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女たちの戦い
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大秦大陸の東。大小様々な国家が乱立し覇権を争う中原と呼ばれる地域に、梁と陳という二つの国があった。
この二か国が、長きに渡る戦争に突入した発端となったのは、両国の国境に位置する新虞という城塞都市であった。
元々この城塞都市は梁と陳の間にあった許という小国に属していた。その西に位置する梁と東に位置する陳が同盟を組み、この許を東西から挟み撃ちにして攻め滅ぼした。その後、梁陳両国の取り決めで新虞は梁に帰属させることになったが、梁の軍隊と役人が到着する前に陳は素早く軍を差し向けて新虞を無理矢理占領したのである。つまり、陳は約定を反故にしたということだ。
梁王は当然、凄まじく激怒し、ただちに十万の軍を送り込んで新虞を包囲した。
梁と陳の国力を比較すれば、梁が大きく勝る。それ故に当初は、梁の軍勢が、あっという間に陳軍を蹴散らしてしまうかに思われた。
しかし、陳の武将である周安邑は、梁軍を相手に粘り強く戦い、戦局は膠着状態に至った。梁軍が物量を頼みに押して押しまくったが、膠着の打破には至らなかった。
その戦費は、国家に重くのしかかった。戦費を賄うためには、民に重税をかけるより他はなかった。それにより土地を捨てて流民になる者が増え、罪を犯す者も多く現れた。そのような現状を鑑みて、梁の都、成梁の廷臣たちの中にも、次第に軍を引き上げ改めて和議を結ぶべきとの声が上がり始めた。最初の内、それは小さな勢力ではあったが、次第に無視すべからざるものとなっていった。
成梁は、主戦派と和平派で真っ二つに分かれ始めていた。
その、和平派の家臣の中に、鄭文良という男がいた。彼は元々、どちらの立場でもない男であった。折をみて、優勢な方につこうという、典型的な日和見主義者であった。
しかし、彼の妻、郭散軍という女は、烈婦であった。夫の不甲斐なさを見かねた彼女は、彼と房室を同じくすることを拒んだ。彼女一人ではない。妾たちに根回しをして、夫に独り寝を強いたのだ。そして、音を上げた夫に対して散軍は一言、言い放った。
「孤閨が寂しければ、国王様に和平を進言せよ」
このような一件があった後、鄭文良は日和見派から和平派にすっかり鞍替えし、その後暫くすると次第に和平派の中心的な存在となっていった。
主戦派の丞相、宋超は、和平派の伸長ぶりに、俄かに危機感を覚え始めた。彼は主戦派の中でもいっとう目立って強硬かつ指導的立場にあった鄭文良を陥れようと、王に讒訴した。
「鄭文良は密かに陳の臣と通じ、賄賂を受け取っておられます。長引く戦に苦しんでいるのは陳とて同じ。寧ろ小国である彼らの方が、より差し迫った状況にあるといえましょう。つきましては、鄭文良はじめ和平を訴える奸臣どもを遠ざけられますよう、小臣めが昧死して申し上げます」
これを聞き入れた王は、鄭文良とその他和平派の主要人物数名を召し出し投獄した。宋超はさらに手を打って、獄中の鄭文良の所に使いをやった。使いは文良にこう言った。
「貴方様は明日にでも棄市刑にされるでしょう。それは貴家の名誉を思えば何とも不憫でなりません。貴方様と一族の名誉のためにも、どうぞご自害なさいませ」
そして、使いの者は鄭文良に毒薬を手渡した。文良は、
「咎なくて死す」
と言って、毒を呷って物故した。
投獄された他の和平派たちは皆刑死し、この事件によって、和平派は完全に息の根を止められた、かに見えた。
夫の死を知った鄭文良の妻郭散軍は、柱に縋りついてむせび泣いた。泣いて、泣いて、ひとしきり泣きはらした。
「このまま終わってなるものか」
涙を指で拭った彼女は、その後、ある決心をした。
そのようなことがあって暫くした後のことである。
廷臣たちは、自分の妻や妾たちが、一晩の内に何処かへ消えてしまったことに気づいた。さらに奇妙なことに、王の後宮の女たちも、綺麗さっぱりいなくなってしまったのだという。
人をやって彼女たちを探し回らせた所、彼らは、全く驚くべき出来事が起こっていることを、知ることになった。
