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サメ出没につきクリスマス中止
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出現したサメは、半身だけで乗り出して、じっと二人を見つめていた。青白く細長いその体は半透明で、うっすら背後の壁が透けて見える。そして、背びれには何故か、赤と白のサンタ帽がかぶさっていた。
だが、あれはきっと、自分たちを祝福に来たものではない……。そう察知した結乃の判断は速かった。サメが動き出す前に、彼は真咲の手を引いて、部屋のドアまで走った。
「外に出ましょう!」
サメは尾びれを左右に揺らして空中を泳ぎ、二人の背中を追ってきた。だが、それよりも早く二人は外に出て、扉を勢いよく閉めてしまった。
「ふぅ……」
煌々と照る電灯の下、アパートの廊下で、結乃と真咲はしゃがみこんでいた。二人の心臓は、先ほどの閨でのこととは全く違った由来によって高鳴っている。
「あれ何なの……」
「何か……怜の見てた映画に似たようなのがいた気がします」
「映画……でもあれは現実世界に出てきたのよ」
「そうですよね……馬鹿らしいですけど……とにかく、あれは危険なもので間違いないです。勘ですけど……」
あれは、一体何だったのか。常人には全く理解の及ばないものであった。一つ、何となく分かるのは、あれが恐るべきものである、ということだけだ。
その時、左方から、木々のざわめく音が聞こえた。隣には立派な屋敷の旧家があるのだが、そこに生えている木の方から聞こえる。
二人が振り向くと、そこには電灯に照らされながら宙に浮くサメの姿があった。先ほどのサメと同じく細長い姿をしていて、何故かサンタ帽を背びれにかぶった、青白い半透明のサメである。
またしても、二人はその場から跳ね上がり逃げ出した。鉄階段を降り、道路に出て、後は夜空の下をひたすら走った。走って走って、近くの公園のトイレの個室に駆け込んだ。
トイレの個室は狭苦しく、その上不快な尿汚れの匂いが鼻孔を突いた。
「ほ、本当に何なの……」
「分かりません……でも逃げなきゃ殺される……そんな気がするんです」
怜はサメが人を襲う映画をよく見ていた。その中にはサメが陸に出てきたり、竜巻に乗って襲ってきたり、幽霊になって襲ってくるようなものもあったが、結乃は今まさにかつて見せられたサメ映画のように、宙を浮くサメから逃げている。まさか自分がそのような目に遭うことになるとは思っていなかった。
そんなことを考えていると、ふと、便器と蓋の間から、青白い光が漏れているのが見えた。嫌な予感が胸をよぎったのは、結乃も真咲も同じであった。
予感は的中した。便器の蓋が勢いよく跳ね上がり、中からサメが飛び出してきたのだ。
サメの口が、真咲の目前に迫る。だが、彼女が餌食になるより早く、個室の扉を開いた結乃が彼女の手を引いて飛び出した。間一髪、真咲は助かったのだ。
「多分ですけど……あれは水のある所ならどこからでも出られると思うんです」
「え、何なのそれ……魔法使いか何か?」
「最初は台所……その次は多分ですけど隣の庭の池から……だからきっとそうです」
逃げながら、結乃は自分の考えを述べた。憶測でしかないが、今までの状況を鑑みるにその可能性は十分にあり得ることであった。
「あっ!」
その時であった。結乃の左方から、突然サメが迫ってきた。食われこそしなかったが、突然の襲撃を回避しようとした結乃は、冷たいアルファルトの上に尻餅をついてしまった。
避けたサメが、その細長い体をくねらせUターンしてくる。そのサメの大きさは、ざっと見積もって六メートル以上はある。それは大きな口を開けて、彼を食らわんと迫っていた。
「あっち行け!」
真咲は咄嗟の判断で、落ちていた木の枝を投げつけた。だが、枝はサメの体をすり抜け、ぽとりと地面に落っこちた。実体があるのやらないのやら、よく分からない相手である。
大口が、結乃のすぐ目の前に迫る。万事休すの状況に、この哀れな少年は諦めきったのか腕で顔をかばい、目をつぶってしまった。
「悪霊退散!」
それは、全く突然の乱入者であった。サメと結乃の間に割って入るように、突如何者かが姿を現したのである。
