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神殿へ
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俺、カヴェノの脱走騒動が起こってからも時は流れて。
家族やマルサからの目が以前より厳しくなったこと以外は特に大きく変わった出来事もなく、学院魔術科への入院試験の願書提出期日が近づいていた。
さて、実際に願書を出すとなれば、その前にしておかねばならぬことが色々とある。そのうちの一つが、神殿への報告だ。
パワーズ家では、あくまで内示ではあったが、次男坊の俺を神殿で受け入れてもらえるよう話を通してあった。なので、事情が変わり、俺が神殿に入らずに学院に通うことを願書提出前に神殿に報告して、筋を通しておかねばならないのだ。
まだまだ法が未成熟で、運用できる機構と暴力装置の集中が徹底されていないこの世界において、面子というのはとても重要だ。貴族の世界には貴族の、聖職者の世界には聖職者の世界の、それぞれの立場における筋というものがあり、そういった明文化されていない慣習が、いわば実際的な法規として運用されている。であるからして貴族であればどれほどの弱小貴族であろうと、貴族としての筋の通し方というものは幼少の頃より真っ先に叩き込まれる。
筋を通すというのはつまり相手の面子を立てることであり、自分の面子を潰されぬようにすることである。相手の面子を軽々しく潰してしまったり、自身の面子を潰されて大人しく黙っているというのは、貴族としての教育ができていないということになり、そういうイメージがついてしまったが最後、貴族社会でまともに生きてゆくことは適わなくなる。
前世のライトノベルファンタジーではよく面子よりも実利を優先するシーンなんかが出てきたりもするが、法や国家が当てにならない世界においては、面子を失うのはその世界で存在を許されなくなるのと同義であり、最終的には守りたかったはずの土地も、家族も、財産もすべて失ってしまうことに繋がる。実利を取ったのだというおためごかしなんぞはどこにも通用しない。だからこそ面子は何よりも第一に守るものであり、他者の面子を軽々しく傷つけぬよう注意を払う。
婚約破棄やざまぁ、俺TUEEEなんてのがファンタジーの中のファンタジーであるということが、この一点を取ってもよくわかるな。
まあ要は、法がアテにならない中世世界は上から下まで人民総ヤクザもんなんだと考えてもらって差し支えない。この価値観こそが、前世と最も大きく違う部分であり、いまだになじめない部分でもある。
そういうわけで、この世界で筋を通すということを怠ると、前世世界とは比べ物にならぬくらい大事に発展するので、そういう部分には細かく細かく気を配らねばならないのだ。
なので、まずは俺が学院に通うことを、神殿に認めてもらわねばならない。そこで領主である父が直々に俺を伴い神殿を訪れることになった。もちろんこれも先に前触れを出し、その三日後に決まったルートを用いてあらかじめ報せておいた人数での供で訪れるという面倒くさい行程を経ねばならんのだが、これこそが相手の立場を重視していますよという意志を表したものであり、一つ一つのルールにきちんとした理由がある。
……まあぶっちゃけると、我々領軍は神殿に攻め寄せたりしませんよ、という意志表示であるのだが。実際領主と神殿の仲が悪い領地というのはたくさんあるので、冗談でも何でもなくこういうことが大事なのだ。
神殿に到着すると、僧兵を連れた司祭が我々を出迎えてくれる。型通りの挨拶と儀礼を交わすと、父上と俺は数名の供回りだけを連れて内門をくぐる。
バロック調といっていいのだろうか、古式ゆかしいつくりの柱と彫刻に、窓にはステンドグラスに似た飾り硝子がはめ込んである。前世でテレビなんかでよく見た教会のそれと違うのは、どれもキリスト教をモチーフにしたものではないことだろう。
前世世界でよく使われるのは十字架、いわゆる縦と横の直線が交わったモチーフだが、こちらでよく見られるのは二重円で、これが神の意匠としてよく用いられる。ステンドグラスの中には丸がたくさん描かれた水玉模様のような一枚もあって、意匠の違いから発生したデザインの変化はなかなかに面白い。
