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第9話 デビル・メガロドン
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日が中天を過ぎた頃、凪義と射地助は旅館の外に出て、南に向かって歩いていた。火炎鮫襲撃事件の後だからか外はひっそり閑としていて、人影はあまり見られない。
「南岸から今までにないくらいの強いサメの匂いが漂ってくる。奴はそこに切り札を隠しているんだろう」
凪義の戦いには、明確なゴールがある。鮫辻の討伐……それが勝利条件だ。
「なるほどな。爆弾の用意は十分だ。何が来ようが爆殺してやる」
射地助も、普段以上にいきり立っているようであった。彼も漁師であった父をサメに殺されて天涯孤独となり、その怨恨から入隊した少年である。気は荒いが一度認めた相手には従順であり、現に彼は凪義を慕ってついていっている。
「匂いが強くなってきた……」
砂浜に立った凪義は、しきりに鼻を鳴らしてそう言った。
射地助が爆弾をウエストポーチから取り出したその時、ざばぁ、という大きな音が聞こえた。海からだ。波の音にしてはいささか大きすぎる。
「あ、ありゃ何だ!?」
海から、何か巨大なものが姿を現していた。まるでクジラのような……いや、クジラでもこんなに大きなものはいない。それは正面から見える体高だけでも七、八メートル近くはありそうな、まさしく怪獣と言うべきサメであった。
それは真っ直ぐ、海岸の方へと進んできていた。あんな巨体では浅瀬に近づくことさえままならない……が、相手はサメである。常識など通用しない相手だと思った方がよい。
そのサメの鼻先に、人の姿が認められた。
「数多の贄を食らって育った私の悪魔巨鮫、驚いていただけたかな」
低く落ち着いていながら、よく響く男の声であった。サメが近づいてくるにつれ、段々と、男の姿がはっきりと分かるようになった。
「鮫辻浄頭……」
蛇のような縦長の瞳孔、真っ白な肌、巨鮫の鼻先に立つ男は、凪義の記憶の中にあるものと同じであった。
「少年、君はサメになるのを拒んでいるようだが……無駄な足掻きだ」
黒いスーツ姿の男――鮫辻は、赤い瞳をした目でじっと凪義を見つめている。
「私はこれでも君を買っているのだ。どうだ、君もサメになって私の仲間にならないか? そうすれば、この悪魔巨鮫を引っ込めてやろう。飲まなければ……こいつを上陸させる」
これは脅迫だ。凪義は怨怒の眼差しで鮫辻を睨みつけた。
「鮫辻、なぜお前は殺生を重ねる」
「聞きたいのはこちらだ。なぜお前たちはサメを目の敵にしているのだ? 人がサメに殺されるのは災害に遭うのと同じではないか」
「……は?」
「地震や台風がいくら人を殺そうとも、それらに復讐しようなどと考えるか? 否、そうではないだろう。それに他の災害に比べれば、サメによる被害などたかが知れている。寧ろ、サメが人を食うよりも、人がサメを獲って食う方がずっと多い」
……言われてみれば、確かにそうだ。近年では上位捕食者であるサメが漁獲圧で減少していて、保護対象に指定される種も存在している。
「確かに、サメに罪はない。だがお前に罪はある。鮫辻、お前のような殺人鬼を活かしておくわけにもいかない」
「そうだ! 今ここでお前を爆殺してやる!」
「交渉決裂、ということでいいのだな? 悪魔巨鮫! こいつらを食ってしまえ!」
巨大鮫が、凪義と射地助に向かって突進してきた。
「こいつが切り札か……」
凪義はチェーンソーを構え、地面を思い切り蹴って高らかに跳躍した。そしてサメの鼻っ面に向けて、横薙ぎに切りかかった。
サメの鼻に、回転式の刃が当たる。だがこのサメの皮膚に、刃が食い込むことはなかった。まるで装甲車両のように分厚い皮膚をしている。
刃を弾かれた凪義は、後方に飛んで着地した。
「駄目だ、チェーンソーが小さすぎる! ……逃げるぞ」
凪義と射地助は、巨大鮫に背を向けて逃げ出した。このような巨大鮫を相手に真っ向勝負を挑むなど、どだい無理な話である。
――しかし、彼らはただ、考えなしに逃走しているのではなかった。
浅瀬から砂浜に乗り上げた巨大鮫。しかし、その動きが止まることはなかった。木をなぎ倒し、家屋や車を破壊しながら、二人の背を追っている。
その速度は、重たい体に見合わず速かった。それこそ時速40km以上は出ているのかと思われる。だが、進路に家屋や木などの障害物があると、どうしても速度が鈍ってしまう。
二人は細い路地に入り、そこから雑木林に踏み込むなどして、サメの動きを鈍らせるような進路を取っている。そのため、巨大鮫はなかなか距離を詰められずにいた。
そして、二人が向かった先には、プロパンガスのボンベを満載した軽トラックが一台、停まっていた。
「よし、奴は来ているな」
二人は足早にそこを離れ、林に身を隠した。射地助は起爆用のリモコンを固く握っている。
そこに、巨大鮫が姿を現した。軽トラックごとボンベを押し潰さん勢いで、トラックの方に迫ってきている。
顎下に軽トラックが収める距離まで、巨大鮫が接近した。丁度その時、射地助はリモコンのボタンを押した。
「ひゃっはぁ! 爆破だぁ!」
