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未来の話

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 それから、七十年の月日が経った

 今年で中学生になった有坂圭ありさかけいは、祖母の弟である大叔父おおおじの所へ見舞いに行くために、電車に揺られていた。
 大叔父は日本のロボット工学の権威であるとされる大人物だいじんぶつで、つい数年前まで某大企業の技術顧問を務めていた。だが、最近は体調が優れず、ろくに外も出歩けないのだという。
「大叔父さんは気前がいいから、可愛い姉の孫のお前を見ればきっと小遣いでもくれるぞ」
 父はそういって、圭に見舞いを頼んだ。大叔父は故郷の町に大きな屋敷を立てて、そこで暮らしている。生涯の殆どを主婦として過ごした祖母と違い、大叔父は妻子を持つこともなく、多くのお手伝いロボットに囲まれながら、一人でその屋敷に住んでいるのだ。自分に子がないからなのか、姉の子たちを、何かと助けてくれたという。圭の父も、大学に入学する際、大叔父が金銭的に支援してくれたそうだ。
 圭は、駅を降りると、真っ直ぐ屋敷へ向かった。大叔父の住む街は、人口減少で足りなくなった人手を埋めるように、あちこちで人型のロボット、つまりアンドロイドが労働力として働いていた。いや、この街だけではない、日本全国、そのような光景は、至る所で見ることができる。流通や介護、果ては性産業に至るまで、多くの場所でアンドロイドの労働力は重宝されている。
 やがて圭は屋敷の門の前に辿り着いた。立派な門と塀のある、和風建築の厳めしい屋敷である。インターホンを押して、自分の名を告げると、自動でドアの鍵が解除された。圭はドアを開けて、中に入った。廊下の片隅には、身の回りの世話をするためのロボットが整列していた。それらは皆様々な姿をしていたが、人間の姿をしたものだけは、一機も見つからなかった。まるで意図的に避けているかのように。
「こちらでございます」
 黒いドラム缶に腕が生えたような見た目のロボットが、祖父の部屋へ案内してくれた。自動で扉が開くと、その先に、ベッドに寝ている、白髪頭の老人の姿があった。その傍らには、少女らしさのある、自分とそう年も変わらないぐらいの、流麗な容姿の少年が立っていた。
「おお、圭か。遠いのにわざわざご苦労だった」
「大叔父さん。久しぶり。これお土産ね」
「すまんな。ありがとう。そこに置いておいてくれ」
 圭は父から持たされた紙袋を、テーブルの上に置いた。
 大叔父——本条薫は、今年で八十二になる。頭は白髪だらけで、腕は骨と皮ばかりになり、顔には深い皺がたたまれている。それと対照的に、その傍らの少年は、若く瑞々しく、そして誰もが羨むような麗しい容貌をしていた。
「こんにちは。初めまして。僕はこの屋敷でお手伝いをしているロボットさ。人型のものは僕だけだけど、どうかよろしく」
 そういえば、圭は聞いたことがあった。大叔父は基本的に人型のロボットを傍に置かないが、ただ一機、最初に彼が完成させた、麗しい容姿の少年型アンドロイドが身の回りにはべっているという話を。親族たちは、あれは子のない彼にとっての息子代わりなのだと口々に言っていたし、大叔父もそう言っていたそうだ。
 やがて、さっきのドラム缶型と同型のお手伝いロボットが、お茶を運んできた。
「圭は確かもう中学生だったかな」
「うん、そうだよ。中一。大叔父さんは中学生の頃どうだったの?」
 大叔父は、ただの親戚ではなく、一族皆にとって、仰ぎ見る存在であった。何しろ、日本のロボット工学の第一人者である。圭にとっても、その大叔父の過去は、やはり気になるものであった。
「中一の頃はなぁ……とにかく勉強勉強だったかな」
「へぇやっぱりそうなんだ……それじゃあ小学生の頃からずっとそうだった?」
「いや、小学生の頃はそうでもなかったかな。何しろあの頃はただ遊んで暮らしてたからなぁ……」
「それじゃあ何で急に中学生になって勉強勉強になったの? やっぱり小学校と違って定期テストとかあるから?」
「それは……好きな人のためかな」
 圭にとって、それは意外な返答であった。何しろ妻子のない大叔父のことであるから、てっきり色事とは無縁だと思っていたのだが……
「え、好きな人がいたの? どんな人だった?」
「どんな人だった、か……とにかく美人で、頭もよくて、運動もできて……何でもできて、とても敵わないような人だった」
「へぇ大叔父さんが敵わないような人かぁ……ちょっと想像つかないな」
「その人と肩を並べたいって思って猛勉強始めて、まぁ、その後も人生色々あったよ」
 茶を飲みながら、二人は雑談していた。その間、大叔父の傍にいた美少年は、笑貌しょうぼうを浮かべながらその様子を見守っていた。
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