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第10話 討伐作戦
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「おい、貴様ら何をしてる!」
背後から、男の声がした。駆け寄ってきたのは、さっきまで眠りこけていた吉崎だ。寝起きでよくもそこまで声を張り上げられるものだ。
「誰が外に出ろと言った! 早く戻れ!」
「そちらこそ、何も理解していないようだ」
吉崎に反論したのは、俺でも鍾さんでもない。メグミさんであった。部外者である彼女は、過酷なシゴキを受けてきた俺たちと違って吉崎に怯むことがなかった。
「わ、分かった撃たないでくれ。何があったんだ?」
目の前の女が銃を携えているのを見たからか、吉崎の語勢から威圧的なものが失われた。やはり最後は暴力がモノを言うのだ。そして、銃というのはその最も分かりやすい暴力である。
「そちらの管理してる研修施設に化け物がいたんだよ。消えた新入社員たちは全員あいつの冷凍食品にされたってわけだ」
「そんな、信じられるか!」
「……喋っている暇はなかったな」
メグミさんの視線が、吉崎から巨大ムカデに移った。いつの間にか車から頭を離したムカデが、大きく首を持ち上げていた。二十五メートルプールよりも長い体をもつであろう怪物は、こちらをじっと睨んでいる。
「あれムカデか!? どういうことなんだ!? お前ら教えろ!」
「みんな取り敢えずこっち逃げましょう!」
俺の脚が、反射的に動き出した。向かった先は、俺たちのいた山荘である。メグミさんも鍾さんも吉崎も、俺の後についてきた。
建物の中に入れば、もしかしたら奴を撒けるかも知れない。追ってきたとしても、あの巨体ではそうそう容易く侵入はできないだろう。そう思っての行動だった。とはいえムカデの仲間がまだ山荘に潜伏している可能性を思えば、長居はできない。
守衛室の窓には、相変わらず最初のムカデが刺さっていた。吉崎はそのいかつい見た目に似合わず、ムカデの死体を見て「ひえっ……」と情けない声を漏らしていた。
俺たちは手近な部屋に飛び込んだ。そこは狭っ苦しい給湯室だった。そういえば、掃除の時に何度かこの給湯室に入ったことがあった。俺はすぐさま暖房のスイッチを入れた。狭い部屋だから、すぐに暖まってくれるだろう。
「何だあのでっかいムカデは!?」
部屋に入って早々、吉崎が声を荒げた。俺たちと違って初めて怪物ムカデを見たのだから、無理もない反応だろう。
「ここに住み着いてた人食いの怪物だよ。私もさっき一匹仕留めた」
「じゃあ逃げ出した連中ってのは、逃げたんじゃなくてあいつに……」
「ああ。そちらの大事な新入社員なら、ほとんどやられたと聞いた」
吉崎は塩を振りかけられたナメクジのように、へなへなと力なく座り込んだ。
「あのムカデ、今までの奴よりもずっと大きかった。あいつを搔いくぐって逃げられるんでしょうか……」
「恐らく無理だ。浩司の二の舞になる」
メグミさんは、視線を足元に落とした。自分の甥の死を悔やんでいるのかも知れない。
「あいつ、昼間になったら巣穴かどこかに引っ込んでくれないかな。夜行性っぽいし、その隙に逃げるのはどうです」
俺が最初にムカデを見たのは、深夜の廊下であった。昼間には一度も見ていない。だから多分、あれは夜行性で、昼間は身を隠しているのではないだろうか。その隙を見計らって逃げれば……
「それができればいいが……逃げているところに出てこられたら終わりだ。奴は車の音には敏感に反応するだろう。それこそ浩司と同じ目に遭う」
「じゃあやっぱり、望み薄って感じですかメグミさん」
「そうだな……しかも奴は一度こちらに目をつけている。そう簡単に逃がしてくれるとは思えないな……」
「じゃあ、奴を倒すってのは。逃げられないんならそうするしかない」
「そんなん無理に決まってるだろ!」
俺の提案に対して。横から口を挟んできたのは吉崎だ。この男はもうすっかり絶望しきっているらしい。俺は吉崎を無視して、シンク下の中を漁った。
