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第6話 シャーク・ヒューマン
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旅館には、村長と駐在が現場に訪れていた。彼らは皆、非難するような目つきで凪義たちを睨んでいる。
「こりゃ酷い有り様だ。今まで鮫滅隊を野放ししていたのが間違いだった」
宿泊鮫を倒した鮫滅隊。だが、彼らに向けられたのは、決して賞賛などではなかった。
二頭と村長と駐在、三人の大人が、居並んで凪義たちを威圧している。
「……まだサメの匂いが消えない」
「凪義っ! この期に及んでまたサメか!」
二頭はかっとして拳を振り上げた。だがその拳は、駐在によって制された。
「凪義くん、君も孫なんだからお爺さんにこれ以上迷惑かけるな。取り敢えず三人ともうちで預かる」
駐在が凪義の右手をむんずと掴み、手錠をかけようとした。が、凪義は駐在の手を振り払った。
「逃げるぞ」
鮫滅隊の行動は素早かった。凪義の一言で、三人は脱兎のごとく逃げ出したのだ。当然、駐在は「こら、待て!」と叫んで彼らを追いかけたのであったが、人並外れた身体能力の彼らに追いつけるはずもなかった。
***
その日の夜、雪丘と二頭は、雪丘の部屋で向かい合っていた。引率中に飲酒するわけにはいかないので、二人は緑茶を飲みながら話している。
「それで、鮫滅隊というのは何なんです?」
「ああ……サメに殺された連中が作った自警団みたいなもんだ。サメを殺すためならどんな被害が出ようとお構いなしの異常者どもだ」
鮫滅隊は、元々別の島で組織されたものらしい。サメの出現が多い島に現れて活動するのだという。今年は鬼車之島近海でサメが多く確認されているから、隊はそれを追って島に上陸したのかも知れない……二頭はそう推察していた。
「……実はあの凪義という少年は私の孫なのだ。行方知れずの娘が生んだ長男だ。あいつの両親と弟妹、皆行方不明になっちまった。あいつは暫く網底島という別の島で暮らしていたそうなんだが……つい二か月半前に急に戻ってきおった」
「それで、鮫滅隊として活動してるってことですか」
「ああ、隊士を引き連れて戻ってきたんだ。でもその仲間も三人サメに食われて、もう半分しか残ってない。凪義……優しい子どもだったんだがな……」
そう語る二頭の寂しげな表情に、雪丘は察するものがあった。
言い終わると、二頭は大きく咳をした。さっきから声もがらがらで、調子が悪そうである。
「二頭さん大丈夫ですか?」
「ああ、何とか……ううっ……うっ……」
二頭はのけ反り、苦しそうなうめき声を上げながら、喉を掻きむしり始めた。これはおかしい。診療所に連絡した方がいいのではないか……雪丘がそう思い、スマホをポケットから取り出そうとした。
だが、スマホを取り出す前に、雪丘は見てしまった。
二頭の頭が、サメ頭になっていたのだ。
***
水泳部員の一人、赤木は、廊下のトイレから出てきた所であった。この旅館は客室にトイレがなく、各階にある共有トイレを使わざるを得ないのである。
彼は、砂浜で震えているゼーニッツに声をかけた人物であった。小便を漏らしそうなのかと思って、あの金髪少年を連れてトイレを借りに行ったのだが、あいにくコンビニなどはなく、自分たちの泊まる旅館が近かった。ゼーニッツを旅館に連れて帰った赤木は彼が用を足した後、何となくこの異国風の少年が気になって話してみると、彼は両親が日本を気に入り移住したが、両親がサメに食われてしまい孤児になったのだという。その後、鮫滅隊の隊士を育てる師匠に引き取られ、そこで育てられたのだ……ということを聞いた。
その後、手持無沙汰になった二人は、エントランスのテーブルで将棋に興じた。ゼーニッツが好きだというので相手をしたら、彼は想像以上に強く、赤木は全く太刀打ちできずに負けてしまった。
「あの外人さん、友達になれそうだったけどあの人たちの仲間なのかぁ」
鮫滅隊。いかなる被害も顧みずにサメを討伐する異常な集団であると大人たちは言っていた。確かに、砂浜での彼らの戦いは無茶苦茶であったし、先ほどの旅館の廊下でも、爆破やら壁の切り抜きやらでやりたい放題であった。赤木は、あの心優しい少年がその一味であるとは思いたくなかった。
でも、彼らがサメを倒したのは事実だ。サメが陸や旅館の中にも現れる以上、もう安全な場所はない。現に部員の二人が殺されているのだ。鮫滅隊を頼るより他はなさそうである。
そのようなことを考えていた赤木の耳に、叫び声が聞こえた。声は顧問の雪丘の部屋から聞こえる。
「先生!」
雪丘の部屋から、雪丘本人が飛び出してきた。この教師は、恐怖に顔を歪めていた。
「赤木も逃げろ!」
「えっ……」
雪丘に言われたが、赤木には何が何だか分からない。雪丘に続いてもう一人、大人が部屋から出てきた。
現れたのは、頭がサメになっている奇妙な人間であった。
……そういえば、鮫滅隊にはシャチの被り物をした、上半身裸の少年がいたことを思い出した。もし、怯えた雪丘がいなければ、この状況はきっと面白おかしいものであったろう。
サメ頭と、怯えた先生……赤木には状況が全く理解できなかった。
そのサメ頭が、赤木の方を向いた。
「見ぃたなぁ~」
