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影追い
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午前の勉学と剣術の鍛錬が終わると、自由時間になる。とはいえ俺が動ける範囲は限られていて、休息日には礼拝のための神殿への外出が認められているが、それ以外の日は館の敷地外へ出ることはまだ許されていない。近々乗馬の訓練がはじまるのでじきに解禁されるだろうが、今はまだだ。
そして、俺は館の外へ出てみたくて仕方がなかった。
こちらの世界にも『影追い(シャドウストーカー)』と呼ばれる鬼ごっこのような遊びがあって、今日はそれをするとマルサに告げた。俺の遊び相手は館の従僕やその子息たちで、いつも三、四人程度が交代で相手をしてくれる。これにマルサも加わるのだが、これはもちろん俺の監視のためだ。
「坊ちゃまは近頃、変わられましたねえ」
俺のせいで近頃疲労の激しいマルサが大きなため息をついて嘆く。
「以前はこういったお外での遊びは、お好みでなかったはずですけど」
「状況が変わったからね」
マルサが父上から家の内情をどれだけ聞いているかわからないが、俺が神殿に入るのを辞めて学院に通う予定になったことは、おそらく知らされているはずだ。
「剣術の鍛錬もはじまったしさ。体力をつけておかないと」
「それだけだとよろしいのですけど……。何か妙なことを企んではおられませんでしょうね」
この一週間ほどでマルサの中のカヴェノ株はストップ安であるらしい。
そしてごめんマルサ。実は企んでるんだ。
マルサが影追い、いわゆる鬼役になったタイミングで、俺は行動を起こすことにした。
俺の遊び場である中庭は訓練場に隣接していて、庭とはいっても高い樹木や花卉の類は少なく、いざという時に兵馬を駐留させられるよう、むしろ広場を大きく取ってある。庭園に植えられているものも食用になる果樹の類が占めているのも、貧乏男爵家の内情を表しているといえる。
とはいえ男爵家としての見栄も大事だからな。一応は庭師なんかも入れて、客が眺めて回れるよう最低限の体裁は整えてあるわけだ。
そんなわけで、中庭の奥、表から見えないところには、庭師や従僕が使う道具をしまっておくための納屋がある。この納屋には閂があって、使わないときは侵入できないよう閉じられているのだが、少しの間だけ道具を外に出すようなときには横着して閂が外されたままになっていることを、俺は知っている。
俺は隠れ場所として、その納屋を目指した。
前述のとおりこの影追いは、逃走や追跡、隠密の訓練も兼ねている。参加している従僕の中には猟師の息子なんかも含まれていて、彼やマルサにかかると俺がどれほどうまく隠れたつもりでも、あっさりと発見されてしまう。
あまりに簡単に見つかるので聞いてみると、靴についた草や泥などですぐにわかるということだったので、隠れる前に靴底をぬぐったり泥を落としたりと工夫をしてみたが、まったく効果はなかった。どうやらもっと複合的な情報で追跡を行っているらしいが、その猟師の息子の話は感覚的なものが多く、俺にはわからなかった。足跡が別の色に見えるってなんだよ。同じ色にしか見えねえよ。
マルサならもっと上手く教えてくれるだろうけど、聞いても答えてくれないからな……。
まあどうせ素人の付け焼刃でプロやセミプロにかなうわけもない。そちら方面はおいおい訓練するとして。
俺は納屋までやってきた。閂が外されたままになっているのは、事前に確認済みだ。
扉を薄く開けて、中に滑り込む。明り取り用の窓は締め切られているため、納屋の中はほとんど光が入らない。いろいろなものが積み上げてあるから、隠れるにももってこいだ。
まあだからこそ、真っ先に探されたりもするわけなんだが、ここで俺の魔術、『夜の帳』の出番だ。
そして、俺は館の外へ出てみたくて仕方がなかった。
こちらの世界にも『影追い(シャドウストーカー)』と呼ばれる鬼ごっこのような遊びがあって、今日はそれをするとマルサに告げた。俺の遊び相手は館の従僕やその子息たちで、いつも三、四人程度が交代で相手をしてくれる。これにマルサも加わるのだが、これはもちろん俺の監視のためだ。
「坊ちゃまは近頃、変わられましたねえ」
俺のせいで近頃疲労の激しいマルサが大きなため息をついて嘆く。
「以前はこういったお外での遊びは、お好みでなかったはずですけど」
「状況が変わったからね」
マルサが父上から家の内情をどれだけ聞いているかわからないが、俺が神殿に入るのを辞めて学院に通う予定になったことは、おそらく知らされているはずだ。
「剣術の鍛錬もはじまったしさ。体力をつけておかないと」
「それだけだとよろしいのですけど……。何か妙なことを企んではおられませんでしょうね」
この一週間ほどでマルサの中のカヴェノ株はストップ安であるらしい。
そしてごめんマルサ。実は企んでるんだ。
マルサが影追い、いわゆる鬼役になったタイミングで、俺は行動を起こすことにした。
俺の遊び場である中庭は訓練場に隣接していて、庭とはいっても高い樹木や花卉の類は少なく、いざという時に兵馬を駐留させられるよう、むしろ広場を大きく取ってある。庭園に植えられているものも食用になる果樹の類が占めているのも、貧乏男爵家の内情を表しているといえる。
とはいえ男爵家としての見栄も大事だからな。一応は庭師なんかも入れて、客が眺めて回れるよう最低限の体裁は整えてあるわけだ。
そんなわけで、中庭の奥、表から見えないところには、庭師や従僕が使う道具をしまっておくための納屋がある。この納屋には閂があって、使わないときは侵入できないよう閉じられているのだが、少しの間だけ道具を外に出すようなときには横着して閂が外されたままになっていることを、俺は知っている。
俺は隠れ場所として、その納屋を目指した。
前述のとおりこの影追いは、逃走や追跡、隠密の訓練も兼ねている。参加している従僕の中には猟師の息子なんかも含まれていて、彼やマルサにかかると俺がどれほどうまく隠れたつもりでも、あっさりと発見されてしまう。
あまりに簡単に見つかるので聞いてみると、靴についた草や泥などですぐにわかるということだったので、隠れる前に靴底をぬぐったり泥を落としたりと工夫をしてみたが、まったく効果はなかった。どうやらもっと複合的な情報で追跡を行っているらしいが、その猟師の息子の話は感覚的なものが多く、俺にはわからなかった。足跡が別の色に見えるってなんだよ。同じ色にしか見えねえよ。
マルサならもっと上手く教えてくれるだろうけど、聞いても答えてくれないからな……。
まあどうせ素人の付け焼刃でプロやセミプロにかなうわけもない。そちら方面はおいおい訓練するとして。
俺は納屋までやってきた。閂が外されたままになっているのは、事前に確認済みだ。
扉を薄く開けて、中に滑り込む。明り取り用の窓は締め切られているため、納屋の中はほとんど光が入らない。いろいろなものが積み上げてあるから、隠れるにももってこいだ。
まあだからこそ、真っ先に探されたりもするわけなんだが、ここで俺の魔術、『夜の帳』の出番だ。
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