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力が欲しいか……
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「それで、話って?」
「姉上。俺に、魔術を教えてくれませんか」
そう告げると、姉は若干驚いたようだ。
「……あなた、神殿に入る予定じゃなかったの?」
「そのつもりだったのですが、ちょっと気が変わりまして」
「ふうん。信心深いあなたがねえ。神殿で、何かあったのかしら」
「そういうわけでは……」
まさか前世の記憶がよみがえって、悪の組織のボスを目指したいからだとは言えないので、言葉を濁しておく。
「カヴェノ。あなた、あたしを見てるから、魔術なんて簡単に習得できるみたいに考えてるかもしれないけど……そんなに、たやすいものじゃないわよ」
「わかっています」
そこらにいる普通レベルの魔術師が、ポンポン気軽に魔法を使える存在でないことは俺も知っている。目の前の姉は、特別製なのだ。
そもそも、学院で五年間きっちり勉強して、その上で十人に一人くらいの割合で誕生するのが魔術師というものである。一番のひよっこですらそれくらい狭き門なのだから、魔術師になるのが簡単であろうはずがない。
逆に言うならば、学院に通わずに魔術師になるってのは、ほぼほぼ不可能に近い出来事だ。例外があるとすれば、相当に腕のいい魔術師のもとに弟子入りして、学院に通うのと同じ濃度で研鑽を積んだ場合くらいだろう。
俺が学院に入ることはないだろうから、俺が魔術を学びたければ、誰かに師事するしかない。で、幸運にも、俺の身近には師事するにふさわしい存在がいた。
俺が魔術を学ぶためには、この姉に頭を下げて頼み込むしかないのだ。
「中途半端な気持ちで言っているのではありません、姉上。お願いします」
「真面目なあなたのことだから、冗談じゃないのはわかってるのだけれどもねぇ……」
元のカヴェノの信頼が高くて助かる。
姉はしばらく思考を巡らせていたかと思うと、
「神殿に入らず、独り立ちをしたい。そのための伝手として、魔術を身に着けたい。そういうことかしら」
「……はい」
と、これである。理解が早いのはありがたいが、うかつなことを漏らすとすべて見抜かれそうで恐ろしくもある。
「なるほどねえ。どうして心変わりしたのか、そこは気になるけど、そういうことなら、協力するのもやぶさかではないわ」
「本当ですか!」
顔をガバと上げて姉を見ると、にやにや笑ってこちらを見下ろしている。
まずい、逃げろと元カヴェノが警鐘を鳴らしているが、未だ対姉の経験に乏しい俺は咄嗟に反応することができなかった。
「あなたに魔術の初歩を教えてあげる。でも、あたしが教えてあげるのはそこまで。そこから先はあなた、学院に通いなさい」
「……はい?」
何を言われたのか、一瞬わからなかった。
「学院の魔術科に入学するのよ、あなた。試験に合格するための実力は、あたしが身につけさせてあげる。ちょっと時間に余裕がないけど……ま、死ぬ気でやれば何とかなるでしょ」
「はい? ……はい?」
元カヴェノが逃げろ、今すぐ家も何もかも捨てて逃げろと喚いているが、理解が追い付いていない俺は混乱していて身体がちっとも動かせない。
というか元俺よ。この状況で、導師級魔術師から逃げられる算段とかあんの? え、あるわけないだろでも逃げるんだよって? ちょっと言ってることがわかりませんね……。
「あ、あの、姉上。ですが家には、私を学園に通わせるほどの余裕はなく……」
「そうよねえ。だったら、私が資金を出してあげるしかないわよねえ。あ、でもそうすると、私は必然的に、学院の研究室に職を得る必要が出てくるわよねえ」
……それが目的か、このクソ外道!
