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第8話 白雪ムカデの弱点
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「いてて……」
ゼルエは案外、そこまで重い怪我を負わなかった。けれども彼の美しい顔には、植物のとげによって刻まれた引っ掻き傷が走っている。ロジェは救急箱を持ってきて、消毒液をしみ込ませた綿を傷口に当てた。傷口にしみる消毒液の痛みで、ゼルエはあからさまに苦い顔をしていた。
山小屋には、まだ散弾銃やクロスボウなどの武器が何丁か残っていた。だが、いずれもあのムカデに通るとは思えない。関節を狙って撃つといっても、動きの素早いムカデに狙って当てるのは至難の業だ。
ロジェはずっと、あのムカデについて考えていた。ゼルエが無事に戻ってきてくれたことで、ようやくムカデについて思考する余裕が生まれたのだ。祈るのではなく、考えなければならない。あの怪物を倒すために。
あの怪物は、必ずこちらを狙ってくる。そうした確信が、ロジェの中にはあった。何しろあの巨体だ。いくら食べても足りないだろう。あれを放置するのは危険極まりない。よしんば自分たちが狙われなくとも、あの洞窟で凍っていた男たちのような犠牲者がもっと増えるかも知れない。
……そもそも、あの洞窟の獣や人間たちは、もしかしたらムカデの非常食なのではないか。餌が獲れる時期に冷凍ガスで凍らせて保存しておいて、餌のない時期に少しずつ食べることで永らえているのではないか……今までずっと存在を知られていなかったのは、あれを見た者は皆生きては帰れなかったということもあろうし、目覚めては餌を蓄え、蓄えたら穴倉に潜るということをムカデが繰り返していたからなのではないか。
ロジェは、尚もムカデについて考え続けた。
「……あのムカデさ、雪山の中でどうしてあんな動けるんだろう。それに、冷凍ガスなんて吐いたら自分が凍っちゃうもんなんじゃないかな……」
「自分のガスで自分が凍ってたら間抜けもいいとこだろ。それじゃ毒持ってる奴が自分の毒で死ぬようなもんだ」
「そう、それだよ。あのムカデはきっと、自分の冷凍ガスで凍らないような仕組みがあるはずなんだ」
ロジェの脳が、必死に思考して何かの考えをつかみ取ろうとしていた。あらゆる知識を頭の中の棚から引きずり出して並べ、それらを参照していった。
凍らない仕組み……そういえば確か、寒い海に棲む魚は血液の中に不凍性の成分を備えていたはずだ。とすれば、あのムカデの中にもきっとそういったものが含まれていると思われる。
「不凍性の液体……もしそうなら、奴を燃やしてしまえるかも」
「どういうことだ?」
「自動車のエンジンは不凍液っていう凍らない仕組みの液体で冷やすんだよ」
「ほう」
「その不凍液……燃えるんだ。生き物の血液に流れているものとは当然別物なんだけど、同じように燃えやすい可能性はある」
「なるほど奴を燃やすのか。でもどうやるんだ?」
「火矢を使う」
そうして、ロジェはクロスボウに装填された矢を外し、その先端に油をしみ込ませた綿を巻いた。後はこれに点火すれば、火矢が完成する。
その時であった。山小屋が、ぐらぐらと小刻みに揺れ出した。その揺れは、だんだんと大きくなっている。
「……来た!」
「奴が来たぞ!」
ゼルエは散弾銃を手に取り、ロジェは矢の先を暖炉に突っ込んで火を燃え移らせると、それをクロスボウに装填した。
二人は各々の武器を携えて、山小屋を出た。小屋を戦場にして破壊されないよう、外で迎撃するつもりであった。
雪の大地が、鳴動している。獣の声一つ聞こえない純白の雪原で、ただ地面だけが唸り声を上げていた。二人はじっと、肩をこわばらせながら、倒すべき敵の出現を待ち受けている。
「……そこから離れろ!」
「えっ!?」
ゼルエが叫んだその直後、雪と土を跳ね飛ばして、#ロジェの足元から
ムカデが飛び出した__・__#。
ロジェはムカデに噛まれこそしなかったものの、その小柄な体は吹き飛ばされ、雪の上に尻餅をついてしまった。はずみで取り落としてしまったクロスボウ、それに装填された矢からは未だに火が揺れており、雪を溶かして水に変えていた。
「お前の相手は俺だ! 来いよ化け物!」
ゼルエは果敢にも散弾銃を構え、引き金を引いて発砲した。しかし、やはりというべきか、ムカデの外骨格は銃弾を通さない。とはいえ、ムカデの注意はしっかりとゼルエの方を向いた。
