となりの音鳴さん

翠山都

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言い争い

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 その夜、私の嫌な予感はやはり当たっていて、夜になっても例の民泊施設からは騒がしい音が漏れ聞こえてきていた。
 遅い時間には静かになってくれればいいけど、と願いながら家事をしていると、外が一層騒がしい。手を止めて部屋の外に出てみると、民泊施設の前で誰かが言い争っている。暗がりの中で目を凝らして見てみれば、片方はおそらく宿泊客の一人、もう片方は一階に入居しているエサやり隊のうちの一人だ。
 おそらくは、騒音の件で文句をつけに言ったのだろう。宿泊客たちは知らないことだが、住人側からすれば迷惑な騒音は二回目だから、一階の老人たちも今回は我慢できなかったのだろうと思う。
 通り過ぎる彼らにとっては一過性のことでも、住人たちにとってはそうではない。管理者側が対処を怠れば、積もり積もった怒りや恨みはその場にいる人間に向けられる。民泊の管理会社はそのことをわかっていながら、おそらく意図的に使用者に矛先が向くように仕向けている。
 それで、今アパートの下で繰り広げられているような、本来起こらずに済んでいたような諍いが、各地で発生し、世の中全体のストレスを増やし続けている。
 私はといえば、どうでもいいから早く終わってくれと願いながら、その光景を眺めていた。心情的には老人に味方したいが、あの人たちにはできるだけ関わり合いになりたくないし、私があそこに加わったからといって事態が好転するとは思えない。それに、騒音をとがめている本人の声が一番うるさいってのはどうなんだろう。うるさいって叫ぶヤツの声が一番うるさいっていうのはあるあるだけども。
 そんなときに前の道を通る人影が見える。目を凝らして見ると、やけに目立つ痩身はどうやら音鳴さんだ。ちょうど帰りに行き当ってしまったらしい。
 無視するのもはばかられたのか、音鳴さんは言い争う二人の方に近寄ってゆく。そして何やら話をすると、二人の声は次第に小さくなっていった。
 しばらくして、若者が施設の中に戻ってゆく。音鳴さんと老人も互いに話をしながら、コーポ強井の敷地内へと戻ってきた。
 私は外で、音鳴さんが上ってくるのを待っていた。
「……おや」
「音鳴さん、こんばんは」
「見ていたんですか……」
「ええ。ちょっと、気になって……」
「まあ……そうですよね……。あれだけ……騒がしければ……」
 音鳴さんは初めて見るスーツ姿だった。立ち姿がきれいな音鳴さんはかっちりした姿も様になっている。
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