梁国奮戦記——騎射の達人美少年と男色の将軍——

武州人也

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南方赴任

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 この戦いで、張章、田積、趙殷の三将軍は、その戦功を梁王に認められて封土を加増された。宋嘉は攻めあぐねて戦いを長引かせたことを責められ、功罪が相殺されて何の恩賞にもあずからなかった。
 梁は、戦にこそ勝利した。けれども、長期戦によって多額の戦費を費やし、民に重税を強いたことで、その国力の低下は誰の目にも明らかであった。それにつけ込もうとでもいうのか、陳以外の隣国が、不穏な動きを見せ始めた。

「ああ、何だってんだ。あの張章とかいう奴は」
 国に帰った田積と趙殷は、二人で成梁の飲み屋で酒をあおっていた。この二人は、共に侍中じちゅうとして王に侍っていた同僚で、そこで親しくなった彼らは飲み友達のような関係になった。熊のような見た目に違わず、元々酒には非常に強い田積であるが、今日は普段にも増して酒を体に流し込んでいて、その濃い髭に覆われた丸顔を朱色に染めていた。その太い胴回りは、さながら酒樽にも等しかった
「おい、飲みすぎだぞ田積」
 趙殷は田積の異様な飲酒量を心配に思い、彼を諫めた。趙殷も酒が弱い方ではないが、田積の飲みぶりに気おされてか、あまり酒が進んではいない。
「分かってらぁ、しっかしまさか負傷兵を城壁に登らせるなんてよく考えつくぜ。なぁ」
「ううむ……確かに田積の言う通りよ」
 陳との戦いの時、負傷兵を前線に立たせるような戦術を取らざるを得なかったことは、彼らの心中に暗いかげを落としていた。そして、立案者の張章に対して、言いようもない恐怖と嫌悪感を抱いていた。
「だがな、田積。彼の策に従わなければ、今頃我々はまだ戦場にいたのではないか?」
「確かにその通りだがよぉ……」

