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第2部 セイ国編 アニマル・キングダム 前編 犬人族編

第22話 トモエと火炎放射戦車

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 その頃、トモエは相変わらず、火炎放射戦車を相手に奮闘していた。

「やっ!」

 魔族の武官が放った矢を掴み、投げ返す。矢は武官の喉に深々と突き刺さって、武官は車台の中に倒れた。

 トモエは、傀儡兵のみが乗り込む戦車を後回しにして、魔族の武官を優先的に狙って攻撃を仕掛けた。傀儡兵は自律行動が可能な兵器であるが、武官たちはそれらに対して目に見えない魔力の糸を通じてネットワークを作り、指令を下している。つまり傀儡兵はそれを統率する武官の存在なしには複雑な作戦行動を行うことができないのである。それ故に彼らの頭となる前線指揮官を先に潰してしまえば、残された傀儡兵たちは単調な動きしかできなくなるということだ。これはトモエが今までの戦いの中で得た知見であった。

 トモエは巧みに立ち回って、火炎放射戦車同士が同士討ちするように仕向けた。火炎放射戦車の戦車兵たちは追突事故を起こしたり、互いに矢を射かけ合ったり、戈の刃で切り裂き合ったりした。こうした同士討ちは、指揮官による綿密な統率がなされていないが故に頻繁に起こった。これこそ、強力な兵器である傀儡兵の弱点たるものである。
 
 やがて、歩兵部隊がトモエを視認した。

「な……馬鹿な……火炎放射戦車部隊が……」

 歩兵部隊の下級武官の一人が、愕然として声を発した。火炎放射戦車部隊は、トモエ一人の手によって殆ど壊滅状態であった。これでは歩兵と戦車の連携どころではない。

「ええい! 所詮は一人だ! 数で我々は敵を呑んでいる! かかれぇーい!」

 歩兵の大部隊が、トモエに向かって仕掛けてきた。弩兵は立ち並んで矢を放ち、その隙間から槍兵が繰り出す。いつもの、本当にいつもの魔族軍である。
 そんな、いつもの魔族軍に敗れるようなトモエではなかった。

「だ、駄目だ……こんな化け物に勝てるものか!」

 武官の叫び声が、戦場にこだまする。この歩兵部隊が返り討ちにされ、日没を合図に背後の山中へ逃れていったのは、言うまでもないことであろう。

***

 月のない夜であった。ヤユウの南門には炬火が焚かれ、そこで敗残兵の受け入れを行っていた。

「こりゃ酷い有様だ……」

 城門の内側へ駈け込んだ犬人族兵を見て、キソンは苦い表情を隠しきれなくなった。火傷や矢傷を負った兵の多さを見れば、何が起こったのかはおのずと知れようものである。

「トモエ殿は……トモエ殿はどうしたのだ!? 誰か知ってる者がいたら教えてくれ!」
「ああ……あのニンゲンの……彼女は一人で敵軍に立ち向かっていったよ……お陰で俺たちゃ生きて帰って来られた……」

 一人の犬人族兵が、キソンの問いに答えた。その兵士の顔を覆う毛もすすだらけで、燃え盛る炎の中を抜けて逃げてきたということが分かる。

「おお……何ということだ……恐らく生きては帰れまい……」

 キソンは大いに嘆いた。彼女たちとはこれからも手を取り合っていきたかった。こんな所で失っていい協力相手ではない。彼女がエン国王カイを討ち取ったという話には未だに懐疑の念を抱く者も存在するが、キソンは少なくとも彼女とその仲間たち以外にそれを成し得る者はない、と思っている。そうでなければ、北からエン州を抜け、セイ国軍の追撃をかわしてヤユウに辿り着く、などということはできないであろうから……

「おーい」

 その時、南西の方から声がした。聞き覚えのある声だ。

「その声は……まさか!?」

 キソンと他の犬人族たちの目が、声のする方向に現れる。姿を現したのは、あの火牛三頭に牽引される戦車と、その車台で手綱を握るトモエの姿であった。

「おお! 戻ってきたか! まさしあのニンゲンは英雄よ!」

 キソンの顔は、一転して晴れやかなものとなった。傍の役人や敗残兵たちの目にも、希望の灯火が灯った。

「それにしてもその戦車は……? 牛に引かせる戦車などは聞いたことないぞ……?」
「キソン様! あの牛の戦車です! あれに我々はやられました! 何しろこいつの口から火がぼおーって!」
「そんなもの……聞いたことがない……奴らの新兵器か」

 夜、トモエはキソンや役人たちに戦場での出来事を話していた。時間が惜しいので、食事を取りながらの軍議である。犬は肉食に大きく寄った雑食性の動物であるが、犬人族も同じらしい。トモエは焼いた鶏肉を豪快に手掴みで食べながら軍議の席につき、役人たちの前で報告を行っていた。

「そう、それであの戦車を一台かっぱらって帰ってきたってわけなんです」
「うーむ……にわかには信じがたい話であるが……でもそうでなければこれだけの兵士が帰っては来られなかったであろう」

 およそ戦闘において、撤退戦というのは最も難しい部類に入る。撤退を強いられる時点で敗北が確定しており、自軍の士気は低く、また負傷などで満足に足を動かせない状態にある兵も少なくない。その上敵からすれば、自分たちに背を見せて逃げる敵を討つことなど虎が兎を狩るより容易いものだ。
 トモエの奮闘のお陰で、何とかヤユウ側はそれなりの数の敗残兵をまとめることができた。これから、敵は攻城戦に入るであろう。城を守る側にも兵の頭数は必要だが、それを確保できただけでも僥倖ぎょうこうであろう。

「さて、これから敵は城壁を包囲しに来るであろう。そのことについてだが……」

 話題は、次に来たる守城戦へと移っていった。
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