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不義
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「僕の子を産んでほしいんです」
目の前の少年は、いつになく真剣な眼差しをしていた。その時の私は、一体どんな顔をしていただろう。
目の前の少年は、名を斎賀実紀という。私の浮気相手である。
彼は私の彼氏の弟で、兄弟の年の差は十三も離れている。まだあどけない顔貌の少年との秘密の関係は、三か月前から続いている。
初めて彼を見た時、私は彼氏の妹であると勘違いをしてしまった。それほどに彼は美少女めいた美少年であった。整った目鼻立ちに、長い睫毛、そして男子にしては長めの髪を三つ編みにして側頭部から下げている姿は、一目で惚れるに十分なほどの冶容であったといってよい。血の透けるような白い肌と細身で筋肉のない萎えた四肢も、却って嫋やかに見えて、彼の中性美をより際立たせている。
「あはは……冗談やめてよ」
私の喉は、暫く経ってようやく声を絞り出した。あまりに突拍子もない彼の嘆願に、どう反応を寄越せばいいのか分からない。だから、できれば冗談として流してしまいたかった。
私と実紀はすでに肉体関係にあり、恐らく彼にもそうした生殖の知識は備わっていると思われる。だからこそ、彼の言葉が妙な生々しさを持ってのしかかってきた。
「僕は本気です」
私は、再び黙りこくってしまった。冗談として流す、という選択肢は、もう粉々に砕かれてしまっている。普段、どちらかといえばおどおどした印象のあった彼がここまで強く言うからには、本気の言葉に違いない。
「実紀くんの言ってる意味が分からない」
「……だって、僕はもうすぐ死んでしまうから……」
悲壮な面持ちであった。彼の、ともすれば病的に青白いとさえ思ってしまうような白い顔が、彼の言葉に真実味を添加している。
私と彼氏はすでに近日中に籍を入れる予定で、子作りにも励んでいる間柄である。だから、実紀とそのような行為をしたとして、身ごもるのは実紀の子とは限らない……そう伝えたのだが、「それでも、僕は産んでほしいんです」の一点張りであった。
本来、私がすべきことは責任能力を持たない彼の嘆願を一蹴することであったのだろう。けれども、それをしなかった私にもまた、同じような願望があったとしか思えない。
先にシャワーを浴び終えた私は、実紀が浴室から出てくるのを待つ間、ずっと腕を震わせていた。胸の鼓動は、それこそ自らの心臓の位置をはっきりと教えてくれるかのように高鳴っている。
ここは私と彼氏が二人で暮らしているアパートの一室だが、私が休みなのに対して彼は夜勤で、今晩は帰ってこない。私たちの密通は、そうした隙を見て行ってきたものである。今日の夜勤のことも、私が実紀に教えたのだ。
実紀が浴室から出ると、早速、私たちは生まれたままの姿でベッドインした。実紀のか細い四肢や毛のない体は、彼氏の男の体とは似ても似つかない。まだ"男"になりきれていない少年の肉体というのはこういうものか……と、私はいつもしげしげと実紀の体を観察してしまう。彼の帯びた、"男"になる前の未成熟さこそ、まさにその肉体を魅力的なものとしていた。
実紀は、まるで赤子のように私の胸に吸い付いた。私もまた、彼の背に手を回し、細い背や腰に指を這わせた。彼の青白い、生気が抜けたような肌は、もうすっかり桃色に色づいている。私の体も昂ぶり、胸の奥からじわりじわりと全身に熱が回り出していた。それから、私は彼の股に顔を埋め、例の物に舌を這わせた。彼の小ぶりなそれは、すでに限界にまで張り詰め赤ら顔をしながらよだれを垂らしていた。
「……本当に、本気なのね?」
「……はい」
その一言が合図となった。もう私たちに引き返すという選択肢はない。
