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第1部 エン国編 人間解放戦線

第33話 サメがしつこい!

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 二匹のサメは、暫くトモエたちと睨み合ったまま、その場に立ち尽くしていた。一度手痛い一撃を食らわせた相手と対峙している以上、不用意な突進は避けるべきと判断しているのかも知れない。陸鮫なる獣にどれ程の知能が備わっているのかは測りかねるが、獣のカンのようなものがあるのかも知れない。
 二匹が、同時に動き出した。ばらばらのタイミングではなく同時に突進した方が効果的である、と、彼らが知っているのかどうかは分からない。
「しつこい!」
 トモエはその内の一匹に狙いを定め、拳を叩き込んだ。それも、一発ではない。二、三、四、五、六、七、八、九、十……連続して、拳を浴びせ続ける。森に連れてこられた時に戦ったサメにも複数回連続で拳の一撃を叩き込んだが、これはそれ以上だ。
「川に帰れ!」
 最後に、仕上げとばかりにハイキックを見舞った。サメは後方に大きく吹き飛ばされ、そのまま水中に没していった。このサメは、もう再起しなかった。生きているかどうかは分からないが、再び上陸して襲ってくることはなかった。
 さて、残る一匹のサメである。このサメはトモエの左側を通過し、シフとエイセイ、そしてリコウのいる場所に迫った。
「シフ、頼んだ」
「任せて!」
 エン国軍との戦いの時と同じように、シフの右手がエイセイの左肩に置かれる。
「闇の魔術、暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」
 黒い球体が、サメに向けて放たれる。けれどもやはり、先程のようにあっさりと回避されてしまった。
「よし、ナイスだエイセイ!」
 その、避けた先に、リコウが立っていた。エイセイは命中させるためではなく、回避させるために黒い球体を放ったのである。これは事前に申し合わせていた、三人の作戦であった。
 剣の切っ先が、サメの脇腹に突き刺さる。そのまま肉を裂きながら、剣身を食い込ませていった。鮮血が噴き出し、滝のように流れ落ちては地面を赤く染めていく。サメは逃れようとじたばたと暴れ始めた。流石にこの巨体に暴れられると、リコウも耐えられない。結局、剣はすっぽ抜けてしまった。だが暴れた代償か、傷口は大きく広げられ、そこから血が止まることなく流れて出している。
「どうだ……これで流石に……」
 リコウの腕は、悲鳴を上げ始めていた。疲労が筋肉に溜まりすぎている。剣を握ってはいるものの、その腕は震えている。
 サメは、息も絶え絶えといった様子ではあるが、何と起き上がろうとしていた。恐るべき生命力と言うべきである。リコウ、シフ、エイセイの三者に緊張が走る。
「リコウ、離れて」
「ああ、分かった」
 リコウは後方に下がり、サメと距離を取った。リコウにはその意味が分かっていた。
「闇の魔術、暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」
 立ち上がるのが精一杯のサメに向かって、黒い球体が落ちた。ここまで動きが鈍っていれば、もう回避されることもないだろう。黒い球体はそのままサメに直撃し、サメの体を原型を留めない肉塊に変えてしまった。

「さて、運動して腹減ってきたし、サメ肉タイムにすっか!」
 リコウは明るい顔をしながら、サメの肉を剣で切り分け始めた。三匹の内、水中に没した個体と「暗黒重榴弾」で吹き飛ばした個体からは肉が取れなかったが、リコウが引き裂いた個体からだけは肉を取ることができた。リコウはこのサメの肉を食する機会がまた訪れたことに歓喜していた。
「ええ……それ食べるの?」
「シフも陸鮫の肉は食べたことないなぁ……村の人たちもあれは食べるもんじゃないって言ってたし……」
 どうやらシフとエイセイのいたエルフの村でも、陸鮫の肉は不評であったようだ。それを聞いていたトモエは、自分の味覚がおかしいわけじゃなかった、と、内心安堵していた。
「えぇ……皆なんでこいつの肉嫌いなんだ……? 正直今まで食べたものの中で一番美味しかったんだけど……」
 腑に落ちない、と言った表情で、リコウは三人の顔を代わる代わる見た。
 肉を焼くための火はエイセイが起こしてくれた。魔術を扱う者にとってちょっとした火起こしは初歩中の初歩である。それは魔族もエルフも変わらない。
「んん~美味いっ! 最高!」
 焼けた肉にかぶりつくリコウは、まさしく至福の表情をしていた。
「……やっぱり美味しくない……」
「確かに、あんまり美味しいとは思えないなぁ……」
「やっぱり? エルフの二人もそう思うよね」
 シフとエイセイは陸鮫の肉を初めて食したのであるが、やはりその感想はトモエとそう変わらないものであった。
「マジかよ……オレがおかしいのか……」
「基本的に魔獣は美味しくないって、シフも聞いたことあるよ」
「……ああ、そういえばボクも聞いたことある」
「リコウくん、意外とゲテモノ食い?」
「ちょっ……トモエさん!」
 リコウの食いっぷりに対して、他の三人は先程食事を済ませた後とあって、そこまで食が進まなかった。結局サメの肉は殆ど残ってしまった。
「何か勿体ないよなぁ……」
「……勿体ない、ということはないよ。死肉食らいの餌になったり、菌類やら植物やらの栄養になったりするんだから。それは魔獣の死骸だって変わらない」
「へぇ……クマの食い残しのサケみたいね」
 エイセイの言葉を聞いたトモエは、北海道におけるヒグマとサケの話を思い出した。ヒグマは川を遡上してくるサケを食べるが、脂の乗った部分を好んで食べ、その他の部分は捨ててしまうことが多いのだそうだ。しかし、捨てたサケの死骸に集ってこれを餌とする肉食動物などがおり、彼らはヒグマのそうした習性の恩恵にあずかっていると言える。自然界というのは絶妙なバランスによって上手く回っているのだ。
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