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死を以て償わせる……
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警察も学校も当てにならないと知った僕は、以前に呪術師を名乗る老女から聞いた呪術を試すことにした。その老女は以前雑誌で心霊特集を組んだ時にアポを取り、取材をしたことのある相手であった。
その呪術というのは、「神仏の像に霊魂を乗り移らせる方法」であった。それには、死者の遺骨が必要だという。僕はこっそり息子の遺骨の一部を持ち出し、それを砕いて粉状にした。息子の眠る墓を暴くことに罪悪感を覚えないわけではなかったが、「息子の無念を晴らしたい」という思いの方がずっと大きかった。
僕は粉状にした遺骨を水に溶かし、妻が実家から持ってきたという木像に頭から浴びせた。それを一日一回、一週間続けた。老女が言うには、この呪術を施すことで偶像に宿る神性と死者の霊魂が合一し、死者の意志を神が代行してくれる、ということであった。
妻は木像を「かるら様」と呼んでいた。インドのガルーダという神で、危険な毒蛇を食べる猛禽類が、「悪しきものから人々を守る存在」として神聖視されたものである。三十三間堂に納められている迦楼羅王も、このガルーダが元になっている。
――実は、この像の正体は、かるら様……ガルーダではなかった。僕は息子の死後に一度、この像にぶつかってしまった。その時、この像の顔から仮面が外れ、中からギリシャ彫刻風の女の顔が出てきたのを見た。
よくよく像を調べてみると、趾も取り外し可能で、後から付け加えられたものであった。この像は、最初からガルーダとして作られたものではなかったのだ。
この像の正体を知りたくなった僕は取材で得た人脈を辿り、美術品の古物商を駆け回って情報を求めた。どの古物商も首をかしげたが、その中の一人が、この像の正体について言及した。
「この像はギリシャの神、ネメシスの像だろう」
ネメシス……ギリシャ神話に登場する、神罰と義憤の女神である。なぜこの女神がガルーダに作り替えられたのかは分からないが、恐らく神罰と義憤の神というおどろおどろしいものを嫌った何者かが手を加えたのではないか、と推測している。
ガルーダは毒蛇を食べる猛禽類が、聖なる存在として崇め奉られたものだ。だから生きている人間を邪悪から守るという力を持つ反面、死者の復讐を代行したり手助けすることはない。一方、神罰と義憤の神であれば、非業の死を遂げた息子の復讐を手伝ってくれるだろう。
皮肉なものだ……妻は「息子を守ってくれるように」と願って像を持ってきたのに、生きている間に悪いものから守ってくれるようなご利益を持たない像だったのだから。でも、そのおかげで、息子の無念を晴らすことができる……
僕が思った通り、呪術を施された像は肉体を得て動き回り、人間離れした超人的な力を振るって、息子が生前憎んでいたであろう相手を襲い、次々と命を奪っていった。
像はもう、手元に戻ってこなかった。多分、あの女神像はもう役目を終えたのだ。息子の復讐は、今日この日、完結したのだろう……
妻を失い、息子を失い、その息子の復讐も見届けた……今の自分に残されているのは、空虚な余生だけだ。もう今の自分には、希望も、未来も、何もない。妻の形見であった像さえ、僕の手元にはないのだから。
僕は机の上に紙を広げ、ペンを取った。死ぬ前に紡ぐ最後の言葉を、ペンに力を込めて綴っていった。
その呪術というのは、「神仏の像に霊魂を乗り移らせる方法」であった。それには、死者の遺骨が必要だという。僕はこっそり息子の遺骨の一部を持ち出し、それを砕いて粉状にした。息子の眠る墓を暴くことに罪悪感を覚えないわけではなかったが、「息子の無念を晴らしたい」という思いの方がずっと大きかった。
僕は粉状にした遺骨を水に溶かし、妻が実家から持ってきたという木像に頭から浴びせた。それを一日一回、一週間続けた。老女が言うには、この呪術を施すことで偶像に宿る神性と死者の霊魂が合一し、死者の意志を神が代行してくれる、ということであった。
妻は木像を「かるら様」と呼んでいた。インドのガルーダという神で、危険な毒蛇を食べる猛禽類が、「悪しきものから人々を守る存在」として神聖視されたものである。三十三間堂に納められている迦楼羅王も、このガルーダが元になっている。
――実は、この像の正体は、かるら様……ガルーダではなかった。僕は息子の死後に一度、この像にぶつかってしまった。その時、この像の顔から仮面が外れ、中からギリシャ彫刻風の女の顔が出てきたのを見た。
よくよく像を調べてみると、趾も取り外し可能で、後から付け加えられたものであった。この像は、最初からガルーダとして作られたものではなかったのだ。
この像の正体を知りたくなった僕は取材で得た人脈を辿り、美術品の古物商を駆け回って情報を求めた。どの古物商も首をかしげたが、その中の一人が、この像の正体について言及した。
「この像はギリシャの神、ネメシスの像だろう」
ネメシス……ギリシャ神話に登場する、神罰と義憤の女神である。なぜこの女神がガルーダに作り替えられたのかは分からないが、恐らく神罰と義憤の神というおどろおどろしいものを嫌った何者かが手を加えたのではないか、と推測している。
ガルーダは毒蛇を食べる猛禽類が、聖なる存在として崇め奉られたものだ。だから生きている人間を邪悪から守るという力を持つ反面、死者の復讐を代行したり手助けすることはない。一方、神罰と義憤の神であれば、非業の死を遂げた息子の復讐を手伝ってくれるだろう。
皮肉なものだ……妻は「息子を守ってくれるように」と願って像を持ってきたのに、生きている間に悪いものから守ってくれるようなご利益を持たない像だったのだから。でも、そのおかげで、息子の無念を晴らすことができる……
僕が思った通り、呪術を施された像は肉体を得て動き回り、人間離れした超人的な力を振るって、息子が生前憎んでいたであろう相手を襲い、次々と命を奪っていった。
像はもう、手元に戻ってこなかった。多分、あの女神像はもう役目を終えたのだ。息子の復讐は、今日この日、完結したのだろう……
妻を失い、息子を失い、その息子の復讐も見届けた……今の自分に残されているのは、空虚な余生だけだ。もう今の自分には、希望も、未来も、何もない。妻の形見であった像さえ、僕の手元にはないのだから。
僕は机の上に紙を広げ、ペンを取った。死ぬ前に紡ぐ最後の言葉を、ペンに力を込めて綴っていった。
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