仰向けになった彼に、私が上から跨った。避妊なしの行為はこれが初めてのことだ。事実上の伴侶に隠れて不義の密通をしている、それも子種を受け入れようとしている背徳感が、私の興奮を際限なく高めていく。実紀の、まだ声変わりの済んでいない甲高い喘ぎ声も、そうした背徳感をさらに増幅させている。
ああ、こんな可愛い子に、私これから孕まされるんだなぁ……実紀の子種で妊娠するかどうかは分からないけど。
「疲れちゃった。今度は実紀くんが動いてよ」
そう言って、私は彼から降りて仰向けに寝そべった。疲れたというのは半分本当で半分嘘だ。確かに疲れはしたが、まだ続けることはできた。私はこの時、彼自らに攻め立ててほしいと思ったのだ。
「それじゃあ……行きます」
彼が再び侵入してくる。下から見上げる実紀の切なげな表情には、なかなかそそるものがあった。
眉根に皺を寄せ、秀麗な顔を苦悶に歪めながら、彼は必死に腰を振っている。少女めいた顔立ち故か、女の子に犯されているような錯覚さえ覚えてしまう。彼の動きに合わせて揺れる三つ編みが、私の視線を時折吸い寄せた。先ほど私が編み直してあげたものだ。この三つ編みが彼の持つ少女性をより一層強めている。
やがて、彼はくぐもった声とともに達した。こんな小さな、それでいて女の子みたいな見た目の子でも、女を孕ませる種を吐き出すことができるということには、どこかおかしみを感じてしまう。
ああ、とうとう実紀の子種を受け入れてしまった……タケくんごめんなさい。私は心の内でひそかに、実紀の兄で私の夫となる武志に詫びていた。
行為の後、私は暫くベッドの上で彼の三つ編みを手でいじくっていた。実紀は疲れ果てたのか、その白く細い四肢を投げ出している。今、自分の体内には彼の子種があり、私と結びついて子をなそうとしている……そのような想像が、自分の下腹部の奥を熱くさせていた。
粗熱を帯びた体を覚ますために、私はテレビをつけてチャンネルを回した。ちょうどその時映画の再放送がやっていたのだが、そこで放送されていた映画は凶暴なサメが人を次々と襲うB級映画で、そのあまりの安っぽさとくだらなさに、何だか気まずい空気が流れてしまった。
そうしている内に、すっかり日は暮れてしまった。外は厳しい北風が吹いていた。私は寒風に吹かれる実紀の細い体を慮って、車で彼の実家の近くまで送ってあげた。車の助手席で、彼は気まずそうにもじもじしていて、車を降りる際のお礼意外に一言も言葉を発さなかった。
***
それからも、私と実紀は隙を見て逢瀬を重ねた。以前と違うのは、二人の行為が生殖を前提としたものに変わったことだ。必死に私を孕まそうとする実紀のことが前にも増して愛おしくて、私は実紀と同じか、あるいはそれ以上に不義の逢瀬にのめり込んでいた。
けれども、それは長く続かなかった。私と武志が法的に夫婦関係となってから一か月後に、実紀は肺炎をこじらせて呆気なくこの世を去ってしまったのだ。
「古より佳人は多く命薄し」というのは、確か蘇軾という中国の文人の言葉であったか。彼はある意味、花の盛りで散り果てた。声が変わり、体毛が濃くなり、顔立ちが精悍になる前の一瞬のきらめきを、彼はそのまま墓に持ち込んだのだ。葬儀の際、むせび泣く武志の隣で、私は周囲に怪しまれぬよう、こみ上げてきそうになる涙を必死に堪えたのであった。
実紀と出会う前に武志から、病弱で入退院を繰り返している弟がいると聞かされていた。それが実紀だ。思えば彼は、自分の死期をすでに悟っていたのだと思う。だからその前に、何としても自らの胤を残さなければならないという動物的本能に突き動かされたのだろう。
そして、実紀がこの世を去るのと入れ替わるように、私の妊娠が発覚した。
顔に喜色を浮かべた武志を見ていると、私の心は薊の棘に刺されたかのように傷んでしまう。武志は、とうとう私たちの裏切りを知らないままであった。共謀者として彼をたばかったのが実の弟であったことを思うと、やはり憐憫の情は禁じ得ない。
