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神殿長との会談
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ほどなくして、奥の部屋から神殿長が姿を現した。これまでに幾度も顔を合わせているが、パワーズ領の神殿長は四十代の女性で、すらっとした長身に僧服を纏っている。
「パワーズ卿、よくぞおいでくださいました」
「ご無沙汰している。いつも息子がお世話になっている」
互いに挨拶を交わすと、前置きもなしに早速実務的な話に移る。とはいえ事前に根回しと取り決めが済んでいるから、確認と儀礼のための話し合いのようなものだ。
事前の取り決め通り父が一定の金銭を喜捨することで、俺の神殿入りキャンセルの件は手打ちとなる。一見ムダ金のようにも見えるが、これで領主と神殿は有効な関係を継続しているというポーズにもなるので、民への求心力ということを考えれば安い投資であるといっていい。そもそも、俺の神殿入りもそういう意図があったわけだからな。
ともかく無事に済んでよかったと俺が安堵の息を吐いていると、なぜだか俺だけが神殿長に呼び出された。
「父上、よろしいのでしょうか」
「無下にするわけにもいくまい。それに、神殿長はお前のことを気にかけておられたからな。色々伝えておきたいこともあるのだろう」
「そうですね……」
元カヴェノの信仰は本物だったからな。将来はこの神殿の次代の長に、という目論見なんぞもあったのかもしれない。
俺は父と離れてひとり、神殿長室に招かれることになった。この部屋には初めて入るが、壁がすべて書物と書類に埋まっていて、入って正面にある執務机の上にまでうず高く積み上げられている。どことなく姉上の部屋と似た匂いを感じたので、もしかしたら神殿長も姉上と同類の片づけられない女なのかもしれない。
本人も自覚があるのか、片付いてなくてごめんなさいね、と恥ずかしそうに告げてくれる。
真ん中だけ書類を除けた執務机を挟んで腰掛けた。
「学院へ通われるということで、まずはおめでとうございます」
「ありがとうございます。そしてこれまでこちらへ来るために色々お骨折りをいただいたのに、申し訳ありません」
「よいのですよ」
神殿長はほほ笑む。
「初代様の頃より、パワーズ家は神殿を大切に扱ってくれております。本来なら今以上に紐帯を強くする必要はありませんから、領内の均衡ということを考えると、むしろよかったのかもしれません」
「そうですね……」
わかってはいることだが、やはりこうして話をすると、神殿の長というのは政治家なのだな、と実感する。
「ですが、カヴェノさまご自身は、それでよろしかったのですか?」
元カヴェノの信仰が篤かったことを知っている神殿長は、そう聞いてくる。
「……色々と、思うところがありまして」
「もちろん、そうでしょうとも。ですが、拙僧としてはその詳しいところをお聞きしたいと思いまして」
ううむ、家の事情にもかかわるだろうことだから、普通ならこれで軽く流してくれるところだと思うのだが、やけにぐいぐい来るな。
「……話せませんか?」
「申し訳ありませんが……」
そうですか、と神殿長は深く息を吐く。
「せめて、カヴェノ様がどのような宣託を光陰神から授かったのか、お聞きしたかったのですが……」
……。
…………。
………………今何と?
「パワーズ卿、よくぞおいでくださいました」
「ご無沙汰している。いつも息子がお世話になっている」
互いに挨拶を交わすと、前置きもなしに早速実務的な話に移る。とはいえ事前に根回しと取り決めが済んでいるから、確認と儀礼のための話し合いのようなものだ。
事前の取り決め通り父が一定の金銭を喜捨することで、俺の神殿入りキャンセルの件は手打ちとなる。一見ムダ金のようにも見えるが、これで領主と神殿は有効な関係を継続しているというポーズにもなるので、民への求心力ということを考えれば安い投資であるといっていい。そもそも、俺の神殿入りもそういう意図があったわけだからな。
ともかく無事に済んでよかったと俺が安堵の息を吐いていると、なぜだか俺だけが神殿長に呼び出された。
「父上、よろしいのでしょうか」
「無下にするわけにもいくまい。それに、神殿長はお前のことを気にかけておられたからな。色々伝えておきたいこともあるのだろう」
「そうですね……」
元カヴェノの信仰は本物だったからな。将来はこの神殿の次代の長に、という目論見なんぞもあったのかもしれない。
俺は父と離れてひとり、神殿長室に招かれることになった。この部屋には初めて入るが、壁がすべて書物と書類に埋まっていて、入って正面にある執務机の上にまでうず高く積み上げられている。どことなく姉上の部屋と似た匂いを感じたので、もしかしたら神殿長も姉上と同類の片づけられない女なのかもしれない。
本人も自覚があるのか、片付いてなくてごめんなさいね、と恥ずかしそうに告げてくれる。
真ん中だけ書類を除けた執務机を挟んで腰掛けた。
「学院へ通われるということで、まずはおめでとうございます」
「ありがとうございます。そしてこれまでこちらへ来るために色々お骨折りをいただいたのに、申し訳ありません」
「よいのですよ」
神殿長はほほ笑む。
「初代様の頃より、パワーズ家は神殿を大切に扱ってくれております。本来なら今以上に紐帯を強くする必要はありませんから、領内の均衡ということを考えると、むしろよかったのかもしれません」
「そうですね……」
わかってはいることだが、やはりこうして話をすると、神殿の長というのは政治家なのだな、と実感する。
「ですが、カヴェノさまご自身は、それでよろしかったのですか?」
元カヴェノの信仰が篤かったことを知っている神殿長は、そう聞いてくる。
「……色々と、思うところがありまして」
「もちろん、そうでしょうとも。ですが、拙僧としてはその詳しいところをお聞きしたいと思いまして」
ううむ、家の事情にもかかわるだろうことだから、普通ならこれで軽く流してくれるところだと思うのだが、やけにぐいぐい来るな。
「……話せませんか?」
「申し訳ありませんが……」
そうですか、と神殿長は深く息を吐く。
「せめて、カヴェノ様がどのような宣託を光陰神から授かったのか、お聞きしたかったのですが……」
……。
…………。
………………今何と?
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