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第7話 地下室の真実

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「浩司か……久しぶりだね。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」

 浩司こうじというのは、白石の下の名だ。どうやらこの救い主は、白石の叔母らしい。整った顔立ちではあるが、その目つきは険しく、柔和な白石とはまるで印象が重ならない。

「浩司、その箱に入ってるのをこっちに寄越せ」
「……は?」
「それ、姉さんのホルモン剤だろう。そいつは危険な代物なんだよ。即刻焼却処分しなければならない」
「い、嫌っすよ!」
 
 箱を抱えて走り出そうとした白石に、メグミと呼ばれた女は銃を向けた。白石は急ブレーキを踏まれた車のように立ち止まった。

「ひっ……何するんすか!」
「浩司、何も分かっていないようだな。いや、からか。そいつは確かに成長から繁殖のサイクルを大幅に早める効果が実証されている。ただな、その後が問題なんだよ」

 もどかしげに足を止めている白石を相手に、彼女はなおも語り続ける。

「ベトナム戦争の時に散布された枯れ葉剤の影響で、奇形児が多く生まれた話はバカでも知ってるだろう。お前の母さんが開発した肥育ホルモンにも、そういう生態変化を起こすリスクが大いにある」
「な、何を証拠に!」
「そいつだよ」

 メグミさんは銃口で、さっき倒したムカデを指した。

「大方、何らかの原因で漏れ出た薬剤を摂取したムカデが、さらに別の毒物……そうだな、殺虫剤か何かを浴びて、遺伝子に変異を来したんだろう」

 メグミさんの話が本当なら、確かにあの怪物の存在も腑に落ちる。にわかに信じがたいこととはいえ、彼女の話したこと以外に、怪物ムカデ誕生の要因となりそうなものはない。
 話を聞く白石の目は潤んでいた。きっと悔し涙だ。母の研究がこんな事態を招いたことが、よほどショックだったのだろう。

「そんな……それじゃあ何のために僕ぁ独りぼっちで過ごさなきゃいけなかったんすか!」
「気持ちは分かる……分かるが……お前の母さんの研究は表に出しちゃいけないものなんだ」
「そんなことよりさ、鍾さん探しに行かねぇとまずいぞ。それに荷物も取り戻さなきゃ」

 話が長くなりそうだったので、わざと流れを断ち切った。とにかく、今すべきことは脱走なのだから、ここで油を売られても困る。彼女の言うことが本当であるなら、白石に木箱の中身を全て廃棄させなければならないが、それは後でもよい。
 俺は今までのことを全て、覆い隠さずメグミさんに話した。

「なるほど、他に仲間が一人いるのか。それで、荷物を奪われていると。分かった、協力しよう」

 この救い主様は、物分かりがいいようだ。白石との間に意見の対立があるのは気がかりだが、銃を持った仲間がいるのは心強い。
 そうして、俺たちは玄関を出て、吉崎たちのいる別棟へと向かった。寒気はより一層厳しくなっており、凍てついた空気が斧を握る手を突き刺す。空はまだ暗く、ただ山荘の壁の常夜灯と、メグミさんの持ってきた懐中電灯だけが銀世界を照らし出している。
 別棟とやらは、すぐに見つかった。一階建ての木造小屋が、そう遠くない場所にぽつんと建っていた。

「あの建物に吉崎たちがいるっす。多分荷物もそこに……」
「……あそこに誰か倒れてる」
「……マジかよ」

 メグミさんが懐中電灯の光を当てた先に、誰かが倒れていた。嫌な予感が、ぞわっと俺の脳みそに走った。
 俺は雪の中に突っ伏しているそれを見た。

「鮫島……」
 
 スキンヘッドの大男――鮫島が、寝間着姿で伏せっていた。そっと体に触れた俺は、これがムカデのであることを理解させられた。
 冷凍された鮫島がどこかに運び込まれておらず野ざらしにされていることから、ムカデの襲撃を受けてからまだそれほど時間が経っていないと思われる。つまり、守衛室に突っ込んで死んだ個体やメグミさんに射殺された個体とは別のムカデが、鮫島を凍らせた可能性が高い。

「まだいんのかよ……」
 
 暗澹あんたんたる思いだった。この辺り一帯が、化け物ムカデの巣窟になっている可能性だって捨てきれない。もういっそ、荷物を諦めて逃げようか。当初は吉崎たちを脅して車で逃げる予定だったが、メグミさんが乗ってきた車があるはずだから、それも必要ない。
 とはいえ……やはり今逃げることはできない。鍾さんがまだ見つかってないからだ。吉崎のことはどうでもいいが、鍾さんをこんな危ない場所に放置して逃げるのは気が引ける。

「鍾さーん!」

 俺は大声で名前を呼んだ。しかし、返事は梨のつぶてだ。雪は音を吸収してしまうというから、声が遠くまで届きにくいのかも知れない。
 やがて、空からちらちらと、白い粉が舞い落ちてきた。雪だ。月が出ていなかったのは、空が雲に覆われていたからだろう。

「どこにいるんだ……」

 そう遠くまで行っているとは思われない。が、少なくとも声の届かない場所にいることは確かだ。早く合流しないと……夜空の下に舞う粉雪と、酷烈さを増す寒気が、俺の心身から余裕を奪い去っていく。
 ふと、俺は振り返って別棟の方を見た。鮫島が外に出ているということは、別棟のドアは鍵が開いている可能性がある。その中に鍾さんがいる可能性も否定できない。

「あっち行こう」

 俺は冷え固まった指先を必死に伸ばして、別棟の方を指さした。
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