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第4話 狩りに出る少年たち
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翌朝、二人は青菜で巻いた肉に塩を振ったものを食いながら話していた。
「ロジェ……よくあんな英語の本とか読めるよな……」
「僕だって苦労しながら読んでるんだよあれ」
「俺も意外とやることそんなにないからさ、少しぐらい手伝えることないかなぁ……なんて横で覗いたりしてたんだけど……」
「そういやたまにゼルエの視線を感じるよ」
「全然分からなかった。あんな難しい数学の問題学校じゃ見たことなかったぞ」
ゼルエは昨日ロジェが取り組んでいた数学の問題集を思い出した。ちらと横から覗いてみたが、ゼルエには全く太刀打ちできそうにない問題ばかりであった。
「ゼルエは何か課題とか出された?」
「それが全然、何にも出されなかった。お前は何があっても太子を全力で守るのが仕事だ、他のことに気を取られるなよ、って言われてさ」
「そっかぁ……ゼルエがいてくれれば心強いや。でもせめて、何か一つくらいは二人で楽しめるものが欲しかったな」
「そういやこの間映画? ってのを上映したらしいけど、どうだった?」
「でっかいサルみたいな生き物がアメリカで暴れる話だったんだけど、すごかったよ。てっきり本当にあんな大きな生き物がいるのかと思ったら、「あれは作り物だ」って後で言われたよ」
山籠もりが始まる少し前、セーレル島で初めて映画が上映された。お披露目されたのはアメリカの傑作映画「キングコング」だ。老若男女の皆がスクリーンにかじりつき、上映が終わった後で「あんなに大きな生き物がいるのか」と上映スタッフに質問が殺到してしまった。そのためスタッフは劇中に登場する巨大生物が架空のものであることを説明しなければならなかった。
ゼルエはその上映会に行けなかった。ライフル射撃の練習があったからである。まだ子どものゼルエにとっては悔しいことであったが、こればかりは仕方のないことであった。
「でっかいサルか……ヒグマとどっちが強いんだろう」
「ヒグマなんかよりずっと大きい生き物だったよ。あれじゃあヒグマも勝てないね」
「そうだ、ロジェ、実は昨日考えてたんだが、狩りに行こうと思う」
ゼルエはこのタイミングで、昨日考えていたことを切り出した。
「昨日薪を取りに行ってる時にシカを見たんだ。そしたら思ったんだよ。新鮮な獣の肉を食べさせてやりたいって」
「え!? そりゃ楽しみだ。あっ、そうだ。よかったらボクもついていっていいかな?」
「ロジェが狩りに?」
ゼルエは一瞬、まるで信じられないようなものでも見るように目を丸くした。それがどうやらロジェには不服であったようで、この愛くるしい太子は少しばかり不機嫌な顔に変わった。
「ば、バカにするなよ。僕だって素人じゃないんだから」
「分かってるよ。それじゃ一緒に行こうか」
そうして、ゼルエの狩りに、ロジェがついてくることが決まった。ゼルエとしてはあまりロジェを危険に晒したくはなかったものの、ロジェもいい加減息抜きをしたくなったのであろうし、それにロジェもこもりきりでは体に悪いであろう。
二人は着替えのために部屋着を脱いだ。ゼルエの上半身が露わになると、ロジェは思わず息を飲んでしまった。長身痩躯のゼルエであるが、彼の裸体は存外にも筋肉質で、その引き締まった肉体には無駄というものがほとんど見受けられない。それと比べてみれば、背も低いし筋肉もさほどついてはいない自分の体など貧相そのものであった。ロジェも馬術を習うなどしていたが、それでもゼルエの鍛えようには遠く及ばない。
そうして、全ての支度を済ませたゼルエとロジェは猟犬のチェロを伴って山小屋を出た。ゼルエの手にはライフルが、ロジェの手にはクロスボウが握られている。
先日の雪はやみ、空は清々しいまでに青く澄み渡っていた。降り積もった雪が、朝の陽射しに照らされてまぶしく光っている。その白銀世界を、二人と一匹はざくざくと雪を踏みしめながら黙々と進んでいく。
暫く進むと、雪原の上で、一匹の白い小動物を発見した。
「ユキウサギだ。すばしっこい奴だけど、肉はうまいぞ」
チェロルに指示を出して回り込みをかけさせたゼルエは、ライフルをしっかりと握って構えている。ロジェも自分のクロスボウを固く握りしめた。冷えた空気が、ちょうどいい具合に気を引き締めさせてくれている。
ゼルエはしゃがみながらしっかりと狙いを定め、引き金を引いた。乾いた銃声とともに、煙が火筒から吐き出された。しかし、ウサギには命中しなかった。ウサギは瞬時に危機を察知したようで、銃声のした方向から遠ざかるように走り出した。
その方向に、チェロルが待ち伏せしていた。牙をむき出しにしたチェロルがユキウサギに飛びかかる。一度はその牙がウサギの柔肌に突き刺さったかに見えたが、ぐるりと体をよじったウサギは立ち上がり、凄まじい速さで逃走してしまった。ユキウサギは雪原で最速の哺乳類だ。ひとたび走り出されれば追いつくことは叶わない。
ゼルエはチェロルの所まで走って合流すると、ウサギの足跡を見てみた。ロジェも遅れて、ゼルエとチェロルの所にたどり着いた。
「……追おう。今なら仕留められる」
足跡のある場所に散っていた血を見て、ゼルエはそう判断した。ウサギはチェロルの牙から辛くも逃れたものの、すでに一噛みされていたらしい。一度は噛んだウサギを離してしまったのは、チェロルの猟犬としての未熟さの表れであろう。