この外道姉は、俺をダシにして自分の目的を遂げようとしているのだ。何ということでしょう……。
パン、と姉が両手を合わせる。
「決まりね。それじゃあ時間もないし、さっそく始めましょうか」
会心の笑みを浮かべた姉が、俺を見下ろしている。
「いや、あの、父上と、母上にも、相談を……」
「大丈夫よ。あたしの方から、話を通しておくから。あなたは今晩、学院に通いたいと父に告げなさい」
……つまり、姉の根回しが済むまで、余計なことをするなということだ。
「あのー、やっぱり、この話は、なかったことに……」
言いかけたと同時に、地面から槍のごとくに尖った土が隆起してきて、俺の胸元スレスレで止まった。
「ねえ愚弟。魔術って恐ろしいのよ。使い方によっては、容易く人の命を奪ってしまうのだもの。それを教わりたいって言うんだったら、それなりの代償は必要よ。ねぇ?」
「……おっしゃるとおりです。姉上」
こうして俺は、魔術の伝手と引き換えに、姉の独立計画の片棒を担ぐ羽目になるのだった。
……魔術師って、こえー。
「姉上。俺に、魔術を教えてくれませんか」
そう告げると、姉は若干驚いたようだ。
「……あなた、神殿に入る予定じゃなかったの?」
「そのつもりだったのですが、ちょっと気が変わりまして」
「ふうん。信心深いあなたがねえ。神殿で、何かあったのかしら」
「そういうわけでは……」
まさか前世の記憶がよみがえって、悪の組織のボスを目指したいからだとは言えないので、言葉を濁しておく。
「カヴェノ。あなた、あたしを見てるから、魔術なんて簡単に習得できるみたいに考えてるかもしれないけど……そんなに、たやすいものじゃないわよ」
「わかっています」
そこらにいる普通レベルの魔術師が、ポンポン気軽に魔法を使える存在でないことは俺も知っている。目の前の姉は、特別製なのだ。
そもそも、学院で五年間きっちり勉強して、その上で十人に一人くらいの割合で誕生するのが魔術師というものである。一番のひよっこですらそれくらい狭き門なのだから、魔術師になるのが簡単であろうはずがない。
逆に言うならば、学院に通わずに魔術師になるってのは、ほぼほぼ不可能に近い出来事だ。例外があるとすれば、相当に腕のいい魔術師のもとに弟子入りして、学院に通うのと同じ濃度で研鑽を積んだ場合くらいだろう。
俺が学院に入ることはないだろうから、俺が魔術を学びたければ、誰かに師事するしかない。で、幸運にも、俺の身近には師事するにふさわしい存在がいた。
俺が魔術を学ぶためには、この姉に頭を下げて頼み込むしかないのだ。
「中途半端な気持ちで言っているのではありません、姉上。お願いします」
「真面目なあなたのことだから、冗談じゃないのはわかってるのだけれどもねぇ……」
元のカヴェノの信頼が高くて助かる。
姉はしばらく思考を巡らせていたかと思うと、
「神殿に入らず、独り立ちをしたい。そのための伝手として、魔術を身に着けたい。そういうことかしら」
「……はい」
と、これである。理解が早いのはありがたいが、うかつなことを漏らすとすべて見抜かれそうで恐ろしくもある。
「なるほどねえ。どうして心変わりしたのか、そこは気になるけど、そういうことなら、協力するのもやぶさかではないわ」
「本当ですか!」
顔をガバと上げて姉を見ると、にやにや笑ってこちらを見下ろしている。
まずい、逃げろと元カヴェノが警鐘を鳴らしているが、未だ対姉の経験に乏しい俺は咄嗟に反応することができなかった。
「あなたに魔術の初歩を教えてあげる。でも、あたしが教えてあげるのはそこまで。そこから先はあなた、学院に通いなさい」
「……はい?」
何を言われたのか、一瞬わからなかった。
「学院の魔術科に入学するのよ、あなた。試験に合格するための実力は、あたしが身につけさせてあげる。ちょっと時間に余裕がないけど……ま、死ぬ気でやれば何とかなるでしょ」
「はい? ……はい?」
元カヴェノが逃げろ、今すぐ家も何もかも捨てて逃げろと喚いているが、理解が追い付いていない俺は混乱していて身体がちっとも動かせない。
というか元俺よ。この状況で、導師級魔術師から逃げられる算段とかあんの? え、あるわけないだろでも逃げるんだよって? ちょっと言ってることがわかりませんね……。
「あ、あの、姉上。ですが家には、私を学園に通わせるほどの余裕はなく……」
「そうよねえ。だったら、私が資金を出してあげるしかないわよねえ。あ、でもそうすると、私は必然的に、学院の研究室に職を得る必要が出てくるわよねえ」
……それが目的か、このクソ外道!
この外道姉は、俺をダシにして自分の目的を遂げようとしているのだ。何ということでしょう……。
パン、と姉が両手を合わせる。
「決まりね。それじゃあ時間もないし、さっそく始めましょうか」
会心の笑みを浮かべた姉が、俺を見下ろしている。
「いや、あの、父上と、母上にも、相談を……」
「大丈夫よ。あたしの方から、話を通しておくから。あなたは今晩、学院に通いたいと父に告げなさい」
……つまり、姉の根回しが済むまで、余計なことをするなということだ。
「あのー、やっぱり、この話は、なかったことに……」
言いかけたと同時に、地面から槍のごとくに尖った土が隆起してきて、俺の胸元スレスレで止まった。
「ねえ愚弟。魔術って恐ろしいのよ。使い方によっては、容易く人の命を奪ってしまうのだもの。それを教わりたいって言うんだったら、それなりの代償は必要よ。ねぇ?」
「……おっしゃるとおりです。姉上」
こうして俺は、魔術の伝手と引き換えに、姉の独立計画の片棒を担ぐ羽目になるのだった。
……魔術師って、こえー。
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