貴族の持ち物としては大したものじゃないんだろうが……。後から聞いたところによれば、一応身を護るために斬撃や衝撃に強いつくりになっているのだそうな。
「それで、何か手掛かりがないかと思って商会の人たちと調べてみたら、裏地に二重円が刺繍してあったんで、もしかすると神殿の関係者のものじゃないかって」
 脳内で元カヴェノに確認したところ、これぞ敬虔という表情をつくった上で大きく頷かれた。全然気づかなかったわ。
「で、今度は神殿に持ってって経緯を話したら、それは領主様のご子息じゃないかって言われたから……来てみた」
 ふむ。とりあえずここにたどり着いた経緯については納得した。おそらく嘘はついてないだろうと思われる。
しかしながら、この子の行動力もすごいが……上着一枚からここまでたどられるとは思ってもいなかったな。今後はもう少し気をつけなくては。後ろのマルサをちらりと見ると、ほれ見たことか、みたいな顔をしている気がする。
「こほん。そういうことなら仕方ありませんね……。改めて、私がパワーズ男爵家第三子、カヴェノ・パワーズです。ご婦人、ご芳名をお聞かせ願っても?」
 正式に自己紹介をする。略式とはいえお茶会にも招いちゃったしな。ここから先は貴族として対応するしかないだろう。
「わたしはトモヤミの子、ミンボーだ……です」
 やって来たときにはピンと立っていた両耳が萎れて寝ている。そりゃそうだよなー。いざ貴族を相手にしようとなると緊張するよなー。
 まあでもこうなっては仕方がない。俺も役割を果たそう。
「それでミンボー。わざわざ私を訪ねてきた要件は?」
「はい。ええと……これ、返そうと思って」
 テーブルの上に上着が押し出される。
「それは君に差し上げたものだ。売るなり何なり君の自由に処分してくれればいい」
 とそこまで言ったところで、少し考える。
「……と思っていたんだけど、先ほどまでの経緯を聞くと、これ、処分するのすごく大変?」
「当たり前だろ! ……です」
 ふむ。やはりそうなのか。
「これは好奇心で聞くんだけど。下町の方で、こういうの引き取ってくれるような故売屋とかそういうの、ないの?」
「そりゃ、あるにはあるけど……。そういうところ利用するには、何かの伝手が必要なんだよ……です。それに、そんなの持ってたら、いろいろ怪しまれる……です」
「へえ、そういうもんなのか」
 こういうファンタジー世界だとそのへんは結構緩いんじゃないかと勝手に想像してたんだが、そう簡単なものでもないらしい。軽い気持ちで上着あげちゃったけど、これは色々と俺の認識不足だったな。
「それは迷惑をかけたね。では、これは受け取ろう」
 俺は上着を受け取り、マルサへと手渡す。
「代わりに迷惑料としていくらか包んでおくから。今回の件はそれでよしとして欲しい。いいかな?」
 俺の小遣いから幾らかを渡すつもりでそう述べると、ミンボーは俯き、それからしばらくして、決意したように顔を上げた。
「あ、あの……。それよりも、カヴェノ様に一つ、お願いがある……です!」

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