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色々まずい
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それからがまあ、大変だった。想像以上に、大変だった。
まず晩餐の席で、当然のように父から
「カヴェノ。神殿に入らず、学院に通いたいとヤミノから聞いたが?」
と下問があった。
違うんです、姉上に騙されたんです、とぶちまけたかったが、晩餐の席には姉も席についている。もちろんそんなこと言えるわけがない。
「神殿に入りたくないけどどうしよう、とは姉上に相談しました」
と答えるのが、せめてもの抵抗である。
「神殿に入らないってことは、独り立ちするってことでしょ。だったら何をするにしたって、学園に通っていた方がいいじゃない」
姉がしれっとそんなことを言う。
「だからと言ってだな、ヤミノ。お前が資金を出すっていうのは……」
「かわいい弟のために姉が労を厭わぬのは当然のことでしてよ、お父様」
よくこれだけ思ってもいないことをスラスラと口にできるものだと思う。この姉の興味が領政に向けられたなら、きっと強かで合理的な、よい領主になると思うんだけどな……。向かなかったら、領民を平気で研究の実験台に使いそうだしな……。あまりにリスクが高すぎな二者択一である。
姉と俺の間に座っている長兄が「まずいな……」と呟いたのは、料理のことか、はたして別のことか。
「ともかくそういうわけですから、ひとまず私は学院に戻りますわ、お父様」
「待て、その話は、まだケリがついていないはずだ」
「それでは春の学会に間に合いませんもの。発表する予定の論文が、まだ書きあがってませんのよ」
「だから、後継ぎとしての修行をはじめるなら、そんなもの必要なかろうが」
「……そんなもの、ですって?」
父の肉体から剣気が、姉の身体から魔力が漏れだしてゆらゆらと陽炎をつくっているのを幻視した。ここのところ毎日のように目にする光景なのでいい加減慣れたと言えば慣れたのだが、辺境領主として長年戦い続けてきた猛者である父と導師級魔術師の姉という今の俺からすれば化け物みたいな存在同士の争いに巻き込まれたいとは思わない。
俺と兄は互いに目配せすると、残った料理を急いで片付け、本格的な親子喧嘩がはじまる前に食堂から退散した。
俺は兄の私室に案内されていた。ここ三年ほどをほぼ学院で過ごしている兄、イオカル・パワーズの部屋はベッドやタンスといった調度品以外の私物がほとんどなく、生活感がない。壁に架けられた長剣と小剣、大弓だけが、主の存在を示しているといえる。
そんな殺風景な部屋にある応接用のソファに腰かけて、俺は兄イオカルと向かい合っていた。
「それで、カヴェノは姉上につくことになったんだね」
「嵌められたんです」
俺は誤解を招かぬようきっぱりと言い切った。
カヴェノと長兄イオカルの仲は悪くない。むしろ、幼い頃のカヴェノはイオカルによくなついていた。身体は大きいが性格が温厚なイオカルは、内向的なカヴェノの面倒をよく見てくれたものだ。家督争いからはあえて距離を取っていたカヴェノだったが、姉と兄、もしもどちらかにつかなければならない状況に陥ったならば、間違いなくこの兄に味方しただろう。
……まあ実際には、どちらも家督を継ぐことを拒否して相手に押し付けあうという、想像もしなかった状況になっているわけだが。
まず晩餐の席で、当然のように父から
「カヴェノ。神殿に入らず、学院に通いたいとヤミノから聞いたが?」
と下問があった。
違うんです、姉上に騙されたんです、とぶちまけたかったが、晩餐の席には姉も席についている。もちろんそんなこと言えるわけがない。
「神殿に入りたくないけどどうしよう、とは姉上に相談しました」
と答えるのが、せめてもの抵抗である。
「神殿に入らないってことは、独り立ちするってことでしょ。だったら何をするにしたって、学園に通っていた方がいいじゃない」
姉がしれっとそんなことを言う。
「だからと言ってだな、ヤミノ。お前が資金を出すっていうのは……」
「かわいい弟のために姉が労を厭わぬのは当然のことでしてよ、お父様」
よくこれだけ思ってもいないことをスラスラと口にできるものだと思う。この姉の興味が領政に向けられたなら、きっと強かで合理的な、よい領主になると思うんだけどな……。向かなかったら、領民を平気で研究の実験台に使いそうだしな……。あまりにリスクが高すぎな二者択一である。
姉と俺の間に座っている長兄が「まずいな……」と呟いたのは、料理のことか、はたして別のことか。
「ともかくそういうわけですから、ひとまず私は学院に戻りますわ、お父様」
「待て、その話は、まだケリがついていないはずだ」
「それでは春の学会に間に合いませんもの。発表する予定の論文が、まだ書きあがってませんのよ」
「だから、後継ぎとしての修行をはじめるなら、そんなもの必要なかろうが」
「……そんなもの、ですって?」
父の肉体から剣気が、姉の身体から魔力が漏れだしてゆらゆらと陽炎をつくっているのを幻視した。ここのところ毎日のように目にする光景なのでいい加減慣れたと言えば慣れたのだが、辺境領主として長年戦い続けてきた猛者である父と導師級魔術師の姉という今の俺からすれば化け物みたいな存在同士の争いに巻き込まれたいとは思わない。
俺と兄は互いに目配せすると、残った料理を急いで片付け、本格的な親子喧嘩がはじまる前に食堂から退散した。
俺は兄の私室に案内されていた。ここ三年ほどをほぼ学院で過ごしている兄、イオカル・パワーズの部屋はベッドやタンスといった調度品以外の私物がほとんどなく、生活感がない。壁に架けられた長剣と小剣、大弓だけが、主の存在を示しているといえる。
そんな殺風景な部屋にある応接用のソファに腰かけて、俺は兄イオカルと向かい合っていた。
「それで、カヴェノは姉上につくことになったんだね」
「嵌められたんです」
俺は誤解を招かぬようきっぱりと言い切った。
カヴェノと長兄イオカルの仲は悪くない。むしろ、幼い頃のカヴェノはイオカルによくなついていた。身体は大きいが性格が温厚なイオカルは、内向的なカヴェノの面倒をよく見てくれたものだ。家督争いからはあえて距離を取っていたカヴェノだったが、姉と兄、もしもどちらかにつかなければならない状況に陥ったならば、間違いなくこの兄に味方しただろう。
……まあ実際には、どちらも家督を継ぐことを拒否して相手に押し付けあうという、想像もしなかった状況になっているわけだが。
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