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第2部 セイ国編 アニマル・キングダム 後編 トモエVSセイ国決戦編

第5話 別動隊の悲劇

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 騎兵。直接馬に跨り武器を振るう兵士。この時まさに、それが初めて姿を現した。ガクジョウ率いる別動隊が見たものは、馬と人が一体になった怪物などではなかった。
 騎兵の発案者は、別世界の記憶を持つトモエであった。彼女が前にいた世界では当たり前のものであった騎乗という概念は、この世界に存在していなかったのである。

 トモエがリュウキに騎兵のことを教えたのは、彼女が外交使節としてセルキーの元を目指す前のことであった。彼女はくらあぶみなどの馬具についても伝えた後に、ロブ村を出立した。
 リュウキやその他の大人たちが戸惑ったのは、当然のことである。魔族も人間も、馬は車を引かせるものだ、という認識しか持っていない。
 それでも、非力で貧しい人間が、強大な魔族軍に立ち向かうための良策は、これ以外になかった。

 ――どんなものでもいい。魔族に立ち向かうためのとっかかりになってくれれば……

 それが、北地の人間たちを取りまとめるリュウキの痛切な思いである。その願い通り、鍛えられた騎兵たちは、見事に敵軍を潰走せしめた。一万の別動隊を襲った騎兵はわずか五百騎程度であったが、それでも騎兵を見たことのない魔族たちを恐怖させるには十分であった。

***

 騎兵の襲撃を受けた次の日、別動隊は細い隊列を作って谷道を戻っていた。彼らは常に背後を警戒しながら、おっかなびっくり来た道を戻っている。すでに主力部隊にも、突撃の中止を通知してある。
 そろそろ日が中天に差し掛かる頃、先を行く部隊が、異変に気づいた。

「地面が濡れてないか?」
「雨なんか降ってないよな?」

 奇妙なことに、雨など降っていないにも関わらず、行く先の道が湿っていたのである。
 異変を感じはしたが、彼らにとっては退却こそが最も大事なことである。些事に構っている暇などなかった。結局、別動隊は濡れた地面を踏みしめながら退却を続けた。
 そんな彼らの両横、斜面の上から、人影が現れた。それは最初に逃走して行方をくらましていた、あの軽歩兵たちであった。別動隊が彼らの存在を忘れかけていた頃になって、再度姿を見せたのである。
 軽歩兵たちの手には……松明が握られている。

「そぅら、焼け死ね!」
 
 軽歩兵たちは一斉に、松明を谷道に投げ込んだ。炎はあっという間に地を這うように広がり、別動隊の将兵を焼き焦がしていく。地面を濡らしていたのは、油だったのだ。
 軽歩兵たちは行方をくらました後、こっそり回り込んで地面に油を撒き、火計の準備をしていた。騎馬隊による奇襲と組み合わせた、二段構えの策をリュウキ軍は講じていたのである。

「ええい、火などこのボクが!」

 ガクジョウは威斗を振るい、大狂乱驟雨ガスティ・ヘビーレインを発動して雨を降らせ、火を消そうとした。だが彼女は、すんでの所で思いとどまった。

 ――これは油の火だ。

 ガクジョウは炎を広げているのが、地面に吸い込まれた油であることに勘付いた。油に水をかけては、余計に延焼してしまう。それは魔術による水でも同じことだ。

「早く戦車を走らせろ!」
「だめですガクジョウ様! 馬が火を怖がって!」

 前から迫ってくる炎に、馬がすっかり怯えてしまっている。戦車を走らせて谷道を突っ切るのは、もはや不可能であった。
 そうしている内に、炎がガクジョウの乗る戦車にまで迫ってきた。車を引く四頭の馬はたちまち炎に巻かれて暴れ出し、御者を務める武官は手綱を手放してしまった。

「この役立たずめ!」

 ガクジョウは戦車を下り、徒歩で駆け抜けようとした。だが前方はすでに火の海であり、通れそうもない。
 そして、火の手はガクジョウの足元にまで回ってきた。黒を基調とした豪奢な甲冑に包まれた彼女の体は、たちまち炎に包まれた。じゅうじゅうという音とともに、彼女の細身な肉体が焼き焦がされてゆく。

「あ……あ……」

 喉を焼かれたガクジョウは、もうまともな言葉を発することさえできない。猛火に抗うすべを、彼女は持たなかった。高位の魔族とは思えぬほど、その最期は呆気ないものであった。
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