 隣国の動きに備えるために、梁王は国境沿いに兵を多く配置し、張章は王城へ召し出されると、王から安南将軍に任命され、南方の軍政の最高責任者となった。
 任地に赴いた張章は、連れてきた側近たちと共に、各地の視察を行った。それは立派な職務の一つでもあったが、彼にはもう一つ、秘めたる目的があった。
 とある河川沿いの村を視察した時のことである。
「村長殿、特に困ったことなどは」
「最近田畑に獣が多くて……獣の害は毎年のことなのですが、今年は特に酷いような気がいたしまして……」
 張章は村長の所へやってきて、その話を聞いては側近に内容を書き取らせていた。張章の傍らには、魏令の姿もあった。彼は張章の仕事ぶりを、傍で眺めていた。
 その時、張章の前に、一人の少年が現れた。その少年は、恐らく年の頃は魏令より一つ二つ下だと思われた。よく見ると、秀麗な目鼻立ちの、まさしく美少年と呼んでもいいような容姿を持っていた。
「あっ、あれが長官さま?」
「こら、無礼なことを」
 少年が張章を指差してそう言うのを、村長が制した。
「申し訳ございません! あれは私の末の息子なのですが、どうもやんちゃなもので……厳しくしつけておきますのでどうかお許しを……」
 村長は床に頭をこすりつけて詫びを入れた。しかし、村長の恐れ様に反して、張章は如何にも上機嫌そうな笑顔を浮かべていた。
「いえいえ、村長殿、あの時分の少年ならよくあることでしょう。礼儀などは時間をかけて覚えさせればよいのです」
 張章の鷹揚な接し方に、村長は安堵したようであった。
 張章は、各地を見て回っては、自分のお目に適う少年を探し求めていたのであった。秘めたるもう一つの目的というのは、そのことである。
 その晩のことであった。
「はぁっ……ああっ……魏令……お前……」
 新しい屋敷で、張章と魏令は早速事に及んでいた。少し違うのが、いつもよりも魏令の様子が荒々しかったことである。張章の体には縄が巻かれ、尻には赤い手形がついている。
「旦那さま、昼間のあの少年にも手をつけるおつもりですか?」
 魏令は、あからさまな嫉妬の念を見せていた。魏令とて、張章が他の男子おのこに手を出すこと自体は、仕方のないことだと割り切っている。だが、そのことと、彼が嫉妬するか否かというのは、全くの別問題である。主人が他の少年に下心を持って接する時、決まって魏令は嫉妬心を露わにする。
「待ってくれ魏令……そんなつもりでは……」
「言い訳など、聞きたくはありません」
 張章の肉体は、余すところなく魏令によって痛めつけられていた。勿論魏令自身も加減は分かっていて、後遺症の残るようなことや、張章の武人としての生命を断ちかねないような危険な行いは絶対にしなかった。
 魏令は張章をさんざんに痛めつけながらも、張章の弱点である後庭だけには、少しも触れなかった。張章は、自分を後庭を早く侵犯してほしくてたまらなかった。
「魏令、そろそろいいだろう。挿れてくれ……」
「え、何でしょうか」
 魏令がすっとぼけているのは明らかであった。主人が何を求めているのかを知った上で、敢えて知らないふりをしているのだ。
「ぎ、魏令! お前のだ! お前のが欲しい……」
「旦那さまは私の何が欲しいのでしょうか。無知蒙昧な私にも分かるように仰っていただかないことには……」
 張章が恥を忍んで言ったのにも関わらず、魏令は依然として知らぬ存ぜぬを貫いて、その求めに応じようとはしない。もう、張章も、我慢の限界であった。
「魏令!お前のその……熱くそそり立つ逸物で、俺を犯してくれ!頼む!」
「よく言えました。ご褒美です」
 魏令は、口角を釣り上げてにやりと笑った。とうとう、魏令の矛が、四つん這いになっている張章の後庭の門を突き破って侵入した。
「ああっ……」
 張章は、自分の求めがようやく果たされたことで、歓喜の声を上げた。魏令は、張章に一息つく暇も与えず、前後に動き始めた。その動きはひたすらに独りよがりで、自らの快楽を貪るためだけのものであり、張章を気遣うような様子は全くなかった。
「あっ……出る……」
 魏令は張章の体内に熱いものを放った。張章の興奮は、この時最高潮に達した。張章は、このように荒々しく攻め立てられその身を激しく犯されることも好んでいた。この美しい少年に凌辱の限りを尽くされ犯されぬいた張章は、その快感にうち震えていたのである。
 翌日、魏令は狩衣かりぎぬを着用して、一人で狩りに出かけていた。馬を駆けさせ、馬上から矢を引き絞って放つ。彼が狙いをつけていたのは、一匹の鹿であった。鹿が矢の射程の外に逃れる前に、矢はその体に深々と突き刺さった。魏令が馬に乗ったまま近寄ると、手負いの鹿は膝を震わせながら、自らの憎き敵である魏令の方に首を向けてめつけた。
 魏令は短剣を懐から抜き取ると、下馬して鹿に迫った。鹿は、最後の力を振り絞ってか、いきなり魏令に向かって飛びかかってきた。魏令は身を翻して間一髪、それを避けた。鹿は、最後の抵抗が失敗に終わったことに絶望してか、体を折り畳んでうずくまってしまった。
 短剣を手に、魏令は再度鹿に近づいた。うずくまったまま動こうとしない鹿からは、もう、攻撃の意志を全く感じることができなかった。魏令はそのまま、喉元を剣で裂き、完全に息の根を止めた。
 鹿が事切れたのを確認すると、魏令は途端に虚しい気持ちに襲われた。つい先程、鹿と命のやり取りをしている間こそ、言いようもない昂ぶりを感じていたのだが、今となってはもう、それは全く霧散し果ててしまった。火照った体は、既に冷めきっていた。
 陳との戦いの時に出会った、あの敵の騎兵のことを思い出す。後から、あれは周玄という名前の武人で、陳軍の総大将であったあの周安邑の一族の者であると知った。彼との戦いは、ほんの一時ひとときであったとはいえ、熱くたぎるものを感じていた。あれと同じような戦いをまた望んでいることに、自分自身、気がついてしまった。
 兵は国家の一大事である、ということは、兵法書を読む以前から、主人である張章によく聞かされていた。一度戦争が起これば、その目的を達成するか否かに関わらず、多くの人命と多額の税を投入せざるを得ない。事実、梁は陳との戦争に勝利はしたものの、梁の国力は低下し、周辺国はそこにつけ込もうという動きを抜け目なく見せている。
 けれども、魏令はそのような事情を考えても尚、次の戦争を待ち望んだ。戦いという行為自体が、自分に最も強い快感を与えてくれることを覚えてしまったからであった。

 南方に赴任した張章は、まず、国境線に沿って防塁を築かせた。梁国の南には、けいという大国がある。中原から外れたこの国は、中原の国々とは異なる文化を持っていて、それ故に他国には蛮夷の国と呼ばれて蔑まれていた。しかし、その広大な国土とそれに付随した軍事力は、中原諸国にとって大いなる脅威であることは否めない。この荊は最近、梁との国境近くに軍を集結させるなど、不穏な動きを見せている。梁国とて決して荊にはひけをとらない大国ではあるのだが、陳との戦争が長引いたせいで、その国力にはかげりが見えている。
 陳と荊は伝統的に不仲であり、事実梁と陳の戦に荊は静観を決め込んだのであるが、もし万一陳が恥を忍んで荊と手を組みでもしていたら、流石の張章も陳と荊の連合軍相手に勝利することは厳しかった。そうなったらそうなったで、彼には方策がないわけでもなかったが、それでも難しい注文であることは変わらなかった。
 張章は足繁く各地を回っては、国境守備隊を視察し、指導を行ったり、その労を労ったりした。その巡回には、必ず魏令を伴っていた。張章の傍に侍る銀髪碧眼の美しい側近の噂は、瞬く間に南方各地に広まった。
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