「クリスマスは中止だ。これより悪魔鮫退治の時間と行こう」
黒い修道服を身に着けた白人系の男は、サメを睨みつけながら白い十字架をその鼻先に突きつけていた。
サメは進むでも退くでもなく、じっとその場にふわふわ浮いている。十字架の効力なのだろうか、とにかくサメは動かなかった。
「正体を知ってるんですか?」
助けられた結乃が、おずおずと修道服の男に尋ねる。
「私はマイクという。あのサメを追っている悪魔祓いだ」
「エクソシスト……?」
結乃は困惑の色を隠さず発している。突然の展開に、理解が追いついていないのだ。
「奴は形而下であり、形而上でもある」
「ど、どういうことですか……?」
「あのヨシキリザメは物質世界と精神世界を自由に行き来できるのだ。だから奴はこちらに干渉できるし、こちらは奴に干渉できない。だから、物質世界から精神世界へと攻撃を仕掛けなければ、奴には勝てないのだ」
「え……」
「奴はすでに何人もの人間を食らっている。このまま放置すれば更に力を増すだろう」
そう言って、マイクはサメに突きつけている十字架をより固く握りしめた。サメの体は次第に輪郭がぼやけ始め、しまいには霧のようにかき消えてしまった。
「やった……」
結乃がほっと胸をなで下ろした。十字架に効力があったのだろうか。退治できたのだ……少なくとも、結乃はそう思いたかった。
だが、その思いとは裏腹なことが起こっていた。左方の家の生垣から青白い光が漏れ出ているのを、真咲が発見したのである。
「危ない!」
真咲は精一杯の声を振り絞って叫んだ。が、遅かった。横合いから突進してきたサメは、マイクの右手を十字架ごと食ってしまったのだ。
「あああああ!」
マイクは食いちぎられた自分を腕を見て絶叫した。ぎざぎざの歯で食いちぎられた腕の断面からはとめどなく鮮血が溢れ出して、修道服の黒い袖を赤く染めている。
「クソッ……十字架が小さすぎたんだ!」
苦悶の表情を浮かべるマイク。しかしその傍らで、危機はまだ続いていた。腕を呑み込んだサメが、結乃の方を向いたのである。その大口が、彼の小柄な体を食おうと開かれた。
ああ……今度こそ食われる……まるでモンスターパニック映画の犠牲者のように……
その口が閉じられ、鋭い歯が肉体に食い込む、まさにその直前。
時が、止まった。
だが、あれはきっと、自分たちを祝福に来たものではない……。そう察知した結乃の判断は速かった。サメが動き出す前に、彼は真咲の手を引いて、部屋のドアまで走った。
「外に出ましょう!」
サメは尾びれを左右に揺らして空中を泳ぎ、二人の背中を追ってきた。だが、それよりも早く二人は外に出て、扉を勢いよく閉めてしまった。
「ふぅ……」
煌々と照る電灯の下、アパートの廊下で、結乃と真咲はしゃがみこんでいた。二人の心臓は、先ほどの閨でのこととは全く違った由来によって高鳴っている。
「あれ何なの……」
「何か……怜の見てた映画に似たようなのがいた気がします」
「映画……でもあれは現実世界に出てきたのよ」
「そうですよね……馬鹿らしいですけど……とにかく、あれは危険なもので間違いないです。勘ですけど……」
あれは、一体何だったのか。常人には全く理解の及ばないものであった。一つ、何となく分かるのは、あれが恐るべきものである、ということだけだ。
その時、左方から、木々のざわめく音が聞こえた。隣には立派な屋敷の旧家があるのだが、そこに生えている木の方から聞こえる。
二人が振り向くと、そこには電灯に照らされながら宙に浮くサメの姿があった。先ほどのサメと同じく細長い姿をしていて、何故かサンタ帽を背びれにかぶった、青白い半透明のサメである。
またしても、二人はその場から跳ね上がり逃げ出した。鉄階段を降り、道路に出て、後は夜空の下をひたすら走った。走って走って、近くの公園のトイレの個室に駆け込んだ。
トイレの個室は狭苦しく、その上不快な尿汚れの匂いが鼻孔を突いた。
「ほ、本当に何なの……」
「分かりません……でも逃げなきゃ殺される……そんな気がするんです」
怜はサメが人を襲う映画をよく見ていた。その中にはサメが陸に出てきたり、竜巻に乗って襲ってきたり、幽霊になって襲ってくるようなものもあったが、結乃は今まさにかつて見せられたサメ映画のように、宙を浮くサメから逃げている。まさか自分がそのような目に遭うことになるとは思っていなかった。