二人と一匹は、小さな足跡と地面にこぼれた血を追って、ざくざくと走り出した。
「ロジェ……よくあんな英語の本とか読めるよな……」
「僕だって苦労しながら読んでるんだよあれ」
「俺も意外とやることそんなにないからさ、少しぐらい手伝えることないかなぁ……なんて横で覗いたりしてたんだけど……」
「そういやたまにゼルエの視線を感じるよ」
「全然分からなかった。あんな難しい数学の問題学校じゃ見たことなかったぞ」
ゼルエは昨日ロジェが取り組んでいた数学の問題集を思い出した。ちらと横から覗いてみたが、ゼルエには全く太刀打ちできそうにない問題ばかりであった。
「ゼルエは何か課題とか出された?」
「それが全然、何にも出されなかった。お前は何があっても太子を全力で守るのが仕事だ、他のことに気を取られるなよ、って言われてさ」
「そっかぁ……ゼルエがいてくれれば心強いや。でもせめて、何か一つくらいは二人で楽しめるものが欲しかったな」
「そういやこの間映画? ってのを上映したらしいけど、どうだった?」
「でっかいサルみたいな生き物がアメリカで暴れる話だったんだけど、すごかったよ。てっきり本当にあんな大きな生き物がいるのかと思ったら、「あれは作り物だ」って後で言われたよ」
山籠もりが始まる少し前、セーレル島で初めて映画が上映された。お披露目されたのはアメリカの傑作映画「キングコング」だ。老若男女の皆がスクリーンにかじりつき、上映が終わった後で「あんなに大きな生き物がいるのか」と上映スタッフに質問が殺到してしまった。そのためスタッフは劇中に登場する巨大生物が架空のものであることを説明しなければならなかった。
ゼルエはその上映会に行けなかった。ライフル射撃の練習があったからである。まだ子どものゼルエにとっては悔しいことであったが、こればかりは仕方のないことであった。
「でっかいサルか……ヒグマとどっちが強いんだろう」
「ヒグマなんかよりずっと大きい生き物だったよ。あれじゃあヒグマも勝てないね」
「そうだ、ロジェ、実は昨日考えてたんだが、狩りに行こうと思う」
ゼルエはこのタイミングで、昨日考えていたことを切り出した。
「昨日薪を取りに行ってる時にシカを見たんだ。そしたら思ったんだよ。新鮮な獣の肉を食べさせてやりたいって」
「え!? そりゃ楽しみだ。あっ、そうだ。よかったらボクもついていっていいかな?」
「ロジェが狩りに?」
ゼルエは一瞬、まるで信じられないようなものでも見るように目を丸くした。それがどうやらロジェには不服であったようで、この愛くるしい太子は少しばかり不機嫌な顔に変わった。
「ば、バカにするなよ。僕だって素人じゃないんだから」
「分かってるよ。それじゃ一緒に行こうか」
そうして、ゼルエの狩りに、ロジェがついてくることが決まった。ゼルエとしてはあまりロジェを危険に晒したくはなかったものの、ロジェもいい加減息抜きをしたくなったのであろうし、それにロジェもこもりきりでは体に悪いであろう。
二人は着替えのために部屋着を脱いだ。ゼルエの上半身が露わになると、ロジェは思わず息を飲んでしまった。長身痩躯のゼルエであるが、彼の裸体は存外にも筋肉質で、その引き締まった肉体には無駄というものがほとんど見受けられない。それと比べてみれば、背も低いし筋肉もさほどついてはいない自分の体など貧相そのものであった。ロジェも馬術を習うなどしていたが、それでもゼルエの鍛えようには遠く及ばない。
そうして、全ての支度を済ませたゼルエとロジェは猟犬のチェロを伴って山小屋を出た。ゼルエの手にはライフルが、ロジェの手にはクロスボウが握られている。
先日の雪はやみ、空は清々しいまでに青く澄み渡っていた。降り積もった雪が、朝の陽射しに照らされてまぶしく光っている。その白銀世界を、二人と一匹はざくざくと雪を踏みしめながら黙々と進んでいく。
暫く進むと、雪原の上で、一匹の白い小動物を発見した。
「ユキウサギだ。すばしっこい奴だけど、肉はうまいぞ」
チェロルに指示を出して回り込みをかけさせたゼルエは、ライフルをしっかりと握って構えている。ロジェも自分のクロスボウを固く握りしめた。冷えた空気が、ちょうどいい具合に気を引き締めさせてくれている。
ゼルエはしゃがみながらしっかりと狙いを定め、引き金を引いた。乾いた銃声とともに、煙が火筒から吐き出された。しかし、ウサギには命中しなかった。ウサギは瞬時に危機を察知したようで、銃声のした方向から遠ざかるように走り出した。
その方向に、チェロルが待ち伏せしていた。牙をむき出しにしたチェロルがユキウサギに飛びかかる。一度はその牙がウサギの柔肌に突き刺さったかに見えたが、ぐるりと体をよじったウサギは立ち上がり、凄まじい速さで逃走してしまった。ユキウサギは雪原で最速の哺乳類だ。ひとたび走り出されれば追いつくことは叶わない。
ゼルエはチェロルの所まで走って合流すると、ウサギの足跡を見てみた。ロジェも遅れて、ゼルエとチェロルの所にたどり着いた。
「……追おう。今なら仕留められる」
足跡のある場所に散っていた血を見て、ゼルエはそう判断した。ウサギはチェロルの牙から辛くも逃れたものの、すでに一噛みされていたらしい。一度は噛んだウサギを離してしまったのは、チェロルの猟犬としての未熟さの表れであろう。
二人と一匹は、小さな足跡と地面にこぼれた血を追って、ざくざくと走り出した。
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