鮫滅の鋸 アンリミテッド・シャーク・ワークス

第5話 ホテル・シャーク

　凪義と射地助、それとゼーニッツは、先ほど爆破した個室を覗き込んだ。

「もしかして外れか？」
「……いや、まだここからサメの匂いがする」

　凪義は固くチェーンソーを握りしめながら、便器のあった場所に踏み込もうとした。
　その時であった。突然、床から桃色の細い光が発せられた。それは天井を貫通し、穴を開けてしまった。凪義の体に当たることはなかったが、もし命中していたら体にも風穴が開けられていただろう。まるでSFやロボットアニメに登場するビーム兵器のようだ。

　そして、穴の開いた床下から、流線型の体を持った生き物が、ぬらりと姿を現した。

「こいつは……宿泊鮫ホテル・シャーク！」

　それは、頭部から尾までの長さが極端に短い、サメとしては寸詰まりな体型をしていた。その体からは二本の脚が生えている。そして恐るべきことに、左右の胸びれには、拳銃のようなものがくっついていた。

　その拳銃の銃口が、光を発した。先のようなビーム攻撃が来ることを想像できない三人ではない。三人は足早に廊下へと脱出した。

「気をつけろ。ビームライフルに当たったら即死だろう」

　目の前のサメは屋内に潜伏できる能力の他に、ビーム銃を備えているようである。恐ろしい相手だ。
　
「怖いデス……わっ！」

　廊下の壁の、凪義とゼーニッツの間の部分に穴が開いた。壁越しにサメがビームを撃ってきたのだ。

「う、うわあああ！ 無理！ ワタシあんなの無理！」

　とうとう、恐怖の感情ここに極まったゼーニッツが走り出した。だが、その足はすぐに止まった。

「べげっ！」

　カエルの潰れたような声を発して、彼は仰向けに倒れ、気を失って動かなくなった。前をよく見ていなかったせいで、何かにぶつかったのである。

「おい、大丈夫か！？」

　廊下の角の向こうから現れた水泳部員。その声はゼーニッツと、彼が衝突した少年に向けられていた。
　そう、ゼーニッツは騒ぎを聞きつけてやってきた水泳部員との衝突で気絶したのである。
　衝突した部員を除いた残りの三人は、廊下の曲がり角を曲がった。曲がった先には、凪義と射地助の姿と穴だらけの壁があった。

「来るな！」

　それを見るや否や、凪義は大声一喝した。ここはもう戦場であり、部外者の不用意な接近は自殺行為でしかない。けれども部員たちは、そのような事情を知らない。

　その時、部員の一人の頭から血が噴き出た。壁越しに撃ってきたビームが、側頭部に命中したのである。

「清野きよの！」

　死という物は、これほど呆気ないものであろうか……清野と呼ばれたその部員の目からは、光が失われていた。
　
　一方の凪義、射地助両者は、犠牲者を気に掛ける様子などなく、ひたすらビームの回避に専念していた。壁の向こうにいるサメの銃口の向きなど分からないので、二人は殆ど勘で壁越しのビーム攻撃を避けていた。

「まずいな……これではいずれやられる。射地助、トイレに爆弾を放り込んで奴を叩き出してほしい」
「流石にこの状況じゃキツいぜ。クソッ」

　迂闊にトイレに近づけばビームの餌食になる。凪義の提案した作戦は、射地助にとって危険極まるものであった。
　しゃがみながら固く拳を握る射地助。ふと、その背後に、気配を感じた。

　背後に立っていたのは、気を失ったはずのゼーニッツであった。彼は腰を低くして、帯びている打刀うちがたなを構えている。
　この金髪の剣士は、ただ静かに構えていた。その目の前を光線が通過したが、彼は微動だにしなかった。それもそのはず、彼の目は瞑つぶられたままであったのだから。

「Electrical breath Type one……」

　彼は「総身集中」の呼吸で肺に空気を送ると、鯉口を切り、抜刀の体勢に入った。そして……

「鮫電撃Shark Shock！」

　――実際に、電気を帯びていたわけではない。だが、その時凪義と射地助には、稲妻が走ったかのように見えた。刀を抜き放ったゼーニッツが射地助と凪義の間を一往復すると、トイレ側の壁が三角の形に切られていた。

　そう、ゼーニッツは、意識のない時にこそ真の力を発揮する剣士なのだ。

　切り裂かれた壁が倒れ、その向こうから、あのサメが姿を現した。サメは咄嗟に左右の銃からビームを発射したが、それは誰にも命中しなかった。
　その隙を突いて、凪義が飛びかかった。跳躍した凪義はサメの頭を踏んづけ、そのまま背後へと着地した。獣は背後に回られるのを非常に嫌う。サメはすぐさまくるりと凪義の方を向いた。

　それが、サメにとっての間違いであった。敵に背を晒されたゼーニッツの刃が、サメに向けられた。彼は背後から、切っ先を下に向けて振り上げてサメの背中に突き刺した。鮮血を浴びせられながら、この金髪の剣士は、刀身をずぶずぶと沈みこませ、肉を引き裂いていった。

　この一撃が、サメにとってのとどめとなったのであった。ゼーニッツは、サメに突き刺したままの刀を抜くことなく、床に倒れ込んだ。