ゼルエは案外、そこまで重い怪我を負わなかった。けれども彼の美しい顔には、植物のとげによって刻まれた引っ掻き傷が走っている。ロジェは救急箱を持ってきて、消毒液をしみ込ませた綿を傷口に当てた。傷口にしみる消毒液の痛みで、ゼルエはあからさまに苦い顔をしていた。
山小屋には、まだ散弾銃やクロスボウなどの武器が何丁か残っていた。だが、いずれもあのムカデに通るとは思えない。関節を狙って撃つといっても、動きの素早いムカデに狙って当てるのは至難の業だ。
ロジェはずっと、あのムカデについて考えていた。ゼルエが無事に戻ってきてくれたことで、ようやくムカデについて思考する余裕が生まれたのだ。祈るのではなく、考えなければならない。あの怪物を倒すために。
あの怪物は、必ずこちらを狙ってくる。そうした確信が、ロジェの中にはあった。何しろあの巨体だ。いくら食べても足りないだろう。あれを放置するのは危険極まりない。よしんば自分たちが狙われなくとも、あの洞窟で凍っていた男たちのような犠牲者がもっと増えるかも知れない。
……そもそも、あの洞窟の獣や人間たちは、もしかしたらムカデの非常食なのではないか。餌が獲れる時期に冷凍ガスで凍らせて保存しておいて、餌のない時期に少しずつ食べることで永らえているのではないか……今までずっと存在を知られていなかったのは、あれを見た者は皆生きては帰れなかったということもあろうし、目覚めては餌を蓄え、蓄えたら穴倉に潜るということをムカデが繰り返していたからなのではないか。
ロジェは、尚もムカデについて考え続けた。
「……あのムカデさ、雪山の中でどうしてあんな動けるんだろう。それに、冷凍ガスなんて吐いたら自分が凍っちゃうもんなんじゃないかな……」
「自分のガスで自分が凍ってたら間抜けもいいとこだろ。それじゃ毒持ってる奴が自分の毒で死ぬようなもんだ」
「そう、それだよ。あのムカデはきっと、自分の冷凍ガスで凍らないような仕組みがあるはずなんだ」
ロジェの脳が、必死に思考して何かの考えをつかみ取ろうとしていた。あらゆる知識を頭の中の棚から引きずり出して並べ、それらを参照していった。
凍らない仕組み……そういえば確か、寒い海に棲む魚は血液の中に不凍性の成分を備えていたはずだ。とすれば、あのムカデの中にもきっとそういったものが含まれていると思われる。
「不凍性の液体……もしそうなら、奴を燃やしてしまえるかも」
「どういうことだ?」
「自動車のエンジンは不凍液っていう凍らない仕組みの液体で冷やすんだよ」
「ほう」
「その不凍液……燃えるんだ。生き物の血液に流れているものとは当然別物なんだけど、同じように燃えやすい可能性はある」
「なるほど奴を燃やすのか。でもどうやるんだ?」
「火矢を使う」
そうして、ロジェはクロスボウに装填された矢を外し、その先端に油をしみ込ませた綿を巻いた。後はこれに点火すれば、火矢が完成する。
その時であった。山小屋が、ぐらぐらと小刻みに揺れ出した。その揺れは、だんだんと大きくなっている。
「……来た!」
「奴が来たぞ!」
ゼルエは散弾銃を手に取り、ロジェは矢の先を暖炉に突っ込んで火を燃え移らせると、それをクロスボウに装填した。
二人は各々の武器を携えて、山小屋を出た。小屋を戦場にして破壊されないよう、外で迎撃するつもりであった。
雪の大地が、鳴動している。獣の声一つ聞こえない純白の雪原で、ただ地面だけが唸り声を上げていた。二人はじっと、肩をこわばらせながら、倒すべき敵の出現を待ち受けている。
「……そこから離れろ!」
「えっ!?」
ゼルエが叫んだその直後、雪と土を跳ね飛ばして、#ロジェの足元から
ムカデが飛び出した__・__#。
ロジェはムカデに噛まれこそしなかったものの、その小柄な体は吹き飛ばされ、雪の上に尻餅をついてしまった。はずみで取り落としてしまったクロスボウ、それに装填された矢からは未だに火が揺れており、雪を溶かして水に変えていた。
「お前の相手は俺だ! 来いよ化け物!」
ゼルエは果敢にも散弾銃を構え、引き金を引いて発砲した。しかし、やはりというべきか、ムカデの外骨格は銃弾を通さない。とはいえ、ムカデの注意はしっかりとゼルエの方を向いた。
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