トラックの荷台に仕掛けられた爆弾が起爆された。プロパンガスの誘爆によって爆発がさらなる爆発を起こし、強大な威力の大爆発が、サメに炸裂したのであった。
「南岸から今までにないくらいの強いサメの匂いが漂ってくる。奴はそこに切り札を隠しているんだろう」
凪義の戦いには、明確なゴールがある。鮫辻の討伐……それが勝利条件だ。
「なるほどな。爆弾の用意は十分だ。何が来ようが爆殺してやる」
射地助も、普段以上にいきり立っているようであった。彼も漁師であった父をサメに殺されて天涯孤独となり、その怨恨から入隊した少年である。気は荒いが一度認めた相手には従順であり、現に彼は凪義を慕ってついていっている。
「匂いが強くなってきた……」
砂浜に立った凪義は、しきりに鼻を鳴らしてそう言った。
射地助が爆弾をウエストポーチから取り出したその時、ざばぁ、という大きな音が聞こえた。海からだ。波の音にしてはいささか大きすぎる。
「あ、ありゃ何だ!?」
海から、何か巨大なものが姿を現していた。まるでクジラのような……いや、クジラでもこんなに大きなものはいない。それは正面から見える体高だけでも七、八メートル近くはありそうな、まさしく怪獣と言うべきサメであった。
それは真っ直ぐ、海岸の方へと進んできていた。あんな巨体では浅瀬に近づくことさえままならない……が、相手はサメである。常識など通用しない相手だと思った方がよい。
そのサメの鼻先に、人の姿が認められた。
「数多の贄を食らって育った私の悪魔巨鮫、驚いていただけたかな」
低く落ち着いていながら、よく響く男の声であった。サメが近づいてくるにつれ、段々と、男の姿がはっきりと分かるようになった。
「鮫辻浄頭……」
蛇のような縦長の瞳孔、真っ白な肌、巨鮫の鼻先に立つ男は、凪義の記憶の中にあるものと同じであった。
「少年、君はサメになるのを拒んでいるようだが……無駄な足掻きだ」
黒いスーツ姿の男――鮫辻は、赤い瞳をした目でじっと凪義を見つめている。
「私はこれでも君を買っているのだ。どうだ、君もサメになって私の仲間にならないか? そうすれば、この悪魔巨鮫を引っ込めてやろう。飲まなければ……こいつを上陸させる」
これは脅迫だ。凪義は怨怒の眼差しで鮫辻を睨みつけた。
「鮫辻、なぜお前は殺生を重ねる」
「聞きたいのはこちらだ。なぜお前たちはサメを目の敵にしているのだ? 人がサメに殺されるのは災害に遭うのと同じではないか」
「……は?」
「地震や台風がいくら人を殺そうとも、それらに復讐しようなどと考えるか? 否、そうではないだろう。それに他の災害に比べれば、サメによる被害などたかが知れている。寧ろ、サメが人を食うよりも、人がサメを獲って食う方がずっと多い」
……言われてみれば、確かにそうだ。近年では上位捕食者であるサメが漁獲圧で減少していて、保護対象に指定される種も存在している。
「確かに、サメに罪はない。だがお前に罪はある。鮫辻、お前のような殺人鬼を活かしておくわけにもいかない」
「そうだ! 今ここでお前を爆殺してやる!」
「交渉決裂、ということでいいのだな? 悪魔巨鮫! こいつらを食ってしまえ!」
巨大鮫が、凪義と射地助に向かって突進してきた。
「こいつが切り札か……」
凪義はチェーンソーを構え、地面を思い切り蹴って高らかに跳躍した。そしてサメの鼻っ面に向けて、横薙ぎに切りかかった。
サメの鼻に、回転式の刃が当たる。だがこのサメの皮膚に、刃が食い込むことはなかった。まるで装甲車両のように分厚い皮膚をしている。
刃を弾かれた凪義は、後方に飛んで着地した。
「駄目だ、チェーンソーが小さすぎる! ……逃げるぞ」
凪義と射地助は、巨大鮫に背を向けて逃げ出した。このような巨大鮫を相手に真っ向勝負を挑むなど、どだい無理な話である。
――しかし、彼らはただ、考えなしに逃走しているのではなかった。
浅瀬から砂浜に乗り上げた巨大鮫。しかし、その動きが止まることはなかった。木をなぎ倒し、家屋や車を破壊しながら、二人の背を追っている。
その速度は、重たい体に見合わず速かった。それこそ時速40km以上は出ているのかと思われる。だが、進路に家屋や木などの障害物があると、どうしても速度が鈍ってしまう。
二人は細い路地に入り、そこから雑木林に踏み込むなどして、サメの動きを鈍らせるような進路を取っている。そのため、巨大鮫はなかなか距離を詰められずにいた。
そして、二人が向かった先には、プロパンガスのボンベを満載した軽トラックが一台、停まっていた。
「よし、奴は来ているな」
二人は足早にそこを離れ、林に身を隠した。射地助は起爆用のリモコンを固く握っている。
そこに、巨大鮫が姿を現した。軽トラックごとボンベを押し潰さん勢いで、トラックの方に迫ってきている。
顎下に軽トラックが収める距離まで、巨大鮫が接近した。丁度その時、射地助はリモコンのボタンを押した。
「ひゃっはぁ! 爆破だぁ!」
トラックの荷台に仕掛けられた爆弾が起爆された。プロパンガスの誘爆によって爆発がさらなる爆発を起こし、強大な威力の大爆発が、サメに炸裂したのであった。
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