お腹の子の父親が武志であるか、それとも今は亡き実紀であるか、それは神のみぞ知る……
目の前の少年は、いつになく真剣な眼差しをしていた。その時の私は、一体どんな顔をしていただろう。
目の前の少年は、名を斎賀実紀という。私の浮気相手である。
彼は私の彼氏の弟で、兄弟の年の差は十三も離れている。まだあどけない顔貌の少年との秘密の関係は、三か月前から続いている。
初めて彼を見た時、私は彼氏の妹であると勘違いをしてしまった。それほどに彼は美少女めいた美少年であった。整った目鼻立ちに、長い睫毛、そして男子にしては長めの髪を三つ編みにして側頭部から下げている姿は、一目で惚れるに十分なほどの冶容であったといってよい。血の透けるような白い肌と細身で筋肉のない萎えた四肢も、却って嫋やかに見えて、彼の中性美をより際立たせている。
「あはは……冗談やめてよ」
私の喉は、暫く経ってようやく声を絞り出した。あまりに突拍子もない彼の嘆願に、どう反応を寄越せばいいのか分からない。だから、できれば冗談として流してしまいたかった。
私と実紀はすでに肉体関係にあり、恐らく彼にもそうした生殖の知識は備わっていると思われる。だからこそ、彼の言葉が妙な生々しさを持ってのしかかってきた。
「僕は本気です」
私は、再び黙りこくってしまった。冗談として流す、という選択肢は、もう粉々に砕かれてしまっている。普段、どちらかといえばおどおどした印象のあった彼がここまで強く言うからには、本気の言葉に違いない。
「実紀くんの言ってる意味が分からない」
「……だって、僕はもうすぐ死んでしまうから……」
悲壮な面持ちであった。彼の、ともすれば病的に青白いとさえ思ってしまうような白い顔が、彼の言葉に真実味を添加している。
私と彼氏はすでに近日中に籍を入れる予定で、子作りにも励んでいる間柄である。だから、実紀とそのような行為をしたとして、身ごもるのは実紀の子とは限らない……そう伝えたのだが、「それでも、僕は産んでほしいんです」の一点張りであった。
本来、私がすべきことは責任能力を持たない彼の嘆願を一蹴することであったのだろう。けれども、それをしなかった私にもまた、同じような願望があったとしか思えない。
先にシャワーを浴び終えた私は、実紀が浴室から出てくるのを待つ間、ずっと腕を震わせていた。胸の鼓動は、それこそ自らの心臓の位置をはっきりと教えてくれるかのように高鳴っている。
ここは私と彼氏が二人で暮らしているアパートの一室だが、私が休みなのに対して彼は夜勤で、今晩は帰ってこない。私たちの密通は、そうした隙を見て行ってきたものである。今日の夜勤のことも、私が実紀に教えたのだ。
実紀が浴室から出ると、早速、私たちは生まれたままの姿でベッドインした。実紀のか細い四肢や毛のない体は、彼氏の男の体とは似ても似つかない。まだ"男"になりきれていない少年の肉体というのはこういうものか……と、私はいつもしげしげと実紀の体を観察してしまう。彼の帯びた、"男"になる前の未成熟さこそ、まさにその肉体を魅力的なものとしていた。
実紀は、まるで赤子のように私の胸に吸い付いた。私もまた、彼の背に手を回し、細い背や腰に指を這わせた。彼の青白い、生気が抜けたような肌は、もうすっかり桃色に色づいている。私の体も昂ぶり、胸の奥からじわりじわりと全身に熱が回り出していた。それから、私は彼の股に顔を埋め、例の物に舌を這わせた。彼の小ぶりなそれは、すでに限界にまで張り詰め赤ら顔をしながらよだれを垂らしていた。
「……本当に、本気なのね?」
「……はい」
その一言が合図となった。もう私たちに引き返すという選択肢はない。
仰向けになった彼に、私が上から跨った。避妊なしの行為はこれが初めてのことだ。事実上の伴侶に隠れて不義の密通をしている、それも子種を受け入れようとしている背徳感が、私の興奮を際限なく高めていく。実紀の、まだ声変わりの済んでいない甲高い喘ぎ声も、そうした背徳感をさらに増幅させている。
