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第1部 エン国編 人間解放戦線

第24話 包囲陣展開

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「姐さん……いきなりどうしちまったんだ……?」
 ゲキシンは、スウエンの突然の行動に大いに戸惑っていた。彼女がこのようなことをする類の者ではないことは、ゲキシン自身がよく分かっていた。
 武勇に優れた者が総大将であるなら、総大将自ら部隊を率いて奇襲を敢行したり、先陣を切って敵に襲い掛かるようなこともあろう。けれどもスウエンはそういったタイプではない。そもそも上将軍の印を授けられた理由は、改良型投石機を大量に戦場へと投入するに当たってその開発者自身に指揮を執らせた方が良いという国王の判断によるものだ。魔族の官界では、立場ある者は皆内政も外交軍事も一通り学んでいるため、文官と武官の境界は曖昧な所がある。それ故スウエンが戦場に立つこと自体は何ら不思議ではないのだが、あくまで将としては後方の帷幕の中で策を巡らすタイプの者である。彼女は智謀の人ではあっても武勇の人ではない。
 そのようなことを考えて、総大将の突飛な行動をいぶかっていた、まさにその時であった。
 ゲキシンの頭上に、黒い球体が飛来した。その時彼は、考え事をする余り敵の長距離攻撃魔術を意識の外に置いてしまっていた。ゲキシンは一言も発することなく、球体の直撃を受けてしまった。体には魔導鎧を纏ってはいたものの、それは全く無意味であった。周りの幕僚とともにその体は細切れになって吹き飛んでしまい、最早原型を留めてはいない。文字通りの、呆気ない最期であった。
 総大将と勘違いされたゲキシンは、憐れにもエイセイの「暗黒重榴弾」に狙われてしまった。そして運命の悪戯か、本来の総大将であるスウエンは、自ら部隊を率いてエイセイたちの陣取る山を攻撃するべく行軍していたことで命拾いしたのだ。

 ゲキシンを討ち果たしたエイセイとシフは、尚も攻撃を続けた。引き続き投石機に狙いを定めるのみならず、床弩もまたその対象とした。とにかく大型で長射程の攻撃兵器を破壊して敵の攻撃オプションを減らすことに注力したのである。
 だがその時、スウエン率いる部隊が迫ってきていることに、この二人のエルフは気づいていなかった。
「敵部隊接近!」
 斥候として出していたドワーフがその報告を持ち帰ってきた時、スウエンの部隊はすでに山の麓まで迫っていた。
「何だと!?」
「ここを嗅ぎつけられたか……」
 そう言いつつ、武器を手に取るドワーフたちの表情は何処か勝ち気である。ドワーフというのは好戦的な性格をしている傾向にあり。戦いともなると血が沸き立って仕方がないのである。
 スウエンの部隊は、あっという間に兵を広げ、山の麓に包囲陣を敷いてしまった。円を形作った傀儡兵たちが、弩や槍、剣を構えながらその赤い石でできた目を山頂に向けている。スウエンは部隊長クラスの下級武官に命じて、一人で山を登らせた。
「我々に無条件降伏せよ。今すぐ縄につけ!」
 下級武官は、そう言って降伏を促した。これが大将たるスウエンからのメッセージである。
「うるセェ! てめぇらになんか、死んでも頭下げるもんカ! これが答えダ!」
 下級武官の目の前に出てきたラーテはそう吐き捨てると、自分の身長よりも長い長斧を振るい、怒りのままに下級武官の胴を袈裟斬りにしてしまった。これが、両者の会戦の合図となった。
「なるほど、やはりそうなる……か……床弩隊、構え!」
 スウエンの指示で、三台の床弩車が山頂に狙いをつける。
「放て!」
 スウエンの羽扇が振り下ろされたのを合図に、床弩が大型の矢を放った。まるで槍のようにも見える大型の矢が、山頂の地面に突き刺さった。山に激震が走り、その地には窪みが作られたのであった。
「マジかよ……何て威力だ……」
 着弾したのは、リコウの立っている場所のすぐ下であった。尻餅をついてしまったリコウが、顔を青ざめさせている。
「破壊しなきゃ……姉さん、お願い」
「任せて」
 シフの力を借りたエイセイが、今度は自分たちを囲む軍隊の中にある床弩に狙いを定めた。三台の床弩車は散らばっており、一つずつ黒い球体を当てて破壊するより他はない。
「ボクらの地を穢す忌まわしき魔族どもめ。闇の魔術、暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」
 エイセイが、再び黒い球体を投射する。それは先程矢を放った床弩の方に向かっていき、着弾した。爆風が巻き起こり、周囲の傀儡兵ごと床弩車を破壊してしまった。
「敵の遠距離攻撃魔術を排除するのよ! 突撃!」
 スウエンが、羽扇を横に振りながら叫んだ。その号令によって、山を囲んでいる傀儡兵たちが山頂を目指して前進を始めた。兵法にもある通り、山の上と下とでは、上に陣取る方が圧倒的に有利である。とはいえ、それでもスウエンの部隊には不利を補ってあまりある程の兵力がある。三十人そこらの相手に四千の兵を動員しているのだ。
「いっちょやってやろうじゃねぇカ! 突撃ィ!」
 ラーテの咆哮に従い、ドワーフたちが勢いよく斜面を駆け下りていった。ある者は弓を引き、またある者は戦斧を手に敵に肉薄しようとする。
「むざむざと死にに来たか。弩兵隊構え!」
 魔族の部隊長の指示で、弩兵がしゃがみ込んで射撃体勢に入る。
「こっちも矢をくれてやるぜ!」
 ドワーフの弓兵も、負けじと矢を引き絞り、放った。両軍の兵同士が、射撃戦を始めたのである。
「突っ込め! あの木人形どもを残骸に変えてやる!」
 弩兵による射撃を掻い潜った短兵が、傀儡兵に接近した。弩兵が白刃の脅威に晒されるのを防ぐために、魔族の部隊長は短兵と槍兵を繰り出し、これと刃を交えさせたのであった。
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