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出会い
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僕の、たった一人の友が死んでから、百年の歳月が流れた。
レガリス。それが僕の名前である。魔族である僕は遠く西方の異国よりこの地に渡り、山の奥に立てた洋館に魔術結界を張って、人目につかぬようにして暮らしている。僕の姿は鏡に映らないために、僕は自身がどのような姿をしているのか知らない。昔に出会った人間によれば、金色の長い髪と紅の瞳を持つ美少年であるという。髪の色はともかくとして、瞳の色などは他者の力を借りなければ分からないものである。
僕はずっと、孤独に暮らしてきた。魔術を扱い、不老の命を持つ僕の一族はとうの昔に人間によって退治され、滅亡の憂き目に遭った。ただ一人生き残った僕は、東へ、東へと逃れ、海を渡り、その先の地で幽隠し生き永らえた。憂き世の喧騒を他所に、ただ倦怠の内に永遠の生を過ごしてきたのである。
外では、粉雪がちらちらと舞い落ちている。僕が彼と出会ったのも、このような時候であった。かの者との出会いを、僕が忘れることはない。
その日、山は冬の装いをしたまま、すっかり眠りこくっていた。その少年は、僕の屋敷の前で行き倒れていた。僕が見つけなければ、そのまま埋没して百草に随っていただろう。
本来、僕は人間と関わろうとはしない性分である。しかしその時、全くの気まぐれによるものであるが、僕は彼を屋敷に連れ込み、魔術で発した熱で少年の体を温めてやったのだ。
「俺を助けてくれたのか……?」
「如何にも」
少年は、うっすらと目を開いた。開かれたその目は円らで、顔立ちはあどけないものであった。
「君は……外国から来た人? イギリス? ドイツ? それともアメリカから?」
少年は、知らない土地の名前を羅列した。僕が何処から来たかなど、自分自身もよく知らない。けれども確か、僕が西の地を捨てて旅立った時、そこにはローマという名の大帝国があったことだけは覚えている。
「分からない……」
「へぇ……不思議な人。あっ、俺はシュウって言うんだ。よろしくな」
「僕はレガリスと言う」
「何かお礼がしたいんだけど……何か欲しいものとかあるかな?」
「いや、お構いなく」
ただの気まぐれに、礼など寄越されても困る。そう思って、僕はすげなく断った。
「今晩は冷えるだろうから、明日の朝に帰るといい。途中まで送って行ってやる」
「ありがとう……でも俺、あんまりうちに帰りたくないんだ」
「何故に」
急に、少年――シュウの表情が暗澹たるものとなった。
「俺の家の人たち、皆口うるさいんだ」
シュウは、自らの身の上を語り始めた。彼の家は所謂成金で、両親は何かとシュウに対して過干渉であるという。こんな山の中に来たのも、机に縛りつけられて勉強に追い立てられるのが嫌で逃げ出してきたのだそうだ。
彼の境遇に思いを馳せることのできない僕は、気の利いた言葉をかけられないでいた。
夜は、一緒の寝台で眠りに就いた。生まれて初めてのことであった。僕も彼も小柄であったから、それほど窮屈さは感じない。それでも僕は、シュウの寝息がかかって中々寝つけなかった。
翌朝、僕は彼を送り出した。
「ありがとう。また来るね」
「いや、もう二度と来るなよ」
スキップをしながら去って行く彼の後ろ姿を見て、僕は口ではああ言いながらも、密かに再会を望んだ。以前の自分であれば、全くあり得ないことである。
それ以降、度々シュウは僕の元を訪れた。他愛もない話をするだけであったが、何故だか、段々と僕は、楽しいと思い始めた。自らの孤独が、少しずつ氷解していくような、そんな気分を味わったのである。
彼が喜ぶと思って、僕は山で動物を狩り、その肉を干し肉にして保存しておき、シュウが来る度に振舞った。彼は舌が肥えているようで、「まずくはないけど家で出してくれる肉料理の方が美味しい」などと正直に言ったが、それでも、二人一緒の食事に楽しさを感じてくれているようであった。彼の笑顔を見ると、僕は心の内側がじんわりと温まるのを感じた。