王城にある宝物庫。ここには、外交の際に交わす礼物や、臣下への褒美、国庫が危機に陥った時に備えた蓄えとするための財物が収蔵されている。そこに、武装した女たちが襲撃し立てこもっているとのことだった。さらに、彼女らは陳との戦争をやめ、即時に和睦せよとの要求をしていることも明らかになった。
事の顛末はこうであった。
夫を失った郭散軍は、夫の妾たちと一緒に、廷臣たちの妻や妾、そして後宮の女たちにこのように説いて回っていた。
「このまま戦が長引けば、より多くの税を兵事に費やさねばならなくなり、宮女たちは皆布衣を着て、箪食豆羹をすすりながら日々を過ごさねばならなくなります。ここは大同団結して、戦いをやめず国の財を食いつぶし、賦税を厚くして民を苛む男たちの元を離れ、平和を求めようではありませんか」
布衣というのは、麻の布で作られた、身分の低い者が着る粗末な服である。箪食豆羹というのは、粗末な食事のことである。このまま戦いが続けば国中が貧しくなり、粗末な衣食を強いられることになるぞ、と言って、自らの提案への賛同を促したのである。
女たちの間に渦巻く厭戦気分は、相当なものであった。多くの女たちが、これに同調した。王后すら、散軍に賛意を示したのであったから、察するに余りあることである。
こうして膨れ上がった女集団はまず、武器庫の衛兵を騙し討ちした後に備蓄の武器を奪い、そしてその足で宝物庫に向かった。そして数を恃みに衛兵をなぎ倒して占領してしまったのである。宝物庫を押さえてしまえば、戦費を賄うことが難しくなり、戦争の継続はより困難になるはずと踏んでのことであった。
ここに、女たちと主戦派の我慢比べが始まった。
王も、廷臣たちも、すぐに独り寝の辛さに喘ぎ始めた。真綿で首を締められるような苦しみの中で彼らの意志は徐々に揺らぎ始め、和平に傾きかけていた。
一方の女たちにも、一波乱あった。男欲しさに脱走を企てる女が現れたのである。それは微賤な刀筆吏の妻であった。郭散軍は見せしめのために彼女を斬り捨てた。それならば、と、今度は夜闇に紛れて複数人の女が近場の少年を連れ去り、慰みものにし始めた。その少年を取り合って一部の女たちが争い始めたため、郭散軍は規律を守るために少年と、彼を取り合った女たちをまとめて斬り捨てた。
成梁の情勢は、俄かに狂騒を呈し始めたのである。
この二か国が、長きに渡る戦争に突入した発端となったのは、両国の国境に位置する新虞という城塞都市であった。
元々この城塞都市は梁と陳の間にあった許という小国に属していた。その西に位置する梁と東に位置する陳が同盟を組み、この許を東西から挟み撃ちにして攻め滅ぼした。その後、梁陳両国の取り決めで新虞は梁に帰属させることになったが、梁の軍隊と役人が到着する前に陳は素早く軍を差し向けて新虞を無理矢理占領したのである。つまり、陳は約定を反故にしたということだ。
梁王は当然、凄まじく激怒し、ただちに十万の軍を送り込んで新虞を包囲した。
梁と陳の国力を比較すれば、梁が大きく勝る。それ故に当初は、梁の軍勢が、あっという間に陳軍を蹴散らしてしまうかに思われた。
しかし、陳の武将である周安邑は、梁軍を相手に粘り強く戦い、戦局は膠着状態に至った。梁軍が物量を頼みに押して押しまくったが、膠着の打破には至らなかった。
その戦費は、国家に重くのしかかった。戦費を賄うためには、民に重税をかけるより他はなかった。それにより土地を捨てて流民になる者が増え、罪を犯す者も多く現れた。そのような現状を鑑みて、梁の都、成梁の廷臣たちの中にも、次第に軍を引き上げ改めて和議を結ぶべきとの声が上がり始めた。最初の内、それは小さな勢力ではあったが、次第に無視すべからざるものとなっていった。
成梁は、主戦派と和平派で真っ二つに分かれ始めていた。
その、和平派の家臣の中に、鄭文良という男がいた。彼は元々、どちらの立場でもない男であった。折をみて、優勢な方につこうという、典型的な日和見主義者であった。
しかし、彼の妻、郭散軍という女は、烈婦であった。夫の不甲斐なさを見かねた彼女は、彼と房室を同じくすることを拒んだ。彼女一人ではない。妾たちに根回しをして、夫に独り寝を強いたのだ。そして、音を上げた夫に対して散軍は一言、言い放った。
「孤閨が寂しければ、国王様に和平を進言せよ」