ああ、こんな可愛い子に、私これから孕まされるんだなぁ……実紀の子種で妊娠するかどうかは分からないけど。
「疲れちゃった。今度は実紀くんが動いてよ」
そう言って、私は彼から降りて仰向けに寝そべった。疲れたというのは半分本当で半分嘘だ。確かに疲れはしたが、まだ続けることはできた。私はこの時、彼自らに攻め立ててほしいと思ったのだ。
「それじゃあ……行きます」
彼が再び侵入してくる。下から見上げる実紀の切なげな表情には、なかなかそそるものがあった。
眉根に皺を寄せ、秀麗な顔を苦悶に歪めながら、彼は必死に腰を振っている。少女めいた顔立ち故か、女の子に犯されているような錯覚さえ覚えてしまう。彼の動きに合わせて揺れる三つ編みが、私の視線を時折吸い寄せた。先ほど私が編み直してあげたものだ。この三つ編みが彼の持つ少女性をより一層強めている。
やがて、彼はくぐもった声とともに達した。こんな小さな、それでいて女の子みたいな見た目の子でも、女を孕ませる種を吐き出すことができるということには、どこかおかしみを感じてしまう。
ああ、とうとう実紀の子種を受け入れてしまった……タケくんごめんなさい。私は心の内でひそかに、実紀の兄で私の夫となる武志に詫びていた。
行為の後、私は暫くベッドの上で彼の三つ編みを手でいじくっていた。実紀は疲れ果てたのか、その白く細い四肢を投げ出している。今、自分の体内には彼の子種があり、私と結びついて子をなそうとしている……そのような想像が、自分の下腹部の奥を熱くさせていた。
粗熱を帯びた体を覚ますために、私はテレビをつけてチャンネルを回した。ちょうどその時映画の再放送がやっていたのだが、そこで放送されていた映画は凶暴なサメが人を次々と襲うB級映画で、そのあまりの安っぽさとくだらなさに、何だか気まずい空気が流れてしまった。
そうしている内に、すっかり日は暮れてしまった。外は厳しい北風が吹いていた。私は寒風に吹かれる実紀の細い体を慮って、車で彼の実家の近くまで送ってあげた。車の助手席で、彼は気まずそうにもじもじしていて、車を降りる際のお礼意外に一言も言葉を発さなかった。
***
それからも、私と実紀は隙を見て逢瀬を重ねた。以前と違うのは、二人の行為が生殖を前提としたものに変わったことだ。必死に私を孕まそうとする実紀のことが前にも増して愛おしくて、私は実紀と同じか、あるいはそれ以上に不義の逢瀬にのめり込んでいた。
けれども、それは長く続かなかった。私と武志が法的に夫婦関係となってから一か月後に、実紀は肺炎をこじらせて呆気なくこの世を去ってしまったのだ。
「古より佳人は多く命薄し」というのは、確か蘇軾という中国の文人の言葉であったか。彼はある意味、花の盛りで散り果てた。声が変わり、体毛が濃くなり、顔立ちが精悍になる前の一瞬のきらめきを、彼はそのまま墓に持ち込んだのだ。葬儀の際、むせび泣く武志の隣で、私は周囲に怪しまれぬよう、こみ上げてきそうになる涙を必死に堪えたのであった。
実紀と出会う前に武志から、病弱で入退院を繰り返している弟がいると聞かされていた。それが実紀だ。思えば彼は、自分の死期をすでに悟っていたのだと思う。だからその前に、何としても自らの胤を残さなければならないという動物的本能に突き動かされたのだろう。
そして、実紀がこの世を去るのと入れ替わるように、私の妊娠が発覚した。
顔に喜色を浮かべた武志を見ていると、私の心は薊の棘に刺されたかのように傷んでしまう。武志は、とうとう私たちの裏切りを知らないままであった。共謀者として彼をたばかったのが実の弟であったことを思うと、やはり憐憫の情は禁じ得ない。
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