そうして、七年の月日が流れた。ある時、僕の所にやってきた彼は言った。
「俺な、今度結婚するんだ」
「結婚……?」
それを聞いた僕ははっとした。改めてシュウを見ると、彼は、目に見えて背が伸び、骨格も顔つきも大人びていた。
「法律では結婚できる歳なんだけどさ、早すぎるよな」
シュウ曰く、相手は富豪の令嬢であるという。俯きながら語る彼の口ぶりには、不安や当惑といった心情が存分に見て取れる。
「シュウは結婚、したくないのか?」
「いや、したいとかしたくないとかって言うより、気持ちの整理が追いつかないというか……」
シュウの不安が分かっていながら、やはり僕は気の利いた言葉をかけられない。そもそも、シュウ以外の人間とろくに交誼を交わしたことがなかったのだから当然というものである。
「まあでも、レガリスと話したらすっきりしたよ。ありがとな」
「そうか。嬉しい」
シュウも、婚姻を結ぶ年頃になったのか。それは感慨深いと同時に、寂寥の念を僕に抱かせる。番となって係累を持ったら、気ままに僕の所へやってくることも無くなるだろう。
「俺、結婚してもレガリスのこと忘れないから。また来るよ」
シュウは、そんな僕の寂寞の感を見透かしているかのように、朗らかな笑貌と共に言った。
それが、僕の聞いた、彼の最後の言葉となった。
シュウはその後、僕の所へは来なくなった。人間のことなどどうでもよい。元より僕は魔族であり、人間とは敵対する存在であったはずなのだ。なのに、胸が苦しい。彼とまた会いたい。どうしてこうも、彼のことを求めてしまうのか——
僕は、千里眼の力を使い、シュウのことを観察した。彼が幸せに過ごしていてくれれば、それで良い。そう思った。
けれども、シュウは僕の願いに反して、不幸のどん底へと転げ落ちていた。
シュウの結婚は、譎詐の婚姻であった。彼は家庭内暴力や粉飾決算などのありもしない罪科をでっち上げられ、シュウの実家の家業は丸々妻の実家に吸収されてしまった。最初から、それが狙いだったのである。
そうして、僕がシュウと最後に会ってから六年後、貪婪な者たちに騙され裏切られた彼は、一人縊れて死んだ。
レガリス。それが僕の名前である。魔族である僕は遠く西方の異国よりこの地に渡り、山の奥に立てた洋館に魔術結界を張って、人目につかぬようにして暮らしている。僕の姿は鏡に映らないために、僕は自身がどのような姿をしているのか知らない。昔に出会った人間によれば、金色の長い髪と紅の瞳を持つ美少年であるという。髪の色はともかくとして、瞳の色などは他者の力を借りなければ分からないものである。
僕はずっと、孤独に暮らしてきた。魔術を扱い、不老の命を持つ僕の一族はとうの昔に人間によって退治され、滅亡の憂き目に遭った。ただ一人生き残った僕は、東へ、東へと逃れ、海を渡り、その先の地で幽隠し生き永らえた。憂き世の喧騒を他所に、ただ倦怠の内に永遠の生を過ごしてきたのである。
外では、粉雪がちらちらと舞い落ちている。僕が彼と出会ったのも、このような時候であった。かの者との出会いを、僕が忘れることはない。
その日、山は冬の装いをしたまま、すっかり眠りこくっていた。その少年は、僕の屋敷の前で行き倒れていた。僕が見つけなければ、そのまま埋没して百草に随っていただろう。
本来、僕は人間と関わろうとはしない性分である。しかしその時、全くの気まぐれによるものであるが、僕は彼を屋敷に連れ込み、魔術で発した熱で少年の体を温めてやったのだ。
「俺を助けてくれたのか……?」
「如何にも」
少年は、うっすらと目を開いた。開かれたその目は円らで、顔立ちはあどけないものであった。
「君は……外国から来た人? イギリス? ドイツ? それともアメリカから?」
少年は、知らない土地の名前を羅列した。僕が何処から来たかなど、自分自身もよく知らない。けれども確か、僕が西の地を捨てて旅立った時、そこにはローマという名の大帝国があったことだけは覚えている。
「分からない……」
「へぇ……不思議な人。あっ、俺はシュウって言うんだ。よろしくな」
「僕はレガリスと言う」