このような一件があった後、鄭文良は日和見派から和平派にすっかり鞍替えし、その後暫くすると次第に和平派の中心的な存在となっていった。
主戦派の丞相、宋超は、和平派の伸長ぶりに、俄かに危機感を覚え始めた。彼は主戦派の中でもいっとう目立って強硬かつ指導的立場にあった鄭文良を陥れようと、王に讒訴した。
「鄭文良は密かに陳の臣と通じ、賄賂を受け取っておられます。長引く戦に苦しんでいるのは陳とて同じ。寧ろ小国である彼らの方が、より差し迫った状況にあるといえましょう。つきましては、鄭文良はじめ和平を訴える奸臣どもを遠ざけられますよう、小臣めが昧死して申し上げます」
これを聞き入れた王は、鄭文良とその他和平派の主要人物数名を召し出し投獄した。宋超はさらに手を打って、獄中の鄭文良の所に使いをやった。使いは文良にこう言った。
「貴方様は明日にでも棄市刑にされるでしょう。それは貴家の名誉を思えば何とも不憫でなりません。貴方様と一族の名誉のためにも、どうぞご自害なさいませ」
そして、使いの者は鄭文良に毒薬を手渡した。文良は、
「咎なくて死す」
と言って、毒を呷って物故した。
投獄された他の和平派たちは皆刑死し、この事件によって、和平派は完全に息の根を止められた、かに見えた。
夫の死を知った鄭文良の妻郭散軍は、柱に縋りついてむせび泣いた。泣いて、泣いて、ひとしきり泣きはらした。
「このまま終わってなるものか」
涙を指で拭った彼女は、その後、ある決心をした。
そのようなことがあって暫くした後のことである。
廷臣たちは、自分の妻や妾たちが、一晩の内に何処かへ消えてしまったことに気づいた。さらに奇妙なことに、王の後宮の女たちも、綺麗さっぱりいなくなってしまったのだという。
人をやって彼女たちを探し回らせた所、彼らは、全く驚くべき出来事が起こっていることを、知ることになった。
王城にある宝物庫。ここには、外交の際に交わす礼物や、臣下への褒美、国庫が危機に陥った時に備えた蓄えとするための財物が収蔵されている。そこに、武装した女たちが襲撃し立てこもっているとのことだった。さらに、彼女らは陳との戦争をやめ、即時に和睦せよとの要求をしていることも明らかになった。
事の顛末はこうであった。
夫を失った郭散軍は、夫の妾たちと一緒に、廷臣たちの妻や妾、そして後宮の女たちにこのように説いて回っていた。
「このまま戦が長引けば、より多くの税を兵事に費やさねばならなくなり、宮女たちは皆布衣を着て、箪食豆羹をすすりながら日々を過ごさねばならなくなります。ここは大同団結して、戦いをやめず国の財を食いつぶし、賦税を厚くして民を苛む男たちの元を離れ、平和を求めようではありませんか」
布衣というのは、麻の布で作られた、身分の低い者が着る粗末な服である。箪食豆羹というのは、粗末な食事のことである。このまま戦いが続けば国中が貧しくなり、粗末な衣食を強いられることになるぞ、と言って、自らの提案への賛同を促したのである。
女たちの間に渦巻く厭戦気分は、相当なものであった。多くの女たちが、これに同調した。王后すら、散軍に賛意を示したのであったから、察するに余りあることである。
こうして膨れ上がった女集団はまず、武器庫の衛兵を騙し討ちした後に備蓄の武器を奪い、そしてその足で宝物庫に向かった。そして数を恃みに衛兵をなぎ倒して占領してしまったのである。宝物庫を押さえてしまえば、戦費を賄うことが難しくなり、戦争の継続はより困難になるはずと踏んでのことであった。
ここに、女たちと主戦派の我慢比べが始まった。
王も、廷臣たちも、すぐに独り寝の辛さに喘ぎ始めた。真綿で首を締められるような苦しみの中で彼らの意志は徐々に揺らぎ始め、和平に傾きかけていた。
一方の女たちにも、一波乱あった。男欲しさに脱走を企てる女が現れたのである。それは微賤な刀筆吏の妻であった。郭散軍は見せしめのために彼女を斬り捨てた。それならば、と、今度は夜闇に紛れて複数人の女が近場の少年を連れ去り、慰みものにし始めた。その少年を取り合って一部の女たちが争い始めたため、郭散軍は規律を守るために少年と、彼を取り合った女たちをまとめて斬り捨てた。
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