影の力で護ります! ~影のボスを目指しているのになぜだか注目されて困っている~

翠山都

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イオカル・パワーズ

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 さてこの長兄、肉体的には頑健で剣の腕もそこそこ立つのだが、生来のんびり屋で勉強嫌いでもあり、学業成績の方はあまりよろしくないらしい。いつも落第ギリギリのところを何とか維持して、とにかく進級だけは果たしているのだとか。学院では優秀すぎる姉と引き比べられて「パワーズのできの悪い方」などと呼ばれていたりするそうなのだが、俺の評価はちょっと違う。
 この兄イオカルは、学院に通うにあたって初めてパワーズ領を出て、王都の寮住まいを体験することになった。そして王都で暮らし始めた兄は、王都の食い物と酒が、パワーズ領のそれと比べて格段に美味であることを知ったのだ。
 それもそのはず。この時代、食料品は基本的に地産地消であり、食卓に上るのは、村であれば村内で採れた産物、領土を預かる男爵家でもその領内各地で産する食料品のみである。麦と塩、そして酒だけは軍需物資でもあるから、足りぬぶんは他の地方より買い付けることもあるが、それとて品質はさほど考慮しないから、本当に食えるだけの最低限のものになりがちだ。
 ちなみにパワーズ領では麦のほかはいくつかの芋類と豆、野菜、ハーブのような香辛料が数種類採れるが、名産といわれる作物や、前世でいうブランド作物のような味を追求して品種改良されたような種は育てていない。自然、食事は貧しくなるし、料理のレパートリーも限られてくる。
 王都は違う。各地より名産が集まり、ただ食するためではなく、その味を楽しむために生産された食料品が売られ、消費される。何より手に入る調味料の数が違う。料理の幅と深みを決めるのは、調味料だ。
 それでまあ、兄イオカルは、王都で美食にハマった。
 空いた時間を見つけては王都にある名店や屋台を食べ歩き、ときには授業をサボってでも市場をめぐっては珍しい食材を探して回る。与えられた小遣いのほぼすべてが飲み食いに蕩尽されたということだから、そのエンゲル係数は凄まじい数値を叩き出していたことだろう。
 だがしかし、王都は広いし、男爵家の小倅の持つ金銭では、入れる店は限られる。そこで兄は、己が食べ歩いて蓄積した知識を友人知人に披歴することで、美食探求の仲間を増やした。
 もちろん、金持ちの連中を狙ってだ。
 そうして、意図してかそうでないかはわからないが、兄は学院内における食を媒介とした広大なコネクションを形成することに成功しているようなのだ。
 兄が俺に語ってくれるエピソードはいつも失敗談や金がなくて困ったという笑い話が中心なのだが、そんな困った兄を助けてくれる人物として名前が挙がるのが……カヴェノでも名を知っているレベルの侯爵家のご令嬢であったり、兄と同学年の第三王女殿下であったり……いやホント、なんで男爵家の小倅がそんな大物と仲良くなってんの? っていうビッグネームばっかりなのだ。
 さらに、先の理由で講義をサボりがちな上、成績も低空飛行の兄は、試験間近になると友人たちに泣きついて試験勉強を手伝ってもらうのだという、本人は鉄板の笑い話のつもりで語ってくれるのだが……そのご友人も、代々高級官僚を輩出する伯爵家のエリート姉妹だとか、平民だけど学院一年次の際に二位以下を大きく引き離して首席を獲得した特待生の女生徒だとか、それ将来国の中枢で働いたりすることになる人材ばっかじゃないのっていう面子が揃っていたりする。
 しかも聞いているとね。親しくしているのがどれもこれも女の子ばっかりっていうね。前世のある俺からすると、それなんてギャルゲ? 兄貴一人だけ出演するお話間違えてね? みたいな気持ちになる。
 まあそれはともかく。王都で美食に目覚めた兄は、ろくな食料品も手に入らず、美味い料理もない男爵領には絶対帰ってきたくないのだ。だから、姉には何としてでも跡を継いでもらわねば困るのだ。
 そして兄と姉による跡目の押し付け合いがはじまって、現在に至る。どうしてこうなった。
「でも、どうして神殿に入るのを取りやめたんだい? 別に信仰を捨てたわけでもないんだろう?」
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ、何か別にやりたいことか、やらなくちゃいけないことでも見つけたのかな? 礼拝から帰ってきてから様子がおかしいって話だから、もしかしたらそれも神様絡みかな? もしかして、神託でも受け取っちゃった?」
 普段のほほんとしてるこの兄は、時折こういった鋭さを見せる。だけど、まさか神様っぽい人の声を聞いて前世の記憶がよみがえりました、って答えるわけにもいかないしなあ……。
 答えるに答えられず、俺があいまいに笑っていると、話せないならいいよ、と兄は追及してこなかった。
「しかし困ったなあ。このままだと姉上にうまく逃げられて、俺が領地を押し付けられてしまう」
「……本来、貴族の嫡子としては誉れのはずですが、兄上」
「でも、こっちのごはん、マズいもん。嫌だよ俺」
 気持ちはわかるが堂々とぶっちゃけるのもどうかと思います。
「……兄上が領主になられたら、新たな産物を奨励して、食生活の向上に取り組まれればよいのでは? そうしてゆくゆくは、パワーズ領を美食の都へと育てるのもやりがいのある仕事かと思いますが」
 俺が軽い気持ちでそんなことを言ってみると、兄貴は目を見張って俺の顔をまじまじと見ている。
「……あ、兄上。どうかなさいましたか?」
「……いや、まったく思いもよらない意見が、カヴェノから聞けたものだからね。驚いてしまった」
 そして兄は顎に手を当て、ふむ、意外と向いているのかもしれないとか小声でぶつぶつつぶやきはじめた。
 それから、いやいい話を聞けたと言い残すと、足早に立ち去って行った。自室に俺だけを残して。
 ……いったい何だったんだろうか。
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