「何かお礼がしたいんだけど……何か欲しいものとかあるかな?」
「いや、お構いなく」
ただの気まぐれに、礼など寄越されても困る。そう思って、僕はすげなく断った。
「今晩は冷えるだろうから、明日の朝に帰るといい。途中まで送って行ってやる」
「ありがとう……でも俺、あんまりうちに帰りたくないんだ」
「何故に」
急に、少年――シュウの表情が暗澹たるものとなった。
「俺の家の人たち、皆口うるさいんだ」
シュウは、自らの身の上を語り始めた。彼の家は所謂成金で、両親は何かとシュウに対して過干渉であるという。こんな山の中に来たのも、机に縛りつけられて勉強に追い立てられるのが嫌で逃げ出してきたのだそうだ。
彼の境遇に思いを馳せることのできない僕は、気の利いた言葉をかけられないでいた。
夜は、一緒の寝台で眠りに就いた。生まれて初めてのことであった。僕も彼も小柄であったから、それほど窮屈さは感じない。それでも僕は、シュウの寝息がかかって中々寝つけなかった。
翌朝、僕は彼を送り出した。
「ありがとう。また来るね」
「いや、もう二度と来るなよ」
スキップをしながら去って行く彼の後ろ姿を見て、僕は口ではああ言いながらも、密かに再会を望んだ。以前の自分であれば、全くあり得ないことである。
それ以降、度々シュウは僕の元を訪れた。他愛もない話をするだけであったが、何故だか、段々と僕は、楽しいと思い始めた。自らの孤独が、少しずつ氷解していくような、そんな気分を味わったのである。
彼が喜ぶと思って、僕は山で動物を狩り、その肉を干し肉にして保存しておき、シュウが来る度に振舞った。彼は舌が肥えているようで、「まずくはないけど家で出してくれる肉料理の方が美味しい」などと正直に言ったが、それでも、二人一緒の食事に楽しさを感じてくれているようであった。彼の笑顔を見ると、僕は心の内側がじんわりと温まるのを感じた。
そうして、七年の月日が流れた。ある時、僕の所にやってきた彼は言った。
「俺な、今度結婚するんだ」
「結婚……?」
それを聞いた僕ははっとした。改めてシュウを見ると、彼は、目に見えて背が伸び、骨格も顔つきも大人びていた。
「法律では結婚できる歳なんだけどさ、早すぎるよな」
シュウ曰く、相手は富豪の令嬢であるという。俯きながら語る彼の口ぶりには、不安や当惑といった心情が存分に見て取れる。
「シュウは結婚、したくないのか?」
「いや、したいとかしたくないとかって言うより、気持ちの整理が追いつかないというか……」
シュウの不安が分かっていながら、やはり僕は気の利いた言葉をかけられない。そもそも、シュウ以外の人間とろくに交誼を交わしたことがなかったのだから当然というものである。
「まあでも、レガリスと話したらすっきりしたよ。ありがとな」
「そうか。嬉しい」
シュウも、婚姻を結ぶ年頃になったのか。それは感慨深いと同時に、寂寥の念を僕に抱かせる。番となって係累を持ったら、気ままに僕の所へやってくることも無くなるだろう。
「俺、結婚してもレガリスのこと忘れないから。また来るよ」
シュウは、そんな僕の寂寞の感を見透かしているかのように、朗らかな笑貌と共に言った。
それが、僕の聞いた、彼の最後の言葉となった。
シュウはその後、僕の所へは来なくなった。人間のことなどどうでもよい。元より僕は魔族であり、人間とは敵対する存在であったはずなのだ。なのに、胸が苦しい。彼とまた会いたい。どうしてこうも、彼のことを求めてしまうのか——
僕は、千里眼の力を使い、シュウのことを観察した。彼が幸せに過ごしていてくれれば、それで良い。そう思った。
けれども、シュウは僕の願いに反して、不幸のどん底へと転げ落ちていた。
シュウの結婚は、譎詐の婚姻であった。彼は家庭内暴力や粉飾決算などのありもしない罪科をでっち上げられ、シュウの実家の家業は丸々妻の実家に吸収されてしまった。最初から、それが狙いだったのである。
そうして、僕がシュウと最後に会ってから六年後、貪婪な者たちに騙され裏切られた彼は、一人縊れて死んだ。
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