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路地で出会ったロボット

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 昏黒こんこくの夜空に、晩夏の風情を感じさせる虫の音が響いていた。
 今、スマホを片手に路地へ向かう少年、本条薫《ほんじょうかおる》は、今年で十二歳になる小学六年生である。
「もう少しだ。間に合ってくれよ」
 友達と遊んだ後、帰路に就いた彼は今、位置情報を利用するゲームアプリを開いていた。その画面には、右に曲がった先にある路地を抜けた向こう側の公園に、レアなモンスターがポップする旨の通知が表示されている。
 その路地は細い上に寂しい所で、暗くなる前でも足を踏み入れるのを躊躇わせる雰囲気がある。しかし、レアモンスターに目がくらんだ薫は、虎の棲む穴のようなその闇さえ、障害には感じなかった。
 薫は足早にその角を曲がった。その先には件の路地があり、そこを真っ直ぐに行けば突き当りに公園がある。そこにレアモンスターが出てくるのだ。
 角を曲がった薫は、何か、異様なものを発見した。それが分かった時、薫は腰を抜かしてしまった
「ひっ……!」
 視線の先、路地の出口の辺りに、人が一人、座り込んで項垂うなだれているのが、街灯の明かりに照らされていた。一旦は驚愕の余り飛び上がってしまった薫であったが、もしかしたら、怪我や病気で助けが必要な人かも知れない、と考えると、怖がってもいられなかった。
 近づいてみると、それは、自分と同じような背格好の子どもであった。パッと見では男の子か女の子か分からないような、ショートボブの髪型をした整った顔立ちの美少年、もしくは美少女である。その肌は、まるで雪のように白かった。
「あっ……」
 声をかけようとしたその時であった。薫は奇妙なことに気がついた。
「もしかして……ロボット……?」
 よく見ると右の二の腕の部分が破れ、そこからは肉ではなく何かの配線のようなものが剥き出しになっている。
 薫は、暫く立ち尽くしていた。何をすればいいのか。彼には分からなかった。何故、それがそこにあるのか分からない。こういう時、どうすればいいのか。110番でもすればいいのだろうか。
 薫は、一旦はそれを見なかったことにして立ち去ろうとした。けれども、眺めている内に、何だか憐憫の情のようなものが湧いてきて、そのまま放っておくにはしのびない、と思った。
「意味があるかは分からないけど……」
 薫はいつも、ハンカチ代わりにタオルを鞄に突っ込んでいるのだが、それを取り出すと、損傷している二の腕に巻いて縛った。
 こんなことをして、何になるのかは分からない。言ってしまえば自己満足ではあるが、薫はどうしてもそれをせずにはいられなかった。
 巻いてみた後で、薫は昔話の傘地蔵を思い出した。雪の降り積もる年の瀬に、売るつもりであった傘を野晒しの地蔵に被せたお爺さんが、後に恩返しにやって来た地蔵にたくさんの食べ物や財物を賜る話である。だが、地蔵であるならともかく、放置された機械がどうして恩徳など施せようか。
 レアモンスターのことなど忘れて、薫はその場を足早に立ち去り家に帰った。夜ご飯を食べている時も、風呂に入っている時も、宿題をしている時であっても、先刻の、あの出来事が頭にこびりついて離れない。もし、あれを見てしまったことで、自分の身に何があったらどうしよう。そう考えると、碌に眠ることも出来ず、翌朝には目の下にくまを作っていた。
 
 その二日後、夏休みが明けた。
 薫は、尚もずっとあの路地でのことを考えていた。そのせいで、眠ろうとしても眠れない。
 学校に登校した薫は、クラスメイトたちが普段に増してざわついているのを見た。クラスメイトたち、といっても、ざわついていたのは主に女子たちであって、男子はそれほどでもなかった。怪訝に思った薫は、友人の一人である佐竹真さたけまことに尋ねた。
「薫は知らなかったのか。転校生が来るんだってさ。それが凄いイケメンなんだってよ」
 イケメン……それを聞いて、薫は路地裏のあのロボットと思しきものを思い出した。確かにあれは並の少年少女では太刀打ち出来ない程に端正な顔立ちをしていた。
 はは、まさかな、と、薫は心の中で思った。

 そして、朝のホームルーム、転入生が、担任の先生――昭島冴子あきしまさえこという、若手の女性教諭である――の後ろを歩いて、このクラスにやってきたのであった。
 それを見た瞬間、薫は、言葉を失ってしまった――
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