家族やマルサからの目が以前より厳しくなったこと以外は特に大きく変わった出来事もなく、学院魔術科への入院試験の願書提出期日が近づいていた。
さて、実際に願書を出すとなれば、その前にしておかねばならぬことが色々とある。そのうちの一つが、神殿への報告だ。
パワーズ家では、あくまで内示ではあったが、次男坊の俺を神殿で受け入れてもらえるよう話を通してあった。なので、事情が変わり、俺が神殿に入らずに学院に通うことを願書提出前に神殿に報告して、筋を通しておかねばならないのだ。
まだまだ法が未成熟で、運用できる機構と暴力装置の集中が徹底されていないこの世界において、面子というのはとても重要だ。貴族の世界には貴族の、聖職者の世界には聖職者の世界の、それぞれの立場における筋というものがあり、そういった明文化されていない慣習が、いわば実際的な法規として運用されている。であるからして貴族であればどれほどの弱小貴族であろうと、貴族としての筋の通し方というものは幼少の頃より真っ先に叩き込まれる。
筋を通すというのはつまり相手の面子を立てることであり、自分の面子を潰されぬようにすることである。相手の面子を軽々しく潰してしまったり、自身の面子を潰されて大人しく黙っているというのは、貴族としての教育ができていないということになり、そういうイメージがついてしまったが最後、貴族社会でまともに生きてゆくことは適わなくなる。
前世のライトノベルファンタジーではよく面子よりも実利を優先するシーンなんかが出てきたりもするが、法や国家が当てにならない世界においては、面子を失うのはその世界で存在を許されなくなるのと同義であり、最終的には守りたかったはずの土地も、家族も、財産もすべて失ってしまうことに繋がる。実利を取ったのだというおためごかしなんぞはどこにも通用しない。だからこそ面子は何よりも第一に守るものであり、他者の面子を軽々しく傷つけぬよう注意を払う。
婚約破棄やざまぁ、俺TUEEEなんてのがファンタジーの中のファンタジーであるということが、この一点を取ってもよくわかるな。
まあ要は、法がアテにならない中世世界は上から下まで人民総ヤクザもんなんだと考えてもらって差し支えない。この価値観こそが、前世と最も大きく違う部分であり、いまだになじめない部分でもある。
そういうわけで、この世界で筋を通すということを怠ると、前世世界とは比べ物にならぬくらい大事に発展するので、そういう部分には細かく細かく気を配らねばならないのだ。
なので、まずは俺が学院に通うことを、神殿に認めてもらわねばならない。そこで領主である父が直々に俺を伴い神殿を訪れることになった。もちろんこれも先に前触れを出し、その三日後に決まったルートを用いてあらかじめ報せておいた人数での供で訪れるという面倒くさい行程を経ねばならんのだが、これこそが相手の立場を重視していますよという意志を表したものであり、一つ一つのルールにきちんとした理由がある。
……まあぶっちゃけると、我々領軍は神殿に攻め寄せたりしませんよ、という意志表示であるのだが。実際領主と神殿の仲が悪い領地というのはたくさんあるので、冗談でも何でもなくこういうことが大事なのだ。
神殿に到着すると、僧兵を連れた司祭が我々を出迎えてくれる。型通りの挨拶と儀礼を交わすと、父上と俺は数名の供回りだけを連れて内門をくぐる。
バロック調といっていいのだろうか、古式ゆかしいつくりの柱と彫刻に、窓にはステンドグラスに似た飾り硝子がはめ込んである。前世でテレビなんかでよく見た教会のそれと違うのは、どれもキリスト教をモチーフにしたものではないことだろう。
前世世界でよく使われるのは十字架、いわゆる縦と横の直線が交わったモチーフだが、こちらでよく見られるのは二重円で、これが神の意匠としてよく用いられる。ステンドグラスの中には丸がたくさん描かれた水玉模様のような一枚もあって、意匠の違いから発生したデザインの変化はなかなかに面白い。
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