サメ頭が、ぐにゃりとひしゃげたように歪む。ぐにゃぐにゃと歪んだサメ頭は、やがて分裂し、二つ頭に変化した。
「ば、化け物!」
赤木は雪丘とともに、廊下を全力疾走した。
「こりゃ酷い有り様だ。今まで鮫滅隊を野放ししていたのが間違いだった」
宿泊鮫を倒した鮫滅隊。だが、彼らに向けられたのは、決して賞賛などではなかった。
二頭と村長と駐在、三人の大人が、居並んで凪義たちを威圧している。
「……まだサメの匂いが消えない」
「凪義っ! この期に及んでまたサメか!」
二頭はかっとして拳を振り上げた。だがその拳は、駐在によって制された。
「凪義くん、君も孫なんだからお爺さんにこれ以上迷惑かけるな。取り敢えず三人ともうちで預かる」
駐在が凪義の右手をむんずと掴み、手錠をかけようとした。が、凪義は駐在の手を振り払った。
「逃げるぞ」
鮫滅隊の行動は素早かった。凪義の一言で、三人は脱兎のごとく逃げ出したのだ。当然、駐在は「こら、待て!」と叫んで彼らを追いかけたのであったが、人並外れた身体能力の彼らに追いつけるはずもなかった。
***
その日の夜、雪丘と二頭は、雪丘の部屋で向かい合っていた。引率中に飲酒するわけにはいかないので、二人は緑茶を飲みながら話している。
「それで、鮫滅隊というのは何なんです?」
「ああ……サメに殺された連中が作った自警団みたいなもんだ。サメを殺すためならどんな被害が出ようとお構いなしの異常者どもだ」
鮫滅隊は、元々別の島で組織されたものらしい。サメの出現が多い島に現れて活動するのだという。今年は鬼車之島近海でサメが多く確認されているから、隊はそれを追って島に上陸したのかも知れない……二頭はそう推察していた。
「……実はあの凪義という少年は私の孫なのだ。行方知れずの娘が生んだ長男だ。あいつの両親と弟妹、皆行方不明になっちまった。あいつは暫く網底島という別の島で暮らしていたそうなんだが……つい二か月半前に急に戻ってきおった」
「それで、鮫滅隊として活動してるってことですか」
「ああ、隊士を引き連れて戻ってきたんだ。でもその仲間も三人サメに食われて、もう半分しか残ってない。凪義……優しい子どもだったんだがな……」
そう語る二頭の寂しげな表情に、雪丘は察するものがあった。
言い終わると、二頭は大きく咳をした。さっきから声もがらがらで、調子が悪そうである。
「二頭さん大丈夫ですか?」
「ああ、何とか……ううっ……うっ……」
二頭はのけ反り、苦しそうなうめき声を上げながら、喉を掻きむしり始めた。これはおかしい。診療所に連絡した方がいいのではないか……雪丘がそう思い、スマホをポケットから取り出そうとした。
だが、スマホを取り出す前に、雪丘は見てしまった。
二頭の頭が、サメ頭になっていたのだ。
***
水泳部員の一人、赤木は、廊下のトイレから出てきた所であった。この旅館は客室にトイレがなく、各階にある共有トイレを使わざるを得ないのである。
彼は、砂浜で震えているゼーニッツに声をかけた人物であった。小便を漏らしそうなのかと思って、あの金髪少年を連れてトイレを借りに行ったのだが、あいにくコンビニなどはなく、自分たちの泊まる旅館が近かった。ゼーニッツを旅館に連れて帰った赤木は彼が用を足した後、何となくこの異国風の少年が気になって話してみると、彼は両親が日本を気に入り移住したが、両親がサメに食われてしまい孤児になったのだという。その後、鮫滅隊の隊士を育てる師匠に引き取られ、そこで育てられたのだ……ということを聞いた。
その後、手持無沙汰になった二人は、エントランスのテーブルで将棋に興じた。ゼーニッツが好きだというので相手をしたら、彼は想像以上に強く、赤木は全く太刀打ちできずに負けてしまった。
「あの外人さん、友達になれそうだったけどあの人たちの仲間なのかぁ」
鮫滅隊。いかなる被害も顧みずにサメを討伐する異常な集団であると大人たちは言っていた。確かに、砂浜での彼らの戦いは無茶苦茶であったし、先ほどの旅館の廊下でも、爆破やら壁の切り抜きやらでやりたい放題であった。赤木は、あの心優しい少年がその一味であるとは思いたくなかった。
でも、彼らがサメを倒したのは事実だ。サメが陸や旅館の中にも現れる以上、もう安全な場所はない。現に部員の二人が殺されているのだ。鮫滅隊を頼るより他はなさそうである。
そのようなことを考えていた赤木の耳に、叫び声が聞こえた。声は顧問の雪丘の部屋から聞こえる。
「先生!」
雪丘の部屋から、雪丘本人が飛び出してきた。この教師は、恐怖に顔を歪めていた。
「赤木も逃げろ!」
「えっ……」
雪丘に言われたが、赤木には何が何だか分からない。雪丘に続いてもう一人、大人が部屋から出てきた。
現れたのは、頭がサメになっている奇妙な人間であった。
……そういえば、鮫滅隊にはシャチの被り物をした、上半身裸の少年がいたことを思い出した。もし、怯えた雪丘がいなければ、この状況はきっと面白おかしいものであったろう。
サメ頭と、怯えた先生……赤木には状況が全く理解できなかった。
そのサメ頭が、赤木の方を向いた。
「見ぃたなぁ~」
サメ頭が、ぐにゃりとひしゃげたように歪む。ぐにゃぐにゃと歪んだサメ頭は、やがて分裂し、二つ頭に変化した。
「ば、化け物!」
赤木は雪丘とともに、廊下を全力疾走した。
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