そんなことを考えていると、ふと、便器と蓋の間から、青白い光が漏れているのが見えた。嫌な予感が胸をよぎったのは、結乃も真咲も同じであった。
予感は的中した。便器の蓋が勢いよく跳ね上がり、中からサメが飛び出してきたのだ。
サメの口が、真咲の目前に迫る。だが、彼女が餌食になるより早く、個室の扉を開いた結乃が彼女の手を引いて飛び出した。間一髪、真咲は助かったのだ。
「多分ですけど……あれは水のある所ならどこからでも出られると思うんです」
「え、何なのそれ……魔法使いか何か?」
「最初は台所……その次は多分ですけど隣の庭の池から……だからきっとそうです」
逃げながら、結乃は自分の考えを述べた。憶測でしかないが、今までの状況を鑑みるにその可能性は十分にあり得ることであった。
「あっ!」
その時であった。結乃の左方から、突然サメが迫ってきた。食われこそしなかったが、突然の襲撃を回避しようとした結乃は、冷たいアルファルトの上に尻餅をついてしまった。
避けたサメが、その細長い体をくねらせUターンしてくる。そのサメの大きさは、ざっと見積もって六メートル以上はある。それは大きな口を開けて、彼を食らわんと迫っていた。
「あっち行け!」
真咲は咄嗟の判断で、落ちていた木の枝を投げつけた。だが、枝はサメの体をすり抜け、ぽとりと地面に落っこちた。実体があるのやらないのやら、よく分からない相手である。
大口が、結乃のすぐ目の前に迫る。万事休すの状況に、この哀れな少年は諦めきったのか腕で顔をかばい、目をつぶってしまった。
「悪霊退散!」
それは、全く突然の乱入者であった。サメと結乃の間に割って入るように、突如何者かが姿を現したのである。
「クリスマスは中止だ。これより悪魔鮫退治の時間と行こう」
黒い修道服を身に着けた白人系の男は、サメを睨みつけながら白い十字架をその鼻先に突きつけていた。
サメは進むでも退くでもなく、じっとその場にふわふわ浮いている。十字架の効力なのだろうか、とにかくサメは動かなかった。
「正体を知ってるんですか?」
助けられた結乃が、おずおずと修道服の男に尋ねる。
「私はマイクという。あのサメを追っている悪魔祓いだ」
「エクソシスト……?」
結乃は困惑の色を隠さず発している。突然の展開に、理解が追いついていないのだ。
「奴は形而下であり、形而上でもある」
「ど、どういうことですか……?」
「あのヨシキリザメは物質世界と精神世界を自由に行き来できるのだ。だから奴はこちらに干渉できるし、こちらは奴に干渉できない。だから、物質世界から精神世界へと攻撃を仕掛けなければ、奴には勝てないのだ」
「え……」
「奴はすでに何人もの人間を食らっている。このまま放置すれば更に力を増すだろう」
そう言って、マイクはサメに突きつけている十字架をより固く握りしめた。サメの体は次第に輪郭がぼやけ始め、しまいには霧のようにかき消えてしまった。
「やった……」
結乃がほっと胸をなで下ろした。十字架に効力があったのだろうか。退治できたのだ……少なくとも、結乃はそう思いたかった。
だが、その思いとは裏腹なことが起こっていた。左方の家の生垣から青白い光が漏れ出ているのを、真咲が発見したのである。
「危ない!」
真咲は精一杯の声を振り絞って叫んだ。が、遅かった。横合いから突進してきたサメは、マイクの右手を十字架ごと食ってしまったのだ。
「あああああ!」
マイクは食いちぎられた自分を腕を見て絶叫した。ぎざぎざの歯で食いちぎられた腕の断面からはとめどなく鮮血が溢れ出して、修道服の黒い袖を赤く染めている。
「クソッ……十字架が小さすぎたんだ!」
苦悶の表情を浮かべるマイク。しかしその傍らで、危機はまだ続いていた。腕を呑み込んだサメが、結乃の方を向いたのである。その大口が、彼の小柄な体を食おうと開かれた。
ああ……今度こそ食われる……まるでモンスターパニック映画の犠牲者のように……
その口が閉じられ、鋭い歯が肉体に食い込む、まさにその直前。
時が、止まった。
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