俺が取り出したのは……カセットコンロに使うガスボンベだ。シンク下からごろごろ出てきた。
「昔見た映画でさ、地中から襲ってくる化け物をダイナマイトで倒すってのがあったんです。だから奴も爆発物で倒せるんじゃないかと……」
俺は高校生の頃、意中の女の子を映画に誘ったことがあった。その時に見たのは、砂漠の地下に潜み、地上に飛び出して人を食べるモンスターの映画だった。結果、彼女に呆れられたばかりでなく、その話がいつの間にかクラス中に広まっていて、俺は笑いものになってしまった。そんなことがあって、俺は誕生日を迎える度に彼女いない歴イコール年齢を更新し続けている。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
「……いや、その案は悪くない」
吉崎とメグミさんが、実に対照的な反応を見せた。
「多分、私の銃では倒せない。ガス缶もこれだけあれば、奴を仕留めきれるぐらいの大きな爆発を起こせるだろう」
問題は、どこでどうやって爆発させるか、である。
「あー……ワタシ火炎瓶の作り方知ってます」
「鍾さん?」
「実は昔、父さんがデモ行くので火炎瓶作るの手伝いました。空き瓶はここにあります。ヨシザキさん灯油あります?」
「ああ、あるにはあるが……本当に戦うのか? お前ら馬鹿じゃないのか」
本当に、この吉崎という男は他人をいら立たせることばかり言う。いい加減、吉崎の態度には我慢ならなくなってきた。
「生きて帰りたいんなら、さっさと俺たちに協力しろ。ムカデの餌になりたいのか?」
俺は吉崎の胸倉を掴み、精一杯ドスを聞かせて吉崎に詰め寄った。俺は今までこいつにさんざんいじめ抜かれたのだ。これぐらいしたところで、誰も咎めないだろう。
「ちっ……分かったよ持ってくりゃいいんだろ」
吉崎は渋々といった風に、給湯室を出て行った。
「さて、三人で今のうちに必要な道具をそろえましょう」
「ああ、そうしよう」
「ワタシは瓶に詰める布を持ってきます」
元々、脱走計画は白石が発端だった。俺はただ、彼の計画に乗っただけだ。けれども今、俺は自分自身の意志で、生きてここを出ると決めた。だから、俺は絶対に諦めない。
背後から、男の声がした。駆け寄ってきたのは、さっきまで眠りこけていた吉崎だ。寝起きでよくもそこまで声を張り上げられるものだ。
「誰が外に出ろと言った! 早く戻れ!」
「そちらこそ、何も理解していないようだ」
吉崎に反論したのは、俺でも鍾さんでもない。メグミさんであった。部外者である彼女は、過酷なシゴキを受けてきた俺たちと違って吉崎に怯むことがなかった。
「わ、分かった撃たないでくれ。何があったんだ?」
目の前の女が銃を携えているのを見たからか、吉崎の語勢から威圧的なものが失われた。やはり最後は暴力がモノを言うのだ。そして、銃というのはその最も分かりやすい暴力である。
「そちらの管理してる研修施設に化け物がいたんだよ。消えた新入社員たちは全員あいつの冷凍食品にされたってわけだ」
「そんな、信じられるか!」
「……喋っている暇はなかったな」
メグミさんの視線が、吉崎から巨大ムカデに移った。いつの間にか車から頭を離したムカデが、大きく首を持ち上げていた。二十五メートルプールよりも長い体をもつであろう怪物は、こちらをじっと睨んでいる。
「あれムカデか!? どういうことなんだ!? お前ら教えろ!」
「みんな取り敢えずこっち逃げましょう!」
俺の脚が、反射的に動き出した。向かった先は、俺たちのいた山荘である。メグミさんも鍾さんも吉崎も、俺の後についてきた。
建物の中に入れば、もしかしたら奴を撒けるかも知れない。追ってきたとしても、あの巨体ではそうそう容易く侵入はできないだろう。そう思っての行動だった。とはいえムカデの仲間がまだ山荘に潜伏している可能性を思えば、長居はできない。
守衛室の窓には、相変わらず最初のムカデが刺さっていた。吉崎はそのいかつい見た目に似合わず、ムカデの死体を見て「ひえっ……」と情けない声を漏らしていた。
俺たちは手近な部屋に飛び込んだ。そこは狭っ苦しい給湯室だった。そういえば、掃除の時に何度かこの給湯室に入ったことがあった。俺はすぐさま暖房のスイッチを入れた。狭い部屋だから、すぐに暖まってくれるだろう。
「何だあのでっかいムカデは!?」
部屋に入って早々、吉崎が声を荒げた。俺たちと違って初めて怪物ムカデを見たのだから、無理もない反応だろう。
「ここに住み着いてた人食いの怪物だよ。私もさっき一匹仕留めた」
「じゃあ逃げ出した連中ってのは、逃げたんじゃなくてあいつに……」
「ああ。そちらの大事な新入社員なら、ほとんどやられたと聞いた」
吉崎は塩を振りかけられたナメクジのように、へなへなと力なく座り込んだ。
「あのムカデ、今までの奴よりもずっと大きかった。あいつを搔いくぐって逃げられるんでしょうか……」
「恐らく無理だ。浩司の二の舞になる」
メグミさんは、視線を足元に落とした。自分の甥の死を悔やんでいるのかも知れない。
「あいつ、昼間になったら巣穴かどこかに引っ込んでくれないかな。夜行性っぽいし、その隙に逃げるのはどうです」
俺が最初にムカデを見たのは、深夜の廊下であった。昼間には一度も見ていない。だから多分、あれは夜行性で、昼間は身を隠しているのではないだろうか。その隙を見計らって逃げれば……
「それができればいいが……逃げているところに出てこられたら終わりだ。奴は車の音には敏感に反応するだろう。それこそ浩司と同じ目に遭う」
「じゃあやっぱり、望み薄って感じですかメグミさん」
「そうだな……しかも奴は一度こちらに目をつけている。そう簡単に逃がしてくれるとは思えないな……」
「じゃあ、奴を倒すってのは。逃げられないんならそうするしかない」
「そんなん無理に決まってるだろ!」
俺の提案に対して。横から口を挟んできたのは吉崎だ。この男はもうすっかり絶望しきっているらしい。俺は吉崎を無視して、シンク下の中を漁った。
俺が取り出したのは……カセットコンロに使うガスボンベだ。シンク下からごろごろ出てきた。
「昔見た映画でさ、地中から襲ってくる化け物をダイナマイトで倒すってのがあったんです。だから奴も爆発物で倒せるんじゃないかと……」
俺は高校生の頃、意中の女の子を映画に誘ったことがあった。その時に見たのは、砂漠の地下に潜み、地上に飛び出して人を食べるモンスターの映画だった。結果、彼女に呆れられたばかりでなく、その話がいつの間にかクラス中に広まっていて、俺は笑いものになってしまった。そんなことがあって、俺は誕生日を迎える度に彼女いない歴イコール年齢を更新し続けている。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
「……いや、その案は悪くない」
吉崎とメグミさんが、実に対照的な反応を見せた。
「多分、私の銃では倒せない。ガス缶もこれだけあれば、奴を仕留めきれるぐらいの大きな爆発を起こせるだろう」
問題は、どこでどうやって爆発させるか、である。
「あー……ワタシ火炎瓶の作り方知ってます」
「鍾さん?」
「実は昔、父さんがデモ行くので火炎瓶作るの手伝いました。空き瓶はここにあります。ヨシザキさん灯油あります?」
「ああ、あるにはあるが……本当に戦うのか? お前ら馬鹿じゃないのか」
本当に、この吉崎という男は他人をいら立たせることばかり言う。いい加減、吉崎の態度には我慢ならなくなってきた。
「生きて帰りたいんなら、さっさと俺たちに協力しろ。ムカデの餌になりたいのか?」
俺は吉崎の胸倉を掴み、精一杯ドスを聞かせて吉崎に詰め寄った。俺は今までこいつにさんざんいじめ抜かれたのだ。これぐらいしたところで、誰も咎めないだろう。
「ちっ……分かったよ持ってくりゃいいんだろ」
吉崎は渋々といった風に、給湯室を出て行った。
「さて、三人で今のうちに必要な道具をそろえましょう」
「ああ、そうしよう」
「ワタシは瓶に詰める布を持ってきます」
元々、脱走計画は白石が発端だった。俺はただ、彼の計画に乗っただけだ。けれども今、俺は自分自身の意志で、生きてここを出ると決めた。だから、俺